夜の食事
ドース 竜王
ドライム ドースの息子。門番竜。
ブロン 獣人族の男の子。
プラーダ 五村で働く悪魔族メイド。
エルメ ヴェルサの元で働く悪魔族メイド。
ベトン 昔、グッチと揉めた悪魔族。
深夜の草原。
ドースの放った魔法の光で照らされると、あちこちが大きく掘り返されている。
大きい穴が空いている場所もある。
激しい戦闘があったのだろう。
プギャル伯爵は、こんな場所にいてよく生き延びたものだ。
実はすごく強いとか?
いや、執事さんがプギャル伯爵の保身は信頼できると言っていた。
交渉でなんとかしていたのかもしれない。
……
それでも十分に凄いな。
うん。
さて、俺は食料と調理器具を持ってきている。
というか、俺の荷物はそれだけだ。
正直、行方不明になったプギャル伯爵を探すために出てきたが、俺個人が人探しで役に立てるとは思っていなかった。
行方不明になった人を探した経験などないのだから。
しかも時間は夜中。
なので、邪魔にならないよう、指示に従う人手として動くのが最良と考えていた。
それゆえ、自分の食事ぐらいは自分で用意していこうと背負ってきたのだが……
まあ、プギャル伯爵は無事に見つかったので出番はなかった。
残念。
いや、出番がないのは良いことだ。
悲しんではいない。
悲しんではいないのだが……
プラーダがお腹を鳴らした。
なんでも、朝からなにも食べていないらしい。
………………
それはよくない。
よくないぞ。
夜中だが、しっかりと食事をしなければ。
まあ、野外での食事というのも悪くないものだ。
いやいや、急いで街に戻る必要はない。
幸いなことに、食材と調理器具があるんだ。
ああ、本当に幸いなことに。
ということで食事にしよう。
俺は荷物を広げ、調理を開始し……おっと、まずは火を用意しなければ。
ふふふ。
昔とは違い、早く火を作れるようになった。
自分の成長を感じる。
ん?
ドースやドライムも料理を作るらしい。
ドライムはなんだかんだと料理をやっているのは知っているが、ドースは作れるのかな?
竜王だろ?
あ、ベトンさんは座っていて。
ブロン、エルメ、プラーダが俺、ドース、ドライムの手伝いをそれぞれしてくれるが、複数人の手伝いが必要なほど難しい料理じゃない。
「いえ、その、そうではなく……えっと、事情を聞くのでは?」
ベトンさんが心配そうにそう言っているが、君たちに逃げるつもりがないのだから、少し遅くなっても問題ないだろう。
事情は料理を食べながらでも聞ける。
うん、聞ける。
俺は調理を続けた。
よし、完成。
簡単な汁物で悪いけどね。
ドースのほうはどう?
「こっちもできあがった。
……村長、そう意外そうな目でみるな。
これでも若いときは自分で料理をやっておった。
これぐらいはできる。
ドライムはどうだ?」
「もう少しダイコンに味が染みるのを待つのがよいかと。
こちらは私が見てますので、お先にどうぞ」
そうだな。
それじゃあ、椀と皿を用意して……
ベトンさん。
すまないが、そこの箱に椀と皿が入っている。
取ってくれるかな?
そう、それ。
ありがとう。
ああ、ベトンさんはモチは何個入れる?
モチってのはこの白いの。
二つね。
三つでもかまわないよ?
ははは、じゃあ三つね。
ブロン、ドース、ドライムはどうする?
二つ、三つ、三つね。
プラーダとエルメは?
三つと四つ。
ああ、数は大丈夫だ。
一緒に探す人たちにもと思って、多めに持ってきてるから。
それに、モチはもうすぐ新しく搗くから、消費しないといけないんだ。
遠慮はいらない。
ドースとドライムは一つ追加ね。
プラーダは三つ追加?
合計、六個だぞ?
食べられるのか?
……朝から食べてないんだったな。
六個、了解。
ブロンとエルメは食べてから考えると。
それでもいいぞ。
ベトンさんはどうする?
三つのままで十分?
そう?
足りなかったら言ってね。
それじゃあ、食事にしようか。
野外での食事なのでテーブルや椅子はない。
だから、それぞれが程よい大きさの岩に座る。
一番よさそうな場所にベトンさんが座るのかと思ったら、そこにドースを呼んで座るように勧めていた。
年長者を大事にする姿勢。
悪くない人のようだ。
そんなふうに感心しているのだから、ドースはその席を俺に譲ろうとしないように。
魔法で地面を操作してテーブルと椅子を作る?
いや、駄目じゃないが……事情を聞くためにも、ある程度近いほうがいい?
そう言われるとそうだな。
わかった。
任せる。
野外に似合わない豪華なテーブルと椅子が完成。
それなりの強度だけど、土製なのでそのまま食器を置くのは抵抗がある。
持ってきている布を敷いてテーブルクロスに。
俺の作った汁物が入った椀、ドースが作った炒め物の乗った皿を人数分、置いていく。
ドライムのほうはまだ少しかかりそうなので、先に食事を始める。
ちなみに、ドライムが作っているのはダイコンの煮物だ。
弱火の火が消えないように見張る必要がある。
なので、少し離れた場所で食事を楽しんでもらう。
では、いただきます。
うーん、ドースの炒め物。
美味しい。
下味もちゃんとついている。
正直、意外だ。
竜族は総じて村の食事を喜んでいたので、料理のレベルが昔の鬼人族たちと同じと思っていたが、この炒め物は今の鬼人族たちと同じレベルだ。
竜族の里では、ちゃんとした料理がされていたのか。
「いや、そういうわけではないぞ」
?
「竜族の里というか神代竜族の掟でな、文明や文化は世界の平均であるべしというのがあるのだ」
どういうことだ?
「簡単に言えば、世間で一般と呼ばれる程度の生活をするようにという掟だ。
良い生活をしたければ、世界を育てよということだな」
なるほど。
「しかし、文明や文化を育てすぎると、危険なこともある。
神代竜族は行き過ぎた文明や文化を規制する立場でもある。
なかなか難しいのだ」
そういや昔、万能船を作ったことでルーとドースがなにやら言ってたな。
しかし、それだとするとドースが料理できるのはなぜだ?
「…………役目を負う前の若者が好奇心でいろいろと危ないことをやるのは、よくあることであろう?
あの頃は、掟なんぞ邪魔だとしか思わんかった」
ドースも若いころがあったということか。
「そういうことだ。
まあ、立場が立場だ。
こういった機会でもないと料理なんぞできんがな」
大変だな。
「うむ。
大変なのだ。
大樹の村では鬼人族のメイドたちが見張っておるしな」
ははは。
見張っているわけじゃないだろうけど、厨房は彼女たちの縄張りだからね。
ちゃんと言えば、使わせてもらえるよ。
子供たちも、ドースの作った料理なら喜ぶだろう。
「喜んでくれるだろう。
しかし、その倍ぐらいライメイレンの機嫌が悪くなる」
ひょっとしてライメイレンは?
「あー……丸焼きは得意だ」
……
「食べられる量は、その日の機嫌によるけど」
な、なるほど。
今度、アンたちに頼んで、さりげなく料理を教えるように動いてもらおう。
うん、それがいい。
ライメイレンがそれなりに料理できるようになれば、ドースも堂々と子供たちに料理がふるまえるようになる。
いいことだ。
ん?
ベトンさん、どうした?
お代わりなら、すぐに入れるよ。
ああ、ドライムのダイコンの煮物もそろそろできるだろうから、そっちもすぐに配るよ。
「いえ、そうではなく、その……えっと、私たちの事情を聞くのはどうなったのかなと……そのためにテーブルを作ったのですよね?」
……
わ、忘れてないぞ。
うん、忘れてない。
これから聞こうと思っていたんだ。
ははは。
……
ごめんなさい。
忘れてました。
遅くなってすみません。
国民年金の控除証明書が行方不明なのが悪いのです。