揺れる王国
私はとある国の第三王子。
今年で二十歳になる。
自分で言うのもなんだが、優秀だ。
文武に優れている。
兄たちよりも。
だから、私は無能のふりをしている。
優秀だとバレると王位を狙うのかと兄たちに警戒され、最悪は命を狙われるからだ。
お陰で、私はこの年齢まで生き抜けたと思っていた。
しかし、それは大きな勘違いだった。
上の兄は今年で二十七歳、下の兄は今年で二十五歳。
二人の兄は、まさしく私の兄だった。
つまり、私と同じことをしていた。
二人の兄は私に負けず劣らず優秀なのに、上の兄は現在の王である父に警戒されないように、無能のふりをしていた。
下の兄は、父や上の兄に警戒されないように、無能のふりをしていた。
私を含め、なにをやっているんだと言いたい。
お陰で、この国の第一王子から第三王子は無能だということになり、将来をかなり不安視されている。
どれぐらい不安視されているかというと……私たち兄弟が揃って独身であると伝えれば、わかってもらえるだろうか?
……
無能のふり、もう少し抑えるべきだったかもしれない。
私たち兄弟がやっていた無能のふりがばれたのは、そんな場合じゃなくなったから。
最初に下の兄が有能さを示した。
次に私、最後に上の兄が。
まあ、有能さを示しても父や家臣たちに認めてもらえず、ちょっと悲しいことになってしまったが……
私たち兄弟は互いを認めた。
なにせ現状を正確に把握し、同じ心配をしていたのだから。
そして三人で話し合った。
この現状をどうするか。
そう、人間の国が滅ぼされつつある現状について。
ああ、人間の国という名の国があるわけではない。
人間の国とは、魔王国以外の国の総称。
つまり、魔王国がほかの国を滅ぼし、一人勝ちになりつつあるということ。
私のいる国も、人間の国の一つなので、そんな現状を喜べるはずもない。
とくに私は王族。
滅びた国の王族なんて、どこに行っても邪魔に思われる。
最悪、殺される。
私は死にたくない。
なんとかしなければと足掻いているわけだ。
私たち兄弟は、まず父を説得した。
「すまないが、お前たちがなにを心配しているのか、私には理解できん」
父も無能ではないが、現状の認識が甘かった。
仕方なく、一つずつ説明していく。
まず、人間の国はほぼ全てが魔王国に敵対姿勢を示して、団結している。
その中で重要視されているのが、中央大陸で魔王国と国境を接しているガルバルト王国とフルハルト王国、それと天使族を崇めて力をつけたガーレット王国の三つ。
この三つの国は、歴史的にも英雄女王の後継国として、魔王国とは相容れない存在となっている。
この三つの国に対し、ほかの人間の国は大なり小なりの援助を行って、対魔王国の戦線を支えていた。
「うむ。
なにも問題ないではないか?」
なにも問題ない?
そんなわけがない。
ガルバルト王国、フルハルト王国は以前からの食糧難から立ち直れず、戦線の維持どころか軍の維持ができていない。
とくにフルハルト王国は酷い。
魔王国がなぜか攻勢に出ず、戦線を下げたことで国体を維持できているだけだ。
「ふうむ。
フルハルト王国は剣聖の継承で揉めたのが痛かったな」
その剣聖は、いまでは魔王国にいる。
「え?」
剣聖など些細な問題だ。
ガーレット王国から、天使族が去ろうとしている。
それをガーレット王国の王家が泣きながらすがって、なんとか留めている状態。
留まっている天使族からの要求は一つ。
魔王国と戦うな。
魔王国に従う必要はないが、武力で殴り合うのだけはやめろと要求している。
「馬鹿な。
あの国は天使族がいるからなんとかなっているのだぞ。
天使族が去ったら、崩壊する」
ちなみに、天使族の行き先は魔王国だと報告が届いている。
「はぁ?
天使族は魔王国を激しく憎んでいるのではなかったのか?」
憎しみを抑えてでも、魔王国に行く理由ができたのだろう。
いや、本当に天使族は魔王国に憎しみを持っていたのか?
人間の国で生きていくため、そう言っていただけではないだろうか。
なんにせよ、ガーレット王国は軍を進めていない。
完全に動きを止めている。
つまり、重要な三つの国は役立たず状態。
そのうえで、後方の国をまとめていたゴールゼン王国の崩壊。
魔王国の喉元を突き刺す位置にあったエルフ帝国の消滅。
魔王国に有利なことはあっても、不利なことがない。
「だとしてもだ。
我々には勇者がいるではないか。
何度殺されても生き返る不死身の勇者が。
勇者がいれば、魔王国など恐れる必要はない」
父よ。
いつの話をしている。
勇者はすでに役立たずになっている。
「勇者が?
なぜ?」
本当に知らないのか?
生き返らなくなったんだ。
「馬鹿な?
試したのか?」
試して生き返らなかった。
我が国の勇者は、その話を聞いて逃げた。
「なぜ逃げる?」
生き返るからと、これまで好き放題やっていた勇者は嫌われ者だからだ。
勇者が生き返らないとわかれば、これまで勇者に虐げられていた者たちも奮起するだろう。
「ぐ……な、ならば聖女だ。
神の声を聞き、我らを導いてくれる聖女がまだいる」
いや、その聖女もいない。
聖女の資格を持つ者を狙って各国が暗躍した結果、行方不明。
新しい聖女も見つかっていない。
「……息子よ。
この先、我が国はどうなるのだ?」
その話がしたかったんだ。
だけど、その前に一つ、確認していいか?
「なにをだ?」
今、魔王国が憎い?
「なにを言っている。
魔王国は我ら人間の国にとって………………あれ?」
父も気づいたようだ。
我が国が、魔王国と敵対する理由がないことに。
しかし、なぜか少し前までは魔王国は倒さねばならない国だと思っていた。
私も思っていた。
兄たちもだ。
これまでの歴史による先入観なのか、それとも悪質な魔法にでも集団でかかっていたのか……
昔の魔王国のことは知らないが、ここ十年の魔王国の動きは理性的だ。
侵略してくる様子もみせない。
エルフ帝国の件があるが、あれはドラゴンによって滅ぼされたエルフ帝国の住人を守るためだ。
事実、いくつかの国がエルフ帝国の件で文句を言ったら、領地も住人も渡すからそっちで引き取れと返されたらしい。
エルフ帝国の技術は魅力的だが、魔王国に近い場所に領地など持ちたくないし、ドラゴンに攻められているのも評価を下げる。
結果、誰も引き取らなかったので、逆に魔王国から期待させるようなことを言うんじゃないと文句を言われた。
「……争わずにすませることができるだろうか?」
父の言葉に、私たち兄弟は頷いた。
だが、問題がある。
我が国は、魔王国を攻撃するためという名目の支援を続けている。
これは魔王国にとって、我が国を攻撃する大義名分になる。
しかし、支援を止めるのも問題がある。
周辺国から、魔王国に与するのかと敵対される。
それらを追い払えるほど、我が国は大国ではない。
どちらかといえば、小国だ。
「どうすればいい?」
支援に関しては、なにかしらの理由をつけて規模を縮小。
縮小した支援も、武器や兵を送るのは止め、金と食料を中心に。
そのうえで、魔王国に誰かが行って、我が国の方針を説明するのが確実だと私は思う。
うん、兄たちも賛成のようだ。
「誰が行くのだ?」
言い出した私が行くべきだろう。
え?
兄たちも行きたいの?
じゃあ、三人で行く?
父が上の兄の袖を掴んだ。
上の兄は居残りのようだ。
では、下の兄よ。
急いで準備を……下の兄は、女官に捕まった。
見事な低空タックルだった。
一応、下の兄も王子なんだけどなぁ……ああ、男女の仲なんだ。
万が一を考えると、行かせるわけにはいかないと。
なるほど。
私一人で行くとしよう。
まあ、護衛はいるけどね。
私はシャシャートの街に着いた。
賑わっているな。
私は王子であることは隠し、一般の旅人としての入国をしている。
バレることはないだろう。
この街に設置された転移門をくぐれば、すぐに魔王国の王都だ。
だが、その前に腹ごしらえがしたい。
実は行きたい場所があるんだ。
マルーラという店でな、我が国の密偵たちから、そこで出される料理がかなり美味いとの報告を受けている。
シャシャートの街の隣にある五街にも、違う美味い料理があるので気になっている。
そっちにも行ってみるべきか?
うーん。
などと悩みながらマルーラを探していたら、獣人族の男性が近づいてきた。
「お待ちしておりました。
魔王国の王都までご案内します」
……
一応、確認。
私が何者かわかってる?
「魔王との謁見を求められるのでしたら、同行されたほうが話が早いと思いますよ」
あ、これは完全に私の正体がバレてる。
ついでに目的も。
そのうえで、一人でやってきた相手。
たぶん、囲まれている。
つまり、逆らっても無駄。
諦めよう。
ああ、一つ、教えてもらえるかな?
「なにをでしょう?」
どうしてバレたのかな?
「貴方の国から来た方に聞きましたので」
つまり……
こちらの放った密偵が捕まって、情報を引き出されているということかな?
「痛いことはしていないので、ご安心を」
……それは助かる。
君の名を聞いても大丈夫かな?
「これは失礼。
ブロンです。
短い間ですが、よろしくお願いします」
私はブロンの案内に従い、王都まで移動。
謁見の前に食事が用意され、マルーラで出される料理が並べられた。
うーん、勝てる気がしない。