天使族のあれこれ ~ミカンを添えて~
フラシア 七歳ぐらい。正式名はフラシアベル。ビーゼルの孫。
オーロラ 四歳ぐらい。ルィンシァの孫。
ガーレット王国分裂の話は驚きだったが、すぐに村の生活に影響がある話ではない。
“移住派”……じゃなかった。
“従順派”に関しては、天使族が交代で監督してくれることになった。
その監督を最初に担当するのは、ラズマリア。
くじ引きで負けたらしい。
「グランマリア。
無念ですが、お役目です。
ローゼマリアのことをよろしくお願いしますね」
「お母さま。
ローゼマリアは私の娘です。
お願いされるまでもありませんよ」
ラズマリアはグランマリアと笑い合ったあと、十人ほどの天使族を引き連れてガーレット王国に戻っていった。
“従順派”の支配地域の新しい国名も伝えてもらわないといけないしな。
よろしく頼む。
ラズマリアが戻ってくるのは……次の春らしい。
結構、早く戻ってくるんだな。
「都市間を移動しにくい冬の状況が、悪事を育みますので。
そこさえ潰せば、なんとでもなります。
また次の冬には監督役を送らないといけませんが」
グランマリアがそう説明してくれたので、そんなもんかと納得しておく。
ちなみに、監督役を決めるくじ引きの前。
「村長の護衛から離れるのは不満ですが、村長のお心を煩わせるのはよろしくありません。
ここは私が行って監督しましょう」
そうレギンレイヴが監督役に手を挙げたが、レギンレイヴ以外の全員が反対した。
曰く、レギンレイヴは過激らしい。
最悪、“従順派”が全滅する可能性を考えれば、レギンレイヴに監督を任せるのはありえないそうだ。
……
全滅の可能性があるのか?
「過去の功績を考えると……」
グランマリアが目を逸らしながら、呟いた。
それは功績ではなく、悪行ではなかろうか?
いや、考えてみればティアやグランマリアたちも、殲滅天使や皆殺し天使など物騒な二つ名を持っていた。
天使族はその見た目に反して、物騒なのかもしれない。
「まあ、昔の天使族は短気で短絡的。
頭脳よりも筋肉で解決する方法を好む。
そう世間で言われてたからねぇ」
俺の部屋にやってきてコタツに入り、ミカンを手にしたマルビットは、俺の質問にそう答えてくれた。
昔の天使族……
「例の黄金の装備に似た物をまとっていた時代の話よ」
少し前にお披露目してもらった天使族の黄金装備を村にやってきたマルビットたちにも見てもらったが、複雑な顔をしていた。
「天使族の全盛期……というのはちょっとあれだけど、輝いていた時代の装備だから。
栄光もあったけど、恥も多くて」
つまり、神人族を名乗っていた時代かな?
おっと睨まれた。
失礼、神人族の単語はタブーだった。
マルビットが三つ目のミカンに手を伸ばしたところで、マルビットと一緒にやってきてクロヨンとチェスをやっていたキアービットが嘆いた。
どうやら、負けたようだ。
「キーちゃん、時間稼ぎぐらいしてよー」
「こっちの作戦、全部読まれてるから無理ー」
クロヨンとキアービットは、先に三勝したほうが勝者のルールで、クロヨンのストレート勝ちだったようだ。
「仕方がない。
キーちゃんの仇は私がとる!」
マルビットのやる気に、クロヨンが不敵に笑った。
キアービットとの勝負で、肩慣らしは終わったという感じかな。
どちらも頑張れ。
マルビットをクロヨンにとられたので、俺の話し相手はキアービットに。
「うーん、疲れた頭にミカンが染みる」
それはなにより。
「あー、そうそう。
こっちに来るのが遅くなってごめんね。
収穫を手伝いたかったんだけど」
まあ、そっちも仕事なんだろ?
気にしなくていいさ。
「そう言われても冬の間はお世話になるし、収穫が終わったタイミングだったから申し訳なくて……」
空の見回りを手伝ってくれているだろ?
それに、今回は手土産もあった。
ガーレット王国で採れる緑色の魔鉱石が五百キロほど。
ルーは研究に使えると喜び、ガットを中心とした鍛冶仕事をする者たちは、その魔鉱石を使って作る物を悩んでいたぐらいだ。
それなりに価値があるものだろう。
「あはは。
同行者があれだけ多くなるとねー」
今回のキアービットたちの同行者は、百五十人。
天使族の総数が三百人ぐらいだって話だから、半数が村に来ていることになる。
まあ、十人はラズマリアが連れて帰ったけど。
「話だけだと、信じない人もいたからね。
一度は見せておかないと」
なるほど。
まあ、天使族の移住の話は聞いている。
土地はあるから、こっちはいつでも受け入れられるが、マルビットやキアービットは徐々に人数を増やしていく方針だそうだ。
「ガーレット王国……分裂しちゃったけど、お世話になっていたからね。
簡単には捨てられないのよ」
先王の弟の件もあるし?
「それもだけど、似たような話がほかにもあってね」
ははは。
例の試練、もっと早く潰すべきだったんじゃないかな?
「うーん、あの試練は試練でガーレット王国での天使族の地位を維持する側面もあったから、はっきりとどうこうは言いにくいかなぁ。
私は拘り過ぎだったみたいだけど」
自分を見つめられるようになって、なによりだ。
「むう」
キアービットは二つ目のミカンに手を伸ばした。
ルィンシァは別室でビーゼルにガーレット王国の現状を話していた。
ビーゼルのほうでもある程度の情報を掴んではいたらしいが、現地を知るルィンシァの情報量には敵わないだろう。
無益な争いを起こさないためにも、魔王国と情報の共有をしてほしいと、俺がルィンシァに頼んだのだ。
たあいもない話が重要だったりするので、ひと言も逃さないようにビーゼルはメモを……
ん?
ビーゼルの横に控える文官娘衆が、木の板にメモを取り続けていた。
ビーゼルは……
うん、ビーゼル、膝の上のフラシアを降ろそうか。
ルィンシァも、膝からオーロラを降ろして。
孫を自慢し合っているようにしか見えないから。
なんだったら、フラシアとオーロラを俺が預かろうか?
「いえ、大丈夫です」
ビーゼルがルィンシァからオーロラを受け取り、二人を膝の上に乗せた。
そして、ルィンシァが文官娘衆から木の板を数枚、受け取り……ガーレット王国の情報を、一気に書き上げる。
「読んだら、処分してください」
ルィンシァが、書き上げた木の板をビーゼルに渡し、フラシアとオーロラを受け取る。
ビーゼルが木の板に書かれた情報を急いで読み……わかったわかった。
フラシアとオーロラをもっていかないから、ゆっくりと読んでくれ。
間違いがあると大変だ。
ところで、最初っからその方法にしなかったのは?
互いの孫を自慢したかったからと。
自慢をし合っているように見えたのは、気のせいじゃなかったのね。
俺からすれば、二人とも娘なんでほどほどに。
ミカンをいくつか部屋に置いていくよ。
フラシアとオーロラも食べていいからな。
ただ、食べ過ぎないように……言わなくてもビーゼルとルィンシァが一緒なら大丈夫か。
庭をみると、レギンレイヴとスアルロウがハイエルフとリザードマンの数人に武術を指導していた。
武闘会に向けてだろう。
おっと、獣人族の女の子たちも習いに行っているな。
元気なのはいいことだが、無理はしないように。
ティア、グランマリア、クーデル、コローネは普段通り……
ではなく、村に初めて来た天使族の案内をしているのか。
トラブルを防ぐためにも、よろしくお願いする。
とくにクロたちとザブトンたち、あとドラゴン一家との顔合わせはしっかりと。
牧場エリアで、馬や牛にも挨拶を忘れずに。
うん、馬や牛が拗ねるから。
とくに馬が。
フェニックスの雛のアイギスと鷲は、夕食のときにでも。
妖精女王は……子供たちと遊んでいるから、こっちも夕食のときだな。
今日の夕食にはフルーツを使ったアイスがデザートとして出ると伝えている。
顔を出さないってことはないだろう。
それじゃあ……ん?
ティアが俺を引き止めた。
どうした?
「彼がこの村の村長であるヒラクさまです」
あ、そういえば俺と挨拶をしていなかったか。
初めて村に来た天使族の大半が、森の上を長く飛んでふらふらだったので、あと回しにしたんだった。
えーっと、ティアとグランマリアとクーデルとコローネの夫でもあります。
よろしく。
できるだけ朗らかに挨拶したのだが、なぜか珍獣をみるような目で見られた。
なぜだ?
俺がミカンの補充を持って部屋に戻ると、クロヨンが褒めて褒めてと寄ってきた。
なるほど。
負けたマルビットは?
キアービットに聞くと、温泉地に行ったとのこと。
「移動の疲れが残っていたんだって。
負け惜しみでしょうけど」
だろうなぁ。
俺はクロヨンの頭をわしゃわしゃと撫でた。
感想、いいね、誤字脱字指摘、ありがとうございます。