お金持ちごっこ
武闘会が始まった。
なんだろう?
ステップを踏んで距離を測り、小刻みなジャブで牽制。
相手の隙を見つけたタイミングで踏み込んでのストレート。
反撃される前に後ろに下がって防御姿勢。
……
打撃戦が中心の試合が増えた?
ボクシングを見ているみたいだ。
「新しくやってきた天使族の一人が、ああいったスタイルを教えたようで」
俺の横にいたハイエルフのリアが教えてくれた。
やってきてからの短い期間で普及させたのか?
凄いな。
それで、その本人は?
出ているんだろ?
「書類仕事ができると判明して、フラウさんに確保されていました」
そ、そうか。
試合に出たかっただろうに。
「でしょうね」
あとで労っておこう。
名前は?
「それが、頑なに名乗らない方で……
こう、髪型は首ぐらいまでの長さの髪がふわっとした感じで、紐のような足輪を右足につけている……」
あ、ああ、知ってる。
俺が山エルフたちと、お金持ちごっこをしていたらやってきた天使族だ。
明るくノリのいい天使族で話しやすかったけど、名前だけは絶対に名乗らなかった。
たぶん、彼女だろう。
「名前はマルビットさまかルィンシァさまに聞くしかなさそうですね。
ところで、お金持ちごっことは?」
ん?
「お金持ちごっこです。
なんです、それ?」
ああ、ほらキアービットがお土産で持ってきた緑色の魔鉱石があっただろ?
魔鉱石を使いやすいようにルーが小粒状に加工してな。
「魔鉱石に限らず、金や銀などでもよくやることですね。
それがお金持ちごっこですか?」
いやいや、そうではなく。
魔鉱石を小粒状にしたら、一粒で金貨一枚ぐらいの価値とルーに言われてな。
そこそこの量があったから、小粒状の魔鉱石を手で掬って零してみたんだ。
「ああ、なるほど。
それがお金持ちごっこと」
いや、そうじゃない。
貴重品で遊ぶなとルーにしこたま叱られたから。
「あー」
その様子を見ていた山エルフたちが、中庭に小屋を建ててだな。
昔、始祖さんやドライムたちが手土産で持ってきた高級な家具や布で飾ったんだ。
そして、金貨を机や床に並べている。
「見慣れぬ小屋があるなぁとは思っていましたが……それがお金持ちごっこですか?」
そうだ。
その小屋には仕掛けがあって、金貨が天井から降ってくるんだ。
「金貨が?」
そう。
小屋の中央に設置された椅子に座っていると、周囲に金貨が降ってすごくお金持ちの気分が味わえる。
降った金貨は自動で床下に回収されて、天井に運ばれて降る仕組みなので、ずっといられる。
「えーっと……なんとも言えません」
そうだろうな。
俺も座ってみたが、一分ぐらいで心が痛くなった。
山エルフたちも。
だが、その小屋に現れた一人の天使族が、高そうなガウンを羽織り、高笑いをしながら一時間ぐらい堪能したんだ。
あの堂々とした姿は、世界一のお金持ちに見えたな。
思わず、猫を彼女の膝の上に乗せて、ワイングラスを持たせてしまったぐらいだ。
「はぁ」
それはそれとして、あの小屋は反省の意味を込めてしばらくはそのままにしてある。
金貨を床下に回収して、天井に運ばれる仕組みは応用がいろいろとできそうだからな。
「子供たちには近寄らないよう、注意しておきます。
教育に悪そうなので」
それには及ばない。
すでにハクレン、グーロンデ、死霊魔導師の教師たちから叱られているから。
なので、小屋は残しているが中の家具や金貨は回収されている。
現在は俺が作った木製の家具が並べられ、中銅貨が落ちてくるだけだ。
「それはそれで価値がありそうですが……」
見た目が茶色なので、お金持ち感はないぞ。
中銅貨は、回収システムの確認用だしな。
ちなみに、俺はそのシステムを応用し、ゲームセンターによくあるメダルを投入してメダルを落とすゲーム台を作った。
台の中で動く役物や、払い出し演出など改良できそうな箇所がたくさんあるので、山エルフたちが全力で改良している。
冬の間には何台か完成するだろうから、五村かシャシャートの街に持ち込んでみたいけど……
メダルがないのでメダルの代わりに中銅貨を使っているから、完全なギャンブル台なんだよなぁ。
身持ちを崩す人がでないようにしたい。
ところで、あのメダルを落とすゲーム、正式名はなんなんだろう?
メダルゲーとかしか呼んだことないんだよなぁ。
実際にやったこともないし。
俺の知識は、テレビで見たことが大半……
「村長」
考えていると、リアから声をかけられた。
おっと、決勝が始まるのか。
ちゃんと見ておかないとな。
「あの中銅貨を投入するゲーム台だが……危険だと思う」
武闘会が終わった夜の宴会で、ヨウコからそう言われた。
俺が作った試作品を見た感想だ。
「見せてもらったのは昨日の夕食後。
少し触らせてもらったら、朝を迎えていた。
なにかの魔法にでもかけられたのかと思ったほどだ」
そ、そんなにか。
「台の中に積まれた中銅貨が、ガラス越しに見えるからな。
射幸心が刺激される。
というか……中銅貨だけではなかったのか?
大銅貨や銀貨が混じっていたぞ。
思わず、それを落とそうと中銅貨を流し込んでしまった」
それは山エルフたちのアイデアでな。
「試作の実験ということを思い出さねば危なかった」
ヨウコが投入した中銅貨はこっちで用意したものなので、落とした中銅貨も返してもらうと最初に注意しておいた。
村の中でギャンブルを流行らせるつもりはない。
しかし、ヨウコでそうなると……普及は諦めたほうがいいか。
「うむ。
我は賛同できぬ。
まあ、限られた金持ちしか集まらない場に置いておくぐらいなら、許されよう」
そうか。
どっちにしろ数は出せないな。
山エルフたちに、ほどほどにするように言っておこう。
「山エルフたちがなにかやっておるのか?」
台の改良をな。
「なるほど。
……台ができたら一番に見せるように」
気になるのか?
「やりすぎていないか確認するだけだ。
ああ、そういえば我のあとにマイケルがあの台を触っておる」
マイケルさんが?
「うむ。
中銅貨がたくさん見えるからな。
興味が惹かれたのであろう」
そういえば、武闘会の最中にマイケルさんの顔をみていないが……
「そういえば、この宴会の席にも姿がないな」
……
まさか?
「いや、ありえる」
ありえちゃうかー。
俺とヨウコは、コインを投入してコインを落とすゲーム台を設置した場所に急行し、マイケルさんを救助した。
「待って!
あと少し、あと少しであの山が崩れるからっ!」
お金持ちが集まる場所に設置するのも考え直そう。
ゲームセンターによく置かれている「メダルを投入してメダルを落とすゲーム」=総称は「プッシャー」だそうです。
●私信
作業場のエアコンの修理。
基盤の交換が必要とのことで、修理完了がさらに先に……
今年は扇風機が大活躍する予感!




