猿たちの事情
冷静に。
うん、冷静に。
冷静に猿を潰さねばならない。
一頭残らず、この森から消え去るように。
ゴブリン族、深夜に起こしてすまない。
緊急事態だ。
可能な限り武器を持ち、集結してほしい。
ああ、猿どもを駆逐する。
甘い顔をするのは終わりだ。
君たちの掟は尊重したいが、向こうは一線を越えた。
掟だなんだと言っている場合じゃない。
協力してもらいたい。
代表さん、すまないが灯りを準備してほしい。
キリサーナ、指揮を任せる。
やれるな?
僕は先行する。
よろしい。
僕は森に入った。
夜目にはそれなりに自信がある。
問題ない。
猿の一団が移動した痕跡も発見できた。
エンデリが抵抗したのか、痕跡が乱れている箇所がある。
これなら、すぐに追いつく。
ゴブリン族に指示などせず、すぐに追いかけるべきだったか。
いや、なにが待ち構えているかわからない。
手数は必要だ。
ああ、しまった。
村を出る前にビーゼルのおじさん用に手紙を書くべきだった。
冷静じゃないな。
相手が罠を仕掛けていたら、引っかかるかもしれない。
……
なに、全て踏み潰してやる。
猿はかなり森の奥に移動していた。
すぐに追いつくと思ったが、甘かったか?
まあ、もう追いついた。
猿の群れ発見。
大きな木の根本に集まっている。
エンデリの姿は見えない。
どこだ?
根本の陰か?
それにしても猿の数が多い。
三十頭以上いる。
五十、いや六十頭ぐらいか。
別の群れと合流でもしたのか?
それとも、僕やゴブリン族たちに見せたのが三十頭だけってことか?
かなり賢い。
感心する。
だが、死んでもらう。
狙うは猿のボス。
ボス猿を倒せば、群れは統率を失うだろう。
あとは個々に潰すだけだ。
ボス猿はわかりやすく目立つ位置にいる。
風格からして、間違いないだろう。
僕は近くの木に登り、猿たちがいる大きな木に移動。
ああ、木の上にもちゃんと見張りを置いているのはたいしたものだ。
鳴かれた。
猿たちが一斉に僕のほうを見るが、関係ない。
僕は剣を抜き、一気にボスを目指して落下した。
その勢いのまま、ボス猿を叩き切る。
僕の剣が止められた。
槍の穂先が、剣を受け止めている。
文字通り、横槍だと笑えない。
僕は槍を剣で払い、ボス猿を狙うが槍を持つ者がそれを許さない。
時間を稼がれた。
ボス猿とのあいだに、盾を持った猿たちが入っている。
奇襲は失敗だ。
撤退するか。
いや、場を荒らして混乱させる。
「待って待って待って!
戦う必要はないから!」
槍を持つ者が、僕に停戦を申し込んでくる。
なにをいまさら。
……
あれ?
槍を持っていたのは、ニーズさんだった。
「お久しぶりです、ゴールさん」
ニーズさんが僕に頭を下げる。
ニーズさんは、五村にある酒と肉の店、酒肉ニーズの店長さん。
五村で野球をやったあとの打ち上げで何度も会っている。
「店長ではなく、店長代理です。
猿たちがお騒がせして申し訳ありません。
エンデリさんは、あちらです」
ニーズさんの示す木の根本をみると、エンデリがいた。
無事なようだ。
ん?
え?
なにそれ?
エンデリは、生後……三ヶ月? ぐらいの赤ちゃんを抱いていた。
ニーズさんから事情を聞いた。
なんでも、猿たちは一年ぐらい前に、森に入ってきた魔族の女性を仲間にしたそうだ。
まあ、仲間と言っても共生関係な感じで、魔族の女性と猿が互いに不得意な分野を補いながら生活をしていくだけで、過度に干渉はしなかった。
しかし、魔族の女性が数か月前に倒れた。
森に来る前に妊娠していたらしく、出産だった。
無事に子供は産まれたものの、魔族の女性の体調が戻らず、伏せってしまった。
困ったのは猿たち。
なんとか魔族の女性と産まれた子供を助けようと、できる範囲で頑張った。
とりあえず、産まれた子供はなんとかなる。
猿の母乳で生き延びることができる。
なので、魔族の女性の体調を戻すのが大事。
そのため、森の外の食料を求めた。
魔族の女性が体調を崩したのは、森での生活が合わなかったと考えたからだ。
猿たちが考えるなかで、森と森の外の生活で一番違うのは食事。
畑でできる食べ物を食べれば、魔族の女性の体調が戻ると思ったそうだ。
それがゴブリン族の村の畑に手を出した理由。
対価として、ゴブリン族の村の周囲の山菜とか、果物には手を出していないそうだが…………伝わらないよね。
そうして魔族の女性の世話をしていたが、それでも体調は戻らず、悪化。
さらに、産まれた子供も体調を悪くした。
困った猿たちは、猿の使徒に助けを求めた。
助けを求められた猿の使徒だが、正直な話、専門外。
なにをどうすればいいかわからないので、猿の神に助けを求めた。
その猿の神から、蛇の神のところに話が行き、蛇の神から蛇の使徒であるニーズさんのところに話が届けられた。
それがニーズさんがここにいる理由。
え?
ニーズさんって、蛇の使徒なんですか?
「何度か五村で祭事やったし、お店の中にも蛇神さまを祭っているのを見てるよね?」
見てるけど、蛇好きなんだなぁという程度で。
「くっ。
もっと広報活動に力を入れなければいけませんね」
それで、どうしてエンデリを連れ去ったのですか?
僕としては、もっとも聞いておかなければいけない点。
「言ったでしょ?
子供の体調が悪くなったって」
エンデリは治癒魔法の使い手ではありませんよ?
「母親役を求めたのです」
母親役……
子供を抱いているエンデリをみる。
子供の機嫌はよさそうだ。
……あれ?
体調が悪くなったのでは?
「それに関しては私が来たからね。
村長にお願いして、葉を何枚か持ってきたの」
ニーズさんはそう言いながら、手に世界樹の葉を持って見せてくれる。
「母親も無事よ。
ただ、体調不良が続いたから、寝てもらっているわ」
そうですか。
「ゴブリン族の村に迷惑をかけたのと、エンデリさんを無理やりに連れて来たのは謝るから、今回の件はここで収めてくれないかな?」
まあ、こちらとしては、ゴブリン族の村の畑に手を出されなければ問題ないわけだけど、その話はゴブリン族の代表さんとしてもらえるかな。
エンデリの件はともかく、畑の件は僕が勝手に決めていいことじゃない。
「たしかに、そうですね。
では、夜が明けたら私が話に向かいます」
そうお願いします。
ああ、こっちに向かっているキリサーナとゴブリン族たちを止めないと。
はぁ。
昼。
ゴブリン族の村で、ニーズさんとゴブリン族の代表さんの話し合いが行われた。
魔族の女性もニーズさんに同行し、元気に子供を抱いている。
魔族の女性は、一年前の反乱に巻き込まれた貴族の奥さん。
反乱側に領地が落とされる直前、逃がされたそうだ。
ただ、森に逃げ込んだため、反乱や領地がどうなったかの情報が伝わらないまま、森での生活を続け、出産となってしまったようだ。
一人で森に?
従者は何人かいたけど、途中ではぐれてしまったと。
ふーむ、逃げたか。
そのあと、猿と協力しながら生活を続けられたのは、凄い。
「お猿さんたちが食料を持ってきて、私が料理する関係で……」
なるほど。
僕とエンデリ、キリサーナで、知っている限りの南方大陸の現状を伝え、今後どうするかは任せた。
夫が無事かどうかは、調べないとわからない。
そのあたりは、ビーゼルのおじさんが来てからだ。
ニーズさんとゴブリン族の代表さんの話し合いは終わった。
今後、猿たちは畑の収穫を手伝うことで、畑の作物を得ることができるらしい。
今回の騒動の罰を、ゴブリン族は求めなかった。
「赤ちゃんがいるなら、仕方がありません」
君たち、お人よし過ぎるぞ。
あと、ギマ男爵にも謝っておかないと……
こっちも、ビーゼルのおじさんが来てからだな。
よし、丸投げしよう。
しかし、ニーズさんの槍の扱いは凄かった。
今度、指南してもらおうかな。
「私より、ピリカさんに習うほうが上達しますよ」
あれ?
ピリカさん、槍を使うの?
「槍使いに対処するには、実際に槍を扱うのが一番だそうで」
それで、槍も上達するのだからピリカさんも凄い。
そういえば、去年の武闘会でピリカさんは魔王のおじさんといい勝負をしたと聞いている。
うーむ。
僕も頑張らねば。
僕がそう決意していると、キリサーナがやってきた。
僕ではなく、ニーズさんに聞きたいことがあるみたいだ。
「私ではなく、エンデリが連れ去られたのには理由があるのですか?」
「え?
えーっと…………ありませんよ。
たぶん、適当に選んだだけではないかと」
ニーズさんはそう答え、笑っていた。
しかし、僕は見た。
答える前に、キリサーナの胸元をみたことを。
エンデリとキリサーナの両者はズボン姿だが、胸はしっかりと強調されている。
そして、胸のサイズはエンデリのほうが母親らしい…………ごほんごほん。
思考を止めよう。
うん、偶然。
適当に選んだだけだ。
きっと。
ゴールは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の猿を除かねばならぬと決意した。
……
「赤ちゃんはずるい!」
●登場人物。
ニーズ 蛇の使徒。五村で働いている。