大魔王
俺の名はカイロス。
シャシャートの街で生活をする人間の男だ。
人間の国からすれば、魔王国内で生活する人間は裏切者らしいが、先祖代々このあたりに住んでいるので俺に裏切者の意識はない。
逆に、なぜそこまで魔王国を敵視するのかと不思議に思うぐらいだ。
まあ、たしかに魔族や獣人族に対して劣等感を持ったことはないかと聞かれたら、持った覚えは何度もあると答える。
だからといって殲滅しろという考えには賛同できない。
人間同士だって、背の高い低いや、手足の長い短いで差はあり、劣等感を持つことは普通にあるものだ。
そのたびに相手を殲滅しようと思うだろうか?
すくなくとも俺は思わない。
それに、魔族には魔族で、獣人族には獣人族でそれぞれに劣等感があるものだ。
なので、人間の国からの誘いには乗らない。
即座にシャシャートの街の代官のお屋敷に伝えた。
代官の側近であるミヨさまが対応してくれて、誘いに来た者は捕まった。
そのあと、そいつがどうなったかは知らない。
俺はいまの生活を守れて、満足だ。
ある日の昼。
夜の仕事の開始時間まで、大通りをぶらぶらしていたときだった。
荘厳というのだろうか?
神聖な音楽が流れてきた。
どこからだと思えば、さっきまで食事をしていたマルーラからだった。
マルーラからなら不思議ではない。
あそこは、いつもシャシャートの街の住人を驚かせてくれる。
今回もそうだろうと思った。
ならば、それを見届けるのもシャシャートの街の住人の義務だ。
俺はマルーラに向かおうと思ったが、入れ違うようにマルーラからやってきた者が道にいる者たちに声をかけた。
「道を空けてください!
行列が通ります!」
なるほど、この音楽は行列のための音楽か。
いったい、どこの誰だろうと思ったら、行列の先頭は武神ガルフさまだった。
剣を胸の前に掲げ、進んでいる。
その後ろに、エルフの集団かな?
彼女たちが音楽を奏でているようだ。
獣人族やリザードマンもいるな。
マルーラの従業員もいた。
なんの行列なんだ?
あ、イフルス学園のルーさまだ。
手を振る。
派手な恰好をしているなぁ。
でもって……
誰だ?
ルーさまの後ろで、魔法の絨毯に乗っている人間の男性は?
見た感じ、普通の人間っぽいが……
周囲の護衛の数が尋常じゃないことから、重要人物だということはわかる。
しかし、それしかわからない。
その人間の後ろに、魔王。
え?
魔王?
護衛がいないよ?
護衛する相手、間違えてない?
その魔王の横にはイフルス代官。
え?
ミヨさまもいる!
なんで!
この行列はなんなんだ?
行列が進むルートは……マルーラが入っているビッグルーフ・シャシャートをぐるりと回っている。
マルーラの宣伝だろうか?
それにしては、魔王やイフルス代官、ミヨさまがいる理由がわからないが……
あ、ビッグルーフ・シャシャートを回ったら、今度は……転移門に向かうのね。
転移門の先となれば…………
王都か!
そうか、王都に向かう行進だ。
つまり、これは……まさか……まさかと思うが……
新しい魔王の誕生!
そんな馬鹿な。
いや、魔王は実力で選ばれる。
それは、代替わりがいつあってもおかしくないということ。
魔王ガルガルドは戦争に強かったが、ここ十数年は動きが鈍っていた。
それは体力の衰えと考えれば……
ありえる話だ。
最近になって、人間の国から忍んでやってくる者の多さは、それが原因だったか!
おおおおっ!
俺はいま、歴史が動く瞬間をみている!
身体が震える!
だが、焦るな。
俺の勝手な思い込みかもしれないのだ。
冷静になれ。
そう命じるが、身体は勝手に声を出していた。
「魔王、バンザイ!」
俺の声で、周囲の音が止まったような気がした。
だが、それは一瞬だ。
次の瞬間、大きな歓声と共に、新しい魔王を讃える声が響いた。
新しい魔王はそんな声に苦笑いしながら、転移門に向かっていった。
ここでさらに驚いた。
転移門は、周囲に警備する者などの施設はあるが、転移門自体はそれほど豪華なものではない。
キラキラと光る綺麗な扉なだけだ。
だが、今回は違った。
転移門の左右に、ドラゴンがいた。
うん、左右にだから二頭だ。
ドラゴンは高々と頭を上げていたが、新しい魔王が通るタイミングで頭を下げた。
おおっ。
やはり新しい魔王!
ドラゴンさえ従える!
さすがだ!
そして、マルーラの従業員、古い魔王、イフルス代官、ミヨさまは行列から離れ、新しい魔王を見送っている。
なんという場面に遭遇したのか。
これは孫の代まで語り継ぐ出来事だと俺は思った。
ただ……一点。
うん、一点だけ、いいだろうか?
新しい魔王。
貴方が使った転移門は五村に行く転移門ですよ。
王都に続く転移門はあっちです。
ドラゴンが間違えていたから、そのまま使ったのだろうか?
だとすれば、こちらに戻って来にくいのではないだろうか?
大丈夫かな?
二頭のドラゴンが飛び去るのを見送ってから、俺はミヨさまに心配を伝えてみた。
「残念ながら、彼は新しい魔王ではありません」
え?
そうなの?
「魔王を超える存在です」
魔王を超える存在……
つまり、それって……大魔王?
おおおおおおおっ!
もっと凄い存在だった!
「しかし、これはまだ極秘です。
今回の行進は特別なのです。
あまり言いふらしてはいけませんよ」
ははっ!
もちろんです!
そうか。
彼は大魔王だったのか。
ミヨさまの後ろにいる古い魔王改め、現行魔王とイフルス代官も頷いているから、冗談ではないようだ。
……
あれ?
彼は人間だよな?
人間が魔王国の大魔王になると……人間の国は争う理由がなくなるんじゃないのか?
長く続いていた戦争が終わる?
いやいや、大魔王が平和路線を求めるとは限らない。
だが、俺がみた彼なら……彼なら望んで争いを起こしそうにない。
なんにせよ、今日の出来事は孫の代まで語れそうだ。