困っている村
ゴール 大樹の村で暮らしていた獣人族の男の子の一人。
現在、魔王国の王都で教師として活動中。
エンデリ プギャル伯爵家の七女。
ゴールの妻の一人。
キリサーナ グリッチ伯爵家の五女。
ゴールの妻の一人。
僕の名はゴール。
獣人族の男だ。
職業は魔王国の貴族学園の教師となっているのだけど、ほとんど学園に滞在していない。
これでいいのだろうか?
駄目じゃないかな?
いや、そんなことはない。
うん、そんなことはない。
僕が学園にいないのは、魔王国からの依頼が入ったから。
地方で困っている村があり、その解決を頼みたいとの内容。
どうしてそんな話が僕にと思ったけど、少し前にあった地方の反乱鎮圧のときに知り合った地方官僚が、僕ならなんとかすると強く要望したらしい。
僕のどこを見てそう思ったのかは知らないけど、困っている人がいるならなんとかしたい。
僕はその依頼を引き受けた。
一応、結婚したばかりの奥さんに相談してから。
なにごとも相談が大事。
勝手に決めると、揉める。
奥さんのお父さんたちから、妙に力強くアドバイスされたのが印象的だった。
まあ、そんなアドバイスがなくても相談するけど。
そして、いま僕は二人の奥さんと一緒に、魔王国の地方に来ている。
……
浮気を疑われたのだろうか?
いや、奥さんが九人のことがあるから、心配されたのかもしれない。
注意しよう。
地方で困っている村とは、百八十人ほどのゴブリン族が暮らすそれなりに大きい村だった。
ゴブリン族は魔王国の主要構成種族の一つなのだが、独自の文化が強く、他種族と交流すると揉めやすいので村や里単位で独立して生活していることが多い。
そんな感じなので、本来ならゴブリン族の村でトラブルがあってもゴブリン族だけで解決するのだが、どうにも手に負えなくて魔王国に援助を求めたらしい。
「一度、このあたりの領主は、自身でなんとかしようとしたのですよね?」
僕の奥さんの一人、エンデリが村の様子を見ながらそう僕に聞いてくるが、答えたのはもう一人の奥さんであるキリサーナ。
「このあたりの領主……ギマ男爵の手には負えなかったようですよ」
奥さん二人はもともと知り合いらしく、仲も悪くない。
二人の親は政敵の関係だが、本人たちは気にしていないのでなにも問題はない。
「村の防備は十分そうに思えますから、内政関係の問題でしょうか?」
「それでしたらギマ男爵がなんとかしたでしょう。
わざわざ王都にまで援助の話が来るぐらいですから、外敵問題だと思いますが……」
「ギマ男爵から話を聞きたかったですね」
その通りだけど、ビーゼルのおじさんが僕たちをいきなり現地に放り込んだから仕方がない。
ゴブリン族の村が困っているぐらいの情報しかない。
しかし、エンデリとキリサーナの指摘通り、村の防備は揃っている。
大きな破損もなさそうだ。
ゴブリン族の人数を考えても、村に問題はないように思えるのだけど……
「と、遠いところからお越しいただき、ありがとうございます。
お待ちしておりました」
僕と奥さん二人は、村の代表を名乗るゴブリン族から挨拶を受けた。
……
この代表さん、僕より大きいけど覇気がない。
いや、かなり疲労している様子。
代表さんの後ろに控えるゴブリン族たちも同じように疲労している様子から、なにか問題があるのは間違いないようだ。
さて、どんな問題なのか……
僕たちは代表さんに連れられ、村の周囲にある畑のところに移動した。
「綺麗に収穫されているでしょ?」
うん、たしかに。
村を訪れる前にも見たけど、感心するぐらい綺麗に収穫されている。
「これ、ワシらが収穫したんじゃないんです」
え?
「あいつらが収穫したんです」
代表さんは、近くの森を指差した。
そこには、いくつかの目。
あれは……
猿?
「そうです、猿です。
あいつらが、勝手に収穫して持っていってしまったんです」
…………え?
猿がこの見事な収穫をしたの?
「はい。
今年の収穫は全滅です。
領主さまにもお願いし、軍を出してもらったのですが、猿相手ではどうにもならず……」
「ギマ男爵、軍を出したんだ」
「そして、負けたんだ……」
エンデリとキリサーナが驚いているが、ちょっと待ってほしい。
さすがに軍を出して、猿を退治できないのはおかしい。
猿以外になにかいるんじゃないのか?
「いえ、猿だけです。
三十頭ほどの群れです」
ギマ男爵は何人の兵を出したんだ?
「二十人ほどの兵を送ってくれましたが、森に陣取る猿を追い払うことができないまま負傷者を増やしてしまい……」
撤退したと。
相手が三十頭だとしても、二十人の兵で負けるのか?
追い払うぐらいはできると思うのだけど……
「実はその……ワシらが注文したことがありまして……」
注文?
「はい。
ワシらには、殺したなら食べるという掟があるんです。
食わないなら殺さない。
それでその、猿を殺したなら食べてもらいたいと……」
…………
猿を食べる?
僕は少し考え、エンデリとキリサーナを見た。
両者とも首を横に振っていた。
たしかに猿は食べたくないかな。
ギマ男爵の兵たちも同じことを考え、殺さないようにしたので負けたのか。
「あと、追い払うのはちょっと……」
追い払っちゃ駄目なのか?
「追い払えばワシらの村は助かりますが、ほかの村に迷惑をかけることになりますので」
むう、たしかに。
「最後に、このあたりで魔法の使用はちょっと……」
魔法を使っちゃ駄目なのか?
「森の奥にある山、見えますか?」
え?
ああ、たしかに山があるな。
「あそこには狂暴な竜が住んでいまして、万が一、魔法が敵対行為と思われたら……」
あー……
納得。
あそこの山は、南方大陸の中央に広がる天秤山牢の一角。
ライメイレンさんの巣になる。
しかし、それだとあの猿たちをどうすればいいんだ?
「村の作物に手を出さないように躾けてもらえれば」
………………
思ったより、難題だった。
人生、予定通りに進むことなんてないと知りました。




