広がる四村
四村 元、空飛ぶ天空の城(太陽城)。
お昼過ぎ。
俺は万能船に乗り込み、天空にある四村を目指す。
屋敷を出る直前、勉強が終わった子供たちが見送ってくれたので、俺のやる気はアップだ。
子供たちを連れて行くことも考えたが、子供たちは子供たちでやることがある。
武闘会のあとの宴会で発表する演劇の準備と練習だ。
子育てで先生を休んでいるハクレンのために、子供たちが発案したらしい。
基本、子供たちだけでとなっているが、グーロンデと死霊魔導師が監督してくれている。
また、大道具や小道具は、こっそりとハイエルフや山エルフの有志が協力している。
これを邪魔するなんて、俺にはできない。
気を取り直して。
四村への同行者はフェンリルたち。
フェンリルのパートナーであるクロの子供たちも一緒だ。
全部で……四十頭ぐらい?
なので、万能船の甲板はそれなりに手狭になっている。
押し合って、落ちるんじゃないぞ。
俺が注意していると、万能船の船長であるトウが出航してもいいかと俺に聞いてきた。
ああ、問題はない。
四村まで頼む。
「あいよ、任せておきな。
野郎どもっ!
出航だ!」
トウの声掛けに、ほかの船員たちが威勢よく返事して、万能船が浮かび出した。
最初の浮遊感に、初めて万能船に乗ったフェンリルたちやクロの子供たちが、おおっと不安そうな声を出す。
そして、万能船の高度が上がると、数頭のフェンリルが無言で船室に向かった。
よくみると、足が震えている。
高いところが怖いのだろう。
わかるわかる。
慣れないと怖いよな。
だが、船室は荷物でいっぱいなんだ。
すまないが、無理やりに入ろうとするのはやめてくれ。
あと、船首に陣取っているフェンリルたち。
高いところでテンションがあがったのだろうけど、揃って遠吠えするのはやめてくれ。
お前たちの声は、遠くまで聞こえるから。
ほら、下の森でなにやら騒ぎになっている。
村とは逆方向に向かっているようだから、いいけど……
村に戻ったら、警備をしているクロの子供たちや天使族に謝っておこう。
驚かせてしまったかもしれないからな。
ほらほら、落ち着いて。
四村まで、ちょっと騒がしかった。
四村に到着。
あー、フェンリルたち。
万能船と四村を繋ぐ桟橋が怖いのかもしれないが、そのままだと荷降ろしの邪魔になるから……
落ちても大丈夫なようになっているから。
魔法的なもので。
原理は俺もよく知らないけど。
四村に到着しても、ちょっと騒がしかった。
四村で俺を出迎えてくれたのは、四村の村長代行である悪魔族のクズデン。
それと、マーキュリー種のベルとゴウ。
出迎え、ありがとう。
待たせてすまなかった。
ああ、無事にフェンリルたちは降りることができた。
万能船が、桟橋を下から支えてくれてな。
そう、腕で。
万能船の腕は、荷物の積み込みや積み下ろしに大活躍している。
全ての船に装備してもいいんじゃないかと思えるぐらいだ。
万能船しか持ってないけど。
あ、いや、エルフ帝国の船があったか。
帆がなくても動く船なのに、無理やりに帆をつけた船が。
正確には俺の船ではなく、ヒイチロウの船だけど。
あれ、マイケルさんに運用を任せているんだよなぁ。
いま、どうなっているだろう?
今度、聞いておこう。
とりあえず、いまはクズデンとベルとゴウだ。
今日はよろしく頼む。
おっと、俺の同行者としてのフェンリル二頭を忘れてはいけない。
それなりに若い個体だが、万能船で大人しくしていたので選んだ。
万能船から降りるのも、早かったしな。
ほかのフェンリルたちから文句が出ているが、これから行くところは四村の端。
つまり、景色のいい場所になるぞと言ったら、静かになった。
すまないが、帰るまでそのあたりで待機しててくれ。
そう時間はかからないさ。
さて、俺が四村に来たのには、理由がある。
四村の拡張案の検討だ。
前々から四村で栽培している香辛料の収穫量に関して、問題が出ていた。
需要量に対し、供給量が少ないのだ。
栽培する量を増やせばいいのだろうけど、土地に限りのある四村ではなかなかむずかしい。
畑にできる場所は、ほぼ全て畑にしている現状ではなおさらに。
そこで四村から提出された拡張案。
「簡単に説明すると、現在の四村を大きくするだけなのですが……村長の許可なく行うのはどうかと思い、提案させて頂きました」
ベルの説明に俺は頷くが、事前に大樹の村で話を聞いている。
拡張作業の安全は確保されているらしい。
拡張後の四村の運航にも問題はない。
必要なのは俺の許可。
さすがに現場を見ずに許可を出すのも問題かと思い、ここにやってきたのだが……
四村の端には、小さな土の山ができあがっていた。
「作業をしても?」
ベルの確認に、俺は声に出して許可を出す。
やってよし。
「ありがとうございます」
ベルは俺に向けて一礼したあと、小さな土の山に向かって魔法を放った。
小さな土の山が崩れ、意思があるように動きだしたかと思えば、そのまま四村の端にくっついて広がっていく。
十メートル四方ぐらい広がったかな?
最初にあった小さな土の山の量から考えると、狭い気もするが……
圧縮具合や、厚くしなければいけない部分などあるのだろう。
さすがにこの一回だけで拡張作業が終わりではなく、これを何回も繰り返す予定だ。
目標は、現在の畑面積が倍になるぐらい。
ただ、ベルの魔力の回復や、拡張用の土の用意などを考えると、作業完了は来年の春だな。
ベルの計画では、今年の冬のあいだに終わらせそうだが。
無理はしないように。
「承知しました。
それと、ゴウのほうからいくつか提案がありまして」
ゴウから?
事前に聞いていない内容だよな?
「すみません。
経費計算に手間どって、資料としてはまだ揃っていないのですが、見ていただければ」
ゴウの案内で、四村の中心に向かう。
そこにあったのは……
直径十メートルぐらい、厚さが一メートルほどの円盤が二枚。
一枚は地面に。
もう一枚は、地面にある一枚の……十五メートルぐらい上に浮かんでいた。
なんだこれ?
「下も浮きます」
ゴウが指を鳴らすと、地面にあった円盤が一メートルほど浮かんだ。
上にある円盤も、同じように一メートルほど高くなった。
下の円盤と上の円盤は連動しているのか。
でもって、下も浮くから……
「太陽城の別邸として計画されていたものです」
別邸?
ああ、なるほど。
この円盤の上に建物を建てるのか。
「はい。
土を盛れば、畑としても使えます」
なるほど。
ベルの拡張案は、四村自体を広げる案だったが、ゴウは新しく浮遊する土地を用意する案か。
「はい。
さらには、上の蓋を増やすことで多層構造にすることもできますし、端いっぱいまで使うのはむずかしいですが水を入れることで巨大な貯水池にすることも可能です」
おおっ!
ベルには悪いが、こっちだけでよかったんじゃないか?
「残念ながら、予算面がすごいことになりそうでして……まだ計算の途中ですが、削れる部分を削っても、だいたいこれぐらいは……」
ゴウが見せてきた紙には、大樹の村の一年間の売り上げ金額に近い額が書かれていた。
ちょっと腰が引ける。
「香辛料の収穫量は増えますが、増えた分だけ需要が満たされ、取引価格にも影響するでしょうし……」
いやいや、香辛料の需要は大きい。
倍増程度では値は変化しないだろう。
実際、いまの供給量で賄えているのはシャシャートの街のマルーラとゴロウン商会、あとは五村にある酒肉ニーズと麺屋ブリトア、麺屋ブリトアが仕入れを手伝っているラーメン屋ぐらい。
ゴロウン商会への香辛料の問い合わせを考えると、収穫量が十倍になっても値は動かないと思う。
四村の香辛料での儲けを考えると、俺としてはこの予算を出せる。
出せちゃう。
ならば躊躇することはない。
実行だ。
「よ、よろしいので?」
よろしいのだ。
やっちゃえ。
完成を楽しみにしているぞ。
「はい。
お任せください」
ゴウが勢いよく頭を下げた。
そして、こっちをみる。
ん?
なんだ?
「ここにあるのはサンプルで、実際には直径が百メートルぐらいの大きさになります」
あー……そうか。
太陽城に来る客の別邸なら、それぐらいのサイズは必要か。
「一基を三層から四層の多層構造にするとして、四基ほど浮かす計画です」
一層が直径百メートルの……えっと、円の面積は、半径×半径×π(3.14)だったよな?
まあ、四角の面積の七割から八割ぐらいの大きさになるはずだ。
それでも、十を超える数が一気に増えるのは助かる。
……
まさか、必要経費が増えるの?
「いえいえ。
予算はさきほどの金額に収めます」
よかった。
ん?
それじゃあ、なにが言いたいんだ?
「畑をかなり広げることができますので、その……」
ゴウが少し迷ってから、言った。
「城の内部の畑を、そちらに移動することは許されるでしょうか?」
あー……
ゴウとしては、見慣れた城がいつまでも畑なのは抵抗があるか。
気が利かなくて、すまなかった。
「い、いえ……畑であることにも見慣れましたので……そうではなく、その……」
ゴウが言おうとするのをクズデンが止め、代わりに言った。
「悪魔族、夢魔族の子供が増えて、居住環境の改善が必要になりました。
最初は、この別邸のほうに移動する案もあったのですが、全員が同じ場所というわけにはいかなくなりますので……
村長にとって大切な畑を移動させる愚案ですが、お許しください」
愚案って……
待て待て。
さすがの俺でも、畑より居住環境だ。
子供たちが絡むとなれば、なおさらな。
俺がそう言ったら、めちゃくちゃ驚かれた。
俺ってどう思われていたんだ?
「畑の守護神」
ベル、ゴウ、クズデン。
声を揃えて言うんじゃない。
あと、同行してくれたフェンリル二頭よ、お前たちも頷くのか?
いや、たしかに畑を荒らす者には容赦しないけどな。
ともかくだ。
居住環境の改善を優先。
最悪、香辛料の収穫量が減ってもいいから。
四村の拡張計画も、ベルの案とゴウの案を同時にやるということで。
必要なものがあったら、遠慮なく言ってくれ。
頼んだぞ。