ラーメンは揺(ゆ)るがない
キネスタ 元エルフ帝国の皇女。現クロトユキの店長代理。
ユーリ 魔王の娘。
クラウデンの要求には、俺ではどうしようもない。
ラーメン屋に頼むしかないのだ。
五村の村長としての強権を発動すれば、ラーメン屋に受け入れさせることができるかもしれないが、俺としてはそういったことはしたくない。
なので、俺はビーゼル、フラウとともに件のラーメン屋に向かうことにした。
クラウデンが泣くから。
「俺はこんなわけのわからない要求をする男じゃないんだ。
本当だ。
ただ、あのラーメンのことを考えるとおかしくなる。
俺はいったいどうしてしまったんだ……」
とりあえず、ラーメン屋にクラウデンの希望を伝えるだけ伝えてみようと思った。
ラーメン屋に到着。
入店待ちの行列ができており、繁盛しているのがわかる。
いきなり本題に入るより、客として入ったあとに話をしてみてはとフラウからアドバイスをもらい、それを実行する。
三人で列に並び、少ししてから入店。
店員の誘導に従い、カウンターに並んで着席。
メニューの並サイズの横に、〝量が多いです”と注意書きがあるのは指導の結果だろう。
また、字が読めない人のために店員が指摘してくれる。
「うちの並サイズは、そこらの並サイズじゃない。
腹の大きさに自信がないなら、小サイズにしておきな」
……
少し挑発気味なのは、このラーメン屋の個性だろうか。
まあ、そのような挑発に乗る俺ではない。
ビーゼル、フラウもきっと同じだろう。
互いに視線を合わせ、頷いてから注文した。
「「「並サイズで」」」
挑発に乗ったわけではない。
ただ、お腹が空いていただけだ。
味は悪くなかったが、好みが分かれるところだろう。
ただ、量。
やはり量が問題だ。
ビーゼル、フラウ、大丈夫か?
俺は駄目だ。
どこか座って落ち着ける場所を探そう。
ビーゼルとフラウは反対しなかった。
甘味とお茶の店であるクロトユキで、席に座って休憩する。
店長代理のキネスタが、俺たちを変な目でみるがなにも言えない。
三人とも、頼んだお茶に手をつけてないからな。
すまない。
少しだけ休憩させてくれ。
あー、お腹が苦しい。
【健康な肉体】はなにをやっているんだ?
いや、わかっている。
怪我や病気に関してはブロックしてくれるが、今回のような満腹に関してはブロックしてくれない。
食べ過ぎた俺が悪いんだ。
八つ当たりをしてしまった。
反省。
戻ったら神様の像へのお供えをして、許してもらおう。
ビーゼル、無理するな。
下手に動くと逆流するぞ。
わかった横になれ。
許す。
俺が許すから横になれ。
フラウ、下を向くな。
上だ。
上を見るんだ!
そしてなにも考えない。
それが一番だ。
俺もなにも考えたくない。
一時間ほど休憩したら、三人とも落ち着いた。
冷めたお茶はいまいちだったが、これは俺たちが悪いから仕方がない。
そしてクラウデンに関してだが、希望するラーメン屋に就職させることは駄目だった。
一応、食べ終わったあとに店長に聞いている。
従業員の募集はしているのかと。
残念ながら、少し前に新しく数人、雇ったので募集の予定はないそうだ。
たしかに、現状でも人手は十分足りているというか、過剰な感じだったしな。
うーむ。
どうしたものか。
困っていると、フラウが手をあげたので発言をお願いした。
「こちらの望みは、クラウデンを帰国させることです。
ラーメン屋に就職されては、さらに困難になるので就職を断られたのはよかったのではありませんか?」
それに対し、ビーゼル。
「それでは牢から出ず、動かない。
あれでも、それなりの武人だ。
無理に牢から出そうとして抵抗されると、被害がでる」
「ザブトン殿の子たちに任せればよいのでは?」
「それは友好的にやっていこうとする国の王族に対する扱いか?
逆に戦争を誘発する」
「むう……力では駄目ということですか」
ビーゼルもフラウも酷いな。
ザブトンの子たちなら、優しく縛るぞ。
たぶん。
「村長。
縛るのが駄目なのです。
クラウデンには自主的に行動してもらわなければ」
「ですが、お父さま。
それはラーメン屋に就職されても同じでは?
素直に帰国するとは思えませんが?」
「こちらは就職という要求を飲んだという形で、向こうにも一つ要求する。
それが帰国だ。
一度、戻ってくれさえすれば、かの国からの依頼を果たしたことになる。
クラウデンがそのあと、どこに行くかは自由だ」
「なるほど。
となると、就職できると嘘を吐くのは駄目ですね」
「騙すのは悪手だな」
「面倒ですね」
二人は、同じようにため息を吐いた。
親子だなぁ。
キネスタに代金を払い、店を出る。
とりあえず、三人で考えてもなにも浮かばないので援軍を求めるという結論になった。
なのでヨウコ屋敷に行き、誰かいないかと探して捕まえたのがナナ。
クラウデンのことを知っているし、ちょうどよかった。
さっそくナナに相談。
「クラウデン氏の目的は就職ではなく、あのラーメンの近くにいたいということですから、就職にこだわらなくてもいいのではないでしょうか?」
……
なるほど。
で、就職にこだわらないとすると、どうすればいいんだ?
「村長ならあのラーメンを再現できますよね?
ラーメンの作り方をクラウデン氏に教えると言えば、牢から出ると思いますよ」
そんな馬鹿な。
クラウデンが牢から出た。
最初、就職を断られた件でがっかりされ、俺がラーメン作りを教えると言っても聞いてもらえなかった。
しかし、同行してくれたナナが、俺が屋台を引いてラーメンを売っている話をしたら、クラウデンの態度が変わった。
「師匠と呼ばせていただきます」
いや、そんな立派な者ではないのだが……
まあ、牢から出てくれたのは助かる。
ビーゼルも一安心のようだ。
さっそくクラウデンを帰国させる準備を始めた。
クラウデンも、ラーメン作りをある程度マスターすれば帰国すると約束してくれたので、俺も頑張りたい。
修業は、五村の麓の一角にテントを張って行う。
ビーゼルとフラウの二人は村に戻った。
ラーメン作りになると、あまり力になれないからと。
ナナはテント設営に協力してくれたが、設営が終わると仕事に戻った。
すまない、助かった。
ところでピリカはなぜいるんだ?
俺の護衛?
ああ、クラウデンが俺を害する可能性に対してか。
あの目をみれば、大丈夫そうだが……
護衛は受け入れよう。
ビーゼルの転移魔法で五村に移動したから、ガルフとダガは同行させていなかった。
あとで怒られるなぁ。
反省。
二日で、クラウデンは挫折した。
俺も挫折した。
クラウデンにラーメン作りを教えるのは無理。
クラウデンに料理経験がなく、さらに不器用だった。
「ううっ……使用人任せの生活が、こんなところで足を引っ張るとは……」
ちなみに、彼の母親は平民ではなく、公爵家の令嬢。
なので、隠し子であってもそれなりの待遇の生活を送っていた。
……
よくそれで魔王国で密偵活動をしていたな?
単独なんだよな?
食事はどうしていたんだ?
「お金で解決です」
なるほど。
しかし困った。
どうしよう?
ここまで料理の腕が壊滅的な人物は初めてだ。
いや、訂正。
壊滅的な人物はいた。
文官娘衆たち。
彼女たちは、食材をそのまま皿に乗せるという荒業をやっていた。
現在は改善されている。
鬼人族メイドたちによる指導の成果だな。
そうか、鬼人族メイドに協力を求めるべきだろうか?
そう俺が悩んでいると、助けがやってきた。
ユーリの友人の一人で、五村で音楽活動をやっている女性。
そして、ラーメン愛好家。
通称、ラーメン女王。
「ラーメンで困っていると聞きました。
お手伝いしますよ」