午前のシール
ロビア 貴族学園で一番の魔法使いだったシールの妻。
僕の名はシール。
たくさんの妻を持つ、幸せな獣人族の男だ。
……
あ、いや、大丈夫。
自分で自分を騙しているわけじゃないから。
幸せだから。
うん、心配されるようなことはないよ。
不満?
ないよ。
本当にないから。
心配してくれてありがとう。
あー、そうだね。
強いて言うなら、寝不足なことかな。
そう、寝不足。
ははは、理由は聞かないでくれると嬉しいな。
うん。
なーに、村長に比べたら僕なんてまだまだ。
よし、今日も頑張るぞ。
僕は自分の屋敷の執務室に用意された席に座る。
ここが僕の仕事場だ。
屋敷は王城の近くにあり、元はこの地を治めていた貴族の持ち物だったらしい。
つまり、元領主屋敷。
なので大きく広い。
王城ができるまでは、魔王のおじさんも住んでいたことがある場所だそうだ。
そんな場所に住んでいいのだろうかと思うが、前の持ち主が僕の妻の一人であるホウの実家のレグ家。
そのレグ家の偉い人が総出でやってきて、受け取ってほしいという圧に負けた。
賃貸でと抵抗したけど、僕の屋敷になった。
あのときは、自分はまだまだ未熟だと再認識したものだ。
まあ、たくさんの妻たちがいるので屋敷が大きいに越したことはない。
妻たちが連れてきたメイドとか執事とか護衛とか文官とか商人とか殺し屋とかもいるしね。
……
細かいことを気にしてはいけない。
うん、人材が豊富なのはいいことだ。
「旦那さま、本日分です」
妻たちが連れてきた執事同士で争い、執事長となった年配の男性が僕の前に数枚の紙を置く。
本当ならこの数百倍あるはずなんだけど、妻たちが連れてきた文官たちが事前に目を通して処理をしてくれているので、僕の仕事量はこれだけになっている。
だが、数枚と侮れない。
文官たちで判断できない重要な内容ということだ。
僕は気合を入れて読み進めた。
……
全部、妻の親たちから、孫の名に関しての相談だった。
気が早い。
気を取り直して……
あれ?
ほかに僕の仕事は?
ない?
そんな馬鹿な。
ティゼルからの依頼があっただろ?
妻たちが連れてきた者たちが対処している?
危険な密偵は捕まえ、情報を吐き出させている最中と。
痛い系は駄目だよ?
美味しい食事を与えているだけ?
一回目はサービスだけど、二回目以降は有益な情報と交換と……
それで効果あるの?
あるならいいけど……
あと、こっちにも情報を回してもらえると……今はまとめている最中で、僕は昼食のときに聞ける?
了解。
えーっと、それじゃあ僕はどうしようかな。
寝不足解消のため、寝ておいたほうがいい?
……
じゃあ、そうさせてもらおう。
お昼。
妻と一緒に屋敷の食堂で、昼食を食べる。
妻たちは妻たちで仕事があるので、交代制になっている。
今日はロビアのようだ。
ああ、なるほど。
密偵の情報はロビアがまとめてくれたのか。
密偵関連の情報を聞いた。
「危険な思想を持つ密偵はほぼ排除できたのではないかと。
それ以外の密偵は……密偵というより、魔王国と話ができるように関係を作ろうとしている感じですね。
もちろん、手段を選ばないところは捕まえております」
なるほど。
「一部の国はすでに関係構築に成功して、代表者がこちらに向かっているところもあります。
詳細はこちらに」
紙に書かないと駄目なほどあるの?
ぱっと見た感じ、七つほどあった。
小国ばかりなのは、密偵の質の問題なのかな?
「大国は大国で柵が多くて動けない感じですね。
少し前にゴールゼン王国の王子がやってきていましたけど、あれはほぼ王子の独断でしたから……」
しかも、そのゴールゼン王国は滅んで別の国になってしまった。
「そういえば、ゴールゼン王国の滅亡は、魔王国の仕業ではないかという噂があるそうです」
え?
そうなの?
「王子が魔王国に頼んで戦力を貸してもらったとかなんとか」
馬鹿馬鹿しい。
どうやって魔王国からゴールゼン王国に戦力を運ぶんだ。
どう考えても無理だろう。
転移門?
どこにでも設置できるような便利なものじゃないし、それを使って攻めているなら人間の国はもっと崩壊しているよ。
まあ、転移門の不便なところを知らなかったら、そんな風に考えるのかもしれないけど……
「転移門の情報は各国に開示していますよ」
不便なところを知っているけど、信じていないってことかな?
「各国が転移門の情報を全て民衆に教えているわけではありませんからね。
転移門の話だけが伝われば、民衆は魔王国がどこからでもやってくると思うわけで」
ああ、なるほど。
そのあたりの不安を利用して、魔王国憎しの流れを作っているのか。
「各国の王都ではそうなっています。
ただ、地方はあまりそういった流れには乗っていないようで」
流れが統一されないのは、魔王国側としては朗報だな。
「クローム伯の成果かと」
ビーゼルのおじさん、頑張っているからなぁ。
「話を密偵に戻してですね。
一つ、気になる商隊があるのですが」
商隊?
「はい。
ジョローを名乗る商人が率いている隊です。
規模もそれなりに大きいのですが、シャシャートの街に到着したあたりから急に動きが止まりまして。
五村から回ってきた密偵の情報リストには名が上がってなかったので、あと回しにしているのですが個人的に気になっています」
ジョロー?
聞き覚えがあるな。
どこだったか…………ああ、思い出した。
ジョローの商隊は大丈夫。
シャシャートの街のミヨさんがチェックしている。
普通の旅商人だって。
「そうでしたか」
動きが止まったのも、商隊のメンバーがシャシャートの街や五村で働き出したらしいしね。
「つまり、マルーラやラーメン通りが目当てですか?」
たぶんね。
あと、商隊のメンバーが魔王のおじさんに接触しているけど、なにも行動を起こさなかったから暗殺者ということもない。
普通に野球を楽しんでいたよ。
「承知しました。
では、ジョローの商隊は問題なしということで進めます」
そうだね。
それでよろしく。
……
ロビアにはそう言ったけど、僕もジョローの商隊は怪しいと思っている。
魔王のおじさんに接触した速度とか、どう考えてもおかしいし、ミヨさんから大丈夫というメッセージが来るのも変だ。
ただ、今回の僕の仕事は、情報リストにある密偵が本当に密偵かどうかを確かめ、捕まえるというもの。
リストにない者は、対象外。
密偵を一掃させたいなら、一掃しろと命じればいいのに、そうしていない。
つまり、ジョローの商隊はすでに村長かティゼルさまが絡む案件に関わっている。
と、僕は勝手に予想するんだけど……
こういったことを相談できるゴールとブロンがいない。
妻たちには、村長やティゼルさまに関して、まだ全てを話していない。
大樹の村に連れて行ければ、そのあたりも解禁になるのだけど……
大樹の村に連れて行くのはゴールやブロンの妻たちと一緒にという話になっていて、なかなかタイミングを合わせられないでいる。
妻の中ではホウに相談はできるけど、ホウだけに相談したらほかの妻が拗ねるからね。
それに、ホウはホウで魔王国の財務で忙しい。
余計なことは言えない。
まあ、シャシャートの街で問題を起こしたらミヨさんが許さないだろうし、五村はヨウコさんやプラーダさんがいる。
僕の予想があっていようが、間違っていようが問題はないだろう。
うん。
この話はここまで。
昼食も終わったし、仕事を頑張ろう。
ロビアが食堂から出ていくのを見送り、僕は執務室に。
えっと、僕の予定はどうなっているのかな?
僕は横に控えている執事長に聞いた。
「昼食後は、庭で野球の練習となっております。
当家の参加希望者が準備しております」
……
「練習後、汗を流せるように湯を用意しておきます。
頑張ってください」
いや、頑張るけど。
ちょっと確認していいかな?
僕を屋敷から出さないようにしているよね?
どうしてかな?
いや、バレるって。
ここしばらく、ずっと屋敷の敷地内にいるもん。
「あー……これは独り言です。
奥さまがたは、これ以上は先にいる者たちが妊娠してからにして欲しいそうです」
これ以上?
「妻が増えることです」
僕が外に出るたびに妻を増やしているような評価は不本意だが、自覚がないわけではないので反論はやめた。
よし、野球の練習、頑張ろう。
魔王のおじさん、野球を各地で広めたいとか言ってたしね。
練習は無駄にならないだろう。
気温の上下が激しく、ちょっと体調を崩していました。
もっと健康に気を使わねば。と反省しております。




