天使族の憂鬱
大樹の村の俺の屋敷の大きな一室に、天使族の大人組が勢揃いしていた。
ティア。
殲滅天使と呼ばれたりする、最強の天使族。
……
最強?
「天使族の中で一番という意味でとらえてください」
あ、はい。
えーっと、ティゼル、オーロラの母親でもある。
「二人とも、元気に育ってます」
グランマリア。
皆殺し天使を構成する三人組の一人。
ローゼマリアの母親。
「騎兵槍のグランマリア。
そうお呼びください」
そんなふうに呼ばれているの?
「いえ、自称です。
言い続ければ、そのうち言ってもらえるようになりますので」
へー。
クーデル。
皆殺し天使を構成する三人組の一人。
急降下でクロたちの角が装着された槍を投げるのが好き。
「百発百中で当てますよ」
うん、そんな感じだよな。
「はい」
だからって、練習で角が装備された本物を投げる必要はないよな。
「あの爆発がいいのです。
あれは本物でなければ……」
それで、この持ち出し申請か。
ちゃんと申請したのは褒めてやりたいが……
百本は多いよな?
「百発百中を証明したくて」
しなくていいです。
「えー」
二本だけ許可しよう。
「わーい」
これでも、ララーデルの母親である。
コローネ。
皆殺し天使を構成する三人組の一人。
トルマーネの母親。
……
「もっと個性を出せるように頑張ります」
いや、無理する必要はないんだぞ。
「いえ、このままでは三人組の名前がでない一人となりそうで」
俺は忘れることはないが、努力する姿勢は大事だ。
頑張れ。
「はい、頑張ります」
スアルリウとスアルコウ。
双子の天使族。
「双子だからと一緒に扱うのはどうかと」
「そうです。
ちゃんと個人を見てください」
いや、そう言われても。
「なんですか?
私たちには双子ぐらいしか個性がないというのですか!」
「ですか!」
そう言うなら、二人で揃った動きをしないでもらえるかな?
「揃って動くと、喜んでもらえるので」
「笑顔のためです」
キアービット。
天使族の長であるマルビットの娘。
ガーレット王国の元天翼巫女。
天使族の規律に厳しいようだったが……
「まあ、細かいことを気にしても仕方がないってわかったからね」
かなり砕けたようだ。
そういや、久しぶりな気もするな。
「なかなかガーレット王国が離してくれなくて」
ここにいるってことは、離してもらえたんだ。
「逃げてきたのよ」
それって大丈夫なのか?
「細かいことは気にしないの」
それでいいのか?
マルビット。
キアービットの母親であり、天使族の現在の長。
おっとりした面もあるが、策略家の面もあり、油断してはいけない。
キアービットが天翼巫女の地位を放り出したので、天翼巫女をゴービットの偽名で兼任している。
「大樹の村のチェスチャンピオンでもあるわね」
誇らしげに胸を張っているが、部屋の外でクロヨンが待っているからな。
クロヨンはマルビットとチェスで互角だ。
現在のチャンピオンはマルビットだが、クロヨンがチャンピオンだった時期もある。
「ふっ。
今年の冬も、コタツを満喫するためにしっかりと防衛させてもらうわ」
ルィンシァ。
天使族の補佐長。
ティアの母親であるので、ティゼルやオーロラのお祖母ちゃんになる。
「最近は孫がかわいくてかわいくて……」
積極的にお世話してもらっているようで、助かります。
ただ、ティゼルに変なことを教えるのは止めてもらえれば。
「天使族として、恥ずかしくない教育をしているだけです。
まあ、綿が水を吸うかのように知識を吸収するので、ついつい教え過ぎてしまうことはありますが……
ティゼルは優秀なので、大丈夫です」
ほんとうに大丈夫なら問題はないのだけど……
ティアが、ちゃんと見てるから大丈夫とサインを送ってくれた。
ありがとう。
でも今度、ティゼルが村に戻ってきたときに家族会議をやろう。
うん、魔王の奥さんである学園長や、内政担当のランダンから、ティゼルに関する意見書が届くんだ。
苦情じゃない。
意見書。
ただ、文章の端々から「お宅のお子さんの教育は、どうなっているのですか?」といった意思を感じるから。
俺の考え過ぎならいいんだけど。
ラズマリア。
髪の毛がゴージャスで胸もゴージャス。
柔らかい物腰と言動から天使族というより、女神っぽい感じ。
でも天使族。
グランマリアの母親であり、ローゼマリアのお祖母ちゃん。
「孫の優秀さでは、ローゼマリアも負けていませんから」
ローゼマリアはまだ小さいからな。
競わないように。
子供は全員、優秀でかわいい。
それでいいじゃないか。
スアルロウ。
背が低く、幼女に見えることもあるが、これでもスアルリウ、スアルコウの母親であり、天使族の強硬派であるロヒエール派の筆頭天使。
以前は穏健派であるマルビットたちと敵対……対立していたらしいが、いまではマルビットと一緒のコタツに入ってミカンを食べるぐらいになっている。
まあ、その強硬派とか穏健派とかはすでに瓦解しているらしい。
なぜ瓦解したのだろうか?
「この村の存在を知れば、強硬派とか穏健派とかで争うのが馬鹿馬鹿しくなりますので」
大樹の村が争いを止められたなら、嬉しいことだな。
「天使族は一つとなり、大樹の村のために働きます。
今後とも、よろしくお願いします」
ああ、よろしく。
レギンレイヴ。
天使族の長老衆の一人で、最古の長老。
近年は寝て過ごすことが多かったが、最近は普通の生活リズムになっているらしい。
「刺激のある生活は大事ということですね」
そうだな。
適度な刺激は大事だ。
「最近は食欲も旺盛で、自分でも驚いています」
健啖なのはいいことだ。
村の収穫量も増えているし、遠慮することはないぞ。
「はい、ありがとうございます」
これで全員かな?
マルビットやキアービットたちが引きつれたほかの天使族もいるが、彼女たちは部屋の外で休んでいる。
彼女たちが到着したのは昨日で、森の上空を飛ぶのに気を張ったとかで疲れているそうだ。
俺が天使族の自己紹介みたいなことをしたのは、俺が天使族の大人組を覚えているかどうかのチェックだそうだ。
まあ、天使族は見た目が若い女性。
知らなければ、全員が姉妹に見えてしまう。
それゆえのチェックだそうだが……
ティアやグランマリアたちをチェックする必要はあったのかな?
さすがに忘れないぞ。
スアルリウやスアルコウも、ずっと村にいるし。
キアービットやマルビット、ルィンシアは忘れられない個性だ。
ラズマリアは、天使族の子供たちの世話をしてくれている。
スアルロウは村にいるときは村の警備、レギンレイヴは俺の護衛役をやってくれているのだ。
忘れることがあるだろうか?
まあ、冬しか来ない天使族の紹介をしていると思えば、問題ない。
誰に紹介しているのだって?
天使族の子供たちにだ。
大人組で揃っているから、気になったようだ。
ララーデルとトルマーネは、鬼人族メイドが抱っこしながら連れて来た。
オーロラは全員を覚えているようだ。
ローゼマリアは……ラズマリアに懐いているなぁ。
ルィンシァ、対抗しない。
あ、ララーデルとトルマーネはまだ小さいから、無理しなくていいぞ。
ふんわりとでいいからな。
スアルリウ、スアルコウ、入れ替わりで子供たちを混乱させない。
そういうことをするから、双子を強調されるんだぞ。
「双子という珍しい生まれを利用しなければ」
「まったくです」
はいはい。
久しぶりに揃ったんだ。
話し合うこともあるだろう。
食事と酒を用意している。
遠慮なく食べて、飲んでくれ。
ああ、移動してきた者は無理しないように。
武闘会の開催に間に合わせたのだろうけど、無理すると満足に戦えないぞ。
俺はそう言って、子供たちを引きつれて部屋を出ようとした。
キアービットに止められた。
ん?
子供たちだけ、部屋の外?
鬼人族メイドたちが料理や酒を運んで来るのも、止めた。
クロヨンもまだ?
どうしたんだ?
「少し真面目な話があって」
なんだろう?
キアービットだけでなく、全員が真面目な顔をしている。
「言いにくいのだけど……」
こっちは聞きたくないのだけど……
聞かないわけにはいかないよな。
え、遠慮なくどうぞ。
「えーっと、私たちのいた国なんだけど……」
ガーレット王国だな。
「分裂しちゃった」
……
は?
ティア「最強!」
グランマリア「副将格です」
クーデル「急降下爆撃!」
コローネ「名前だけでも覚えて帰ってください」
スアルリウ、スアルコウ「幽体離脱~」
キアービット「祝、出番復活!」
マルビット「コタツでごろごろ~」
ルィンシァ「孫がかわいくてかわいくて」
ラズマリア「孫……わかる」
スアルロウ「……孫」スアルリウ、スアルコウ「「こっちみんな」」
レギンレイヴ「ごはんが美味しい」
子供たち「みんな同じー!」