神の使いニーズ
私の名前はニーズ。
五村で働きながら、蛇の神の使いをやっています。
最近の力の入れ具合は、労働が九で蛇の神の使いが一です。
ですが、神の使いを疎かにしているわけではありませんよ。
ちゃんと毎朝のお祈りは欠かしていません。
ただ、人並の生活を享受するにはある程度のお金が必要ですからね。
頑張って稼がないといけません。
今日も頑張りましょう。
おっと、その前に。
ん。
朝から飲むお酒は美味しい。
そんな感じに日々を謳歌していたら、神託が届きました。
神からの連絡です。
拒否はできません。
一方的に届くだけですから。
そして、その神託がどんな内容かと頭を働かせると……
は?
え?
なにこれ?
猿を助けろ?
ご冗談を。
私は蛇の神の使いですよ。
蛇のためならともかく、猿のために働く理由がありません。
拒否です、拒否!
絶対に引き受けません。
……
無言の神託を無数に送りつけてくるのは、神としてどうなのでしょう?
無言でも、神託を受けるたびにガンッとくるので、それなりに辛いのですけど。
……わかりました、わかりましたから止めてください。
はいはい、頑張ります。
頑張りますよ。
ですが猿たちが保護しているのは、魔族の女性なのですよね?
私の治癒魔法は蛇にしか通用しませんよ?
世界樹の葉を使え?
私の所有物じゃないのですが?
いや、交渉しろって、対価がありませんよ。
……後払い?
猿の神や猿の神の使いがなんとかすると。
一応、交渉しますけど、駄目なときは駄目ですからね?
それでも無理を言うなら、私にではなく上のほうの神に言ってくださいよ。
狐の神の部下をなんとか引き込め?
無理をおっしゃる。
村長との交渉を終え、私は世界樹の葉を五枚、手に入れました。
……
私が指摘するのもなんですが、簡単に出しすぎじゃないですかね?
いや、人命が大事というのもわかりますが……
もう少し、出し惜しんだほうが、あ、はい、すぐに行きます。
そうですね。
手遅れになってはいけませんから。
武闘会の準備中、お邪魔しました。
お店のほうは、聖騎士のチェルシーさんに私の代理をお願いしましたので。
ええ、蛇の神が聖女にも連絡したようで……
ご迷惑をおかけします。
はい、チェルシーさんにはこれまで何度か手伝ってもらっていますし、ほかの店員たちにも手助けをお願いしていますので。
はい、できるだけ急いで戻ってきます。
私は南方大陸に移動しました。
移動方法は秘密。
と、言いたいのですが、軽く説明しましょう。
神の力です。
冗談ではないですよ。
神の力によって維持されている通路を使い、遠方の地へと移動できるのです。
本来は簡単に使用できるものではありませんが、今回は使用の許可を貰いました。
ですが、この通路。
自由に出入口を設置できるものではなく、決まった場所から決まった場所に移動できるだけです。
なので、ここから目的地までそれなりに移動しなければなりません。
はいはい。
頑張ります。
なので無言の神託は止めて……え?
とても面倒なことになるから急げ?
……
私は目的地に向けて、全力での移動を開始しました。
目的地に到着したのは夜でした。
猿たちが出迎えてくれますが、言葉がわかりません。
そうですよね。
私は蛇とは会話できますが、猿と会話できません。
うっかりしていました。
……!
蛇の神よ。
いきなり【猿の神の加護】を渡されても困ります。
いや、会話できるようになりましたけど。
ああ、【猿の神の加護】を渡したのは猿の神ですか。
そうですよね。
蛇の神が、【猿の神の加護】をどうこうできるのは変ですから。
ありがとうございます。
ですが、この件が終わったら【猿の神の加護】は返上させてもらいます。
持ってたら、猿の件で便利に使われそうだからです。
私は猿の神の使いではなく、蛇の神の使いなのですから。
蛇の神よ、嬉しいのはわかりましたから、【蛇の神の加護】を重ねて渡さないでください。
人の身体を維持するのが難しくなります。
おっと。
猿たちの相手をしなければ。
はいはい、体調を崩した者はどこですか?
よく効く薬を持ってきましたから、すぐに治りますよ。
ああ、こちらの女性ですね。
……はい、これで大丈夫。
しばらく寝かせておいてください。
それと、子供も体調を崩したのですよね?
そちらは?
ああ、この子ですね。
はい、これで大丈夫です。
……
ところで、子供を抱えているお嬢さん。
どこかでお会いしたことがありませんか?
その金髪のクルクルヘアーに見覚えがあるのですが……
エンデリさん?
ああ、ゴールさんの奥さん。
いや、奇遇ですね。
こんな場所でお会いするなんて。
どうしてここに?
猿たちに連れてこられた?
なるほど。
子供のために母親役が必要と。
なるほど。
ところで確認ですが、平和的にですか?
ああ、やっぱり無理やり。
ははははは。
猿どもっ!
そう叫ぼうとした瞬間、木の上から警戒の声が上がりました。
そして剣を持って飛び降りてくるゴールさん。
狙いはボス猿のようです。
ああっ、もうっ!
私は槍を持って、ボス猿を助けに飛び出しました。
危ないところでしたが、なんとか凌げました。
ここでボス猿というか猿がやられると、猿の神がなにをするかわかりません。
人の立ち位置で思考するなら、怒るゴールさんのほうが正しいのでしょうが、猿の神は猿の神の思考で動きます。
方法に問題があれど、魔族の女性と子供を保護していたら攻撃された。
最悪、世界中の猿が魔族や獣人族に牙をむきます。
保護する方法に問題があるのが駄目なんですけどねぇ。
ゴールさんが冷静で、助かりました。
ああ、事情を説明する前に、猿たちから事情を聞く時間をください。
私もさっき到着したばかりで。
はいはい、事情を知るお猿さん、ちょっと来て説明してくれるかな?
あ、君ね。
よろしく。
それで、さっそくだけど、あの作物は?
魔族の女性のための食べ物?
ゴブリン族の村の畑から持ってきたと。
畑の食べものが必要と思ったのはわかりますが、ちょっと量が多くないですか?
魔族の女性に食料を持っていくと、美味しくなるけど量が減るから、これぐらいないと駄目と思った?
美味しくなる……ああ、料理ですね。
なるほど。
それで、その持ってる槍とか盾は?
攻めてこられたので奪った。
その者たちに魔族の女性を預けようとは?
魔族の女性が嫌がった?
魔族の女性は女性で事情がありそうですね。
昼、ゴールさんが森に来た?
嫌いな犬の匂いがするから、密集陣形で出迎えたと。
ああ、ゴールさん、犬系の獣人族でしたね。
私からも嫌な匂いがする?
ああ、大樹の村に行ったときの匂いですね。
数日前ですが、匂いがまだしますか。
ええ、狼です。
なので逆らわないでください。
辛い。
疲れた。
しんどい。
なぜ蛇の神の使いである私が、猿のために。
説明や謝罪をする相手が多すぎて泣きそうです。
ゴブリン族が温厚で助かりました。
ギマ男爵は……猿に負けた事実はないことで決着しました。
もちろん、裏で金品が動いてます。
猿の神の使いから今回の件の費用と報酬が送られてくる手筈になっていますが、たぶん物品になります。
私はその物品を売却し、金品にして支払わねばなりません。
支払いを待ってくれて、助かります。
え?
支払いを待つかわりに、ギマ男爵の上のギリッジ侯爵に話を通してほしい?
それ、私の仕事ですか?
いえ、わ、わかりました。
頑張ります。
ゴールさんには、あそこで戦いを収めてくれたことへのお礼と、エンデリさんを連れ去ったことに対する謝罪をしなければいけません。
エンデリさんがゴールさんをなだめてくれたので、あまり高額にはならないと思いますが……
誠意は見せねばならないでしょう。
まあ、困るのは猿の神の使いです。
……
彼は珍しい仙具や神具をいくつか持っています。
まさか、それを送ってはこないでしょうね?
あれらは金品にするのが不可能というか、誰も買い取れませんよ。
それに、一般に流していい物でもありませんし……あ、村長ならいける。
うん、村長に渡して私はお金を貰う。
そのお金を支払いにあてる。
これでいけそうですか?
よし。
そういったのが届いたら、そうしましょう。
まあ、売却しやすい宝石とかが届くのが理想なんですけどね。
最悪の事態を考えておけば、なんとでもなるものです。
……
猿の神の使いを疑うわけではありませんが、ちゃんと支払いますよね?
不払いは、戦争ですよ。
本気の戦力を揃えて、攻め込みますからね。
猿の神よ。
神託での謝罪は不要です。
なので、猿の神の使いにしっかりと言い聞かせてください。
よろしくお願いします。
あと……猿が魔族の女性と子供を助けようとしたことは立派です。
方法が悪かったですが。
できれば、周囲と揉めないような方法を教育することは……
私に仕事を振らないでください。
私は蛇の神の使いです。
はい、私は戻らねばなりませんので。
頑張ってください。
……
辛い。
疲れた。
しんどい。
あー、早く五村に戻ってお酒が飲みたい。
ヨウコ「そういった面倒が嫌だから、使いを辞めたのだ」
ニーズ「私もそうしよっかなー。……冗談ですから、【蛇の神の加護】をこれ以上、重ねないでください!」