考えるゴール
僕の名はゴール。
無理難題を出されても、笑顔で応える男。
に、なりたいと思っている今日この頃。
現実は、なかなか厳しいようだ。
苦笑いで応えてしまった。
慌ててはいけない。
冷静に思考を進める。
……
猿はいつからこのあたりに?
「数年前から森で見かけてはいました。
ただ、畑に手を出されたのは今年になってからです」
なるほど。
今年の収穫が駄目になったと言っていたけど、村は大丈夫なのか?
「狩りと森での採取でなんとか食べていけるぐらいには」
狩りと森での採取……
その狩りと森での採取で、猿の生活が圧迫された可能性は?
「それはないと思います。
村の近くでも、それなりに採取できる場所は残っていますし、ワシらが狩りで狙う獲物は猿にとっては敵でしょうから……」
逆に、猿の生活に余裕ができた可能性のほうが高い。
生活に余裕が出て、子供をたくさん産んだから食料が足りなくなって畑に手を出した?
いや、それだと村の近くで採取できる場所が残っているのが変だ。
畑に手を出される前に、こちら側から猿に対してなにかやったとか?
「畑や村に近づけば威嚇ぐらいはしていましたが、こちらから手を出すようなことはしていません」
だよね。
うーん。
とにかく、猿の様子を見てみようか。
かなり賢いみたいだし、こちらが敵意を見せなかったら、攻撃してこないだろう。
僕はそう判断し、エンデリとキリサーナを村に残して森に入った。
猿による密集陣形で出迎えられた。
……
撤退。
猿が武装してた!
「領主さまの兵たちから奪ったものかと」
だろうね!
そして、そういった情報は先にくれないかな!
「す、すみません」
次からちゃんとしてね!
……ふう。
冷静に。
えーっと。
猿たちの鎧はサイズが合っておらず、盾と槍は数が足りなかったけど、しっかりとした密集陣形だった。
ギマ男爵の兵たちから学んだのだろうか?
猿真似にしても、凄い。
そして、交渉の余地がなさそうにみえたというか、ない。
僕が森に入っただけであの出迎えだからね。
猿相手に交渉ってなんだと思われるかもしれないけど、村長はどんな動物が相手でも丁寧に接して従えている。
知能が高い猿なら、交渉できるかもと思ったのだけど……うーむ。
「ゴールさま、そろそろ日が沈みます。
宿泊の準備をしませんと」
「村で寝る場所を用意してくださるそうです」
エンデリとキリサーナの提案に、僕は頷く。
村での情報収集をするとしよう。
代表さんが嘘を言っているとは思わないけど、視点を変えると意見が変わるかもしれない。
ああ、その前に。
「代表さん、村の中に猿が入ることは?」
「何度か入ろうとしてきましたが、まだ入られたことはありません」
それはよかった。
寝るのを邪魔されることはなさそうだ。
夜。
「ゴールさま、どうでした?」
「なにか新しい情報はありましたか?」
僕たちのために用意された小屋の中で、エンデリとキリサーナが聞いてくる。
「新しい情報はなかったよ。
やっぱり明日も森に入って猿たちの観察かな」
「観察ですか?」
「うん。
躾けと言われているけど、まずは猿の生態を知らないと」
「たしかにそうですね」
畑に手を出した理由も調べないと、今回の猿の群れをなんとかしても、ほかの猿の群れがやってきて畑に手を出すかもしれない。
「なんにせよ、簡単には終わりそうにないですね」
「となると、注意しないといけないのは私たちの食料ですね」
援助を求めてきた村に、食料を出してとは言いにくいので持参しているが、三人で五日分ほどしかない。
まあ、ビーゼルのおじさんが三日後に様子を見にくることになっているから、大丈夫だろうけど……
ビーゼルのおじさんが遅れることも考えておかないといけない。
僕は猿の観察に専念して、エンデリとキリサーナには森での採取を頼もうかな。
二人は僕と一緒に行動するにあたって、いつものお嬢様な恰好ではなく、ズボン姿の冒険者だ。
二人とも、髪型はいつもの金髪クルクルだけど。
「とりあえずゴールさま。
数日はお任せしますが、あまりに進捗がない場合はさらに援軍を頼むことも視野に入れてくださいね」
僕はエンデリの言葉に頷く。
自分だけでなんとかできるのがベストだけど、無理はしない。
わかっている。
ただ、誰に援軍を求めるかが問題だ。
猿が相手だからなぁ。
真っ先に思いつくのは村長。
だけど、いまは秋の収穫と武闘会で忙しいはず。
お願いできない。
シールとブロンは、村長からまわってきた密偵情報の裏取りと交渉で忙しい。
こっちに来られるなら、一緒に来ているだろうしね。
アルフレートさま、ティゼルさまは……適任ではないように思える。
ウルザなら、なんとかしそうだけど、王都でアルフレートさま、ティゼルさまを見張ってもらわないと。
そうなると、魔王のおじさん?
魔王のおじさんが来られるなら、僕がここに派遣されたりはしないだろう。
村からクロの子供を一頭、借りられれば……駄目だな。
余計に騒動を酷くしそうだ。
ライメイレンさんの巣が近くにあることから、ライメイレンさんに頼むことも考えられるけど、これも駄目だ。
あの人、なんだかんだ言ってもハクレン先生のお母さん。
面倒なことは踏みつぶす性格。
なので、猿だけでなくゴブリンの村ごと滅ぼす可能性がある。
ヒイチロウさまに頼んでもらえれば大丈夫だろうけど、ヒイチロウさまを利用したことに対してライメイレンさんは怒る。
悪手中の悪手。
ハクレン先生に頼んでもらうのもありだろうけど、ハクレン先生は生まれた子供の世話で忙しいだろうからなぁ。
面倒をかけたくはない。
ハクレン先生に来てもらうのも、もちろん駄目。
となると……あとは誰がいる?
ラスティさんも子供を生んだばかり。
ドライムさんも、その子供に夢中と報告を受けている。
駄目だ。
ヨウコさんは五村から動けないだろうし……大樹の村関係ではなく、王都かシャシャートの街で考えるべきかな?
「あの、ゴールさま?」
キリサーナが、心配そうな顔でこっちを見ていた。
ああ、すまない、援軍を誰に頼むか考えていた。
「そうでしたか。
急に黙るので、心配しました」
「すまない」
「いえ。
援軍なら、南方大陸の貴族に頼めばなんとかなるのではないですか?
それなりの権限を持たされているわけですから」
ここに転移する前に、たしかにそれなりの権限を持たされた。
しかし、使いどころを間違えないようにとも言われている。
とくに、南方大陸では大物のギリッジ侯爵とは揉めた過去があるしな。
「逆に、ここで頼ることで、ギリッジ侯爵とのあいだの蟠りを一掃できるかもしれませんよ」
エンデリがそう言いながら、食事の用意をしてくれた。
ありがとう。
食事をして、明日に備えるか。
「はい」
深夜。
村の中に猿が侵入したことはないと言っていたけど、一応の用心で二交代制で見張りをすることにした。
と言っても、外を見張るわけではなく、室内で起きているだけだけど。
まずは僕が寝て、エンデリとキリサーナに起きててもらう。
別に僕に気を使って、黙っていてとは言わない。
ただ夜も遅いので、小声で。
こういった見張りのためだけでも、冒険者を雇えばよかったかなと反省しつつ、僕は寝た。
そして起こされた。
キリサーナの声で。
「エンデリが猿たちに連れ去られました!」
……
は?