五村で働く村娘 ナナ=フォーグマ
ナナ 五村で働くマーキュリー種。五村の密偵。
ロク 五村で働くマーキュリー種。五村の文官。
俺は信じない。
絶対に嘘だ。
騙されるものか。
ちくしょう。
馬鹿にしやがって。
なにが安全なものしか使っていませんだ。
そんなはずはないんだ。
絶対にあれはおかしい。
なにか入っている。
怪しい物質が使われているに違いないんだ。
証拠?
それは俺が体験したからだ。
忘れもしない、あれは十日前。
俺は腹を満たそうと、適当に店を選んで入った。
場所はラーメン通り。
どの店を選んでも、それなりに美味しいラーメンが出てくるから俺は心配はしていなかった。
そんな俺の目の前に出てきたのは、馬鹿みたいな山盛りラーメン。
ミノタウロス族用のラーメンかな?
違う?
じゃあ、店員がサイズを間違えたとか?
それも違う?
俺は普通のサイズを頼んだはずだけど?
これが普通サイズなんだ、そうかー。
頼んだのだから、食べるしかなかった。
味は悪くない。
詳しくは知らないが、豚骨醤油ラーメンだろう。
正直、好みだ。
濃厚だが、大量の野菜がそれを中和してくれる。
うん、その大量の野菜がきつい。
ええい、だらだらと食べていたらスープに浸されている麺が伸びる。
どうすれば……
俺は左右の客をチェックする。
右の客は……なるほど、麺を具の上に逃すのか。
左の客は……店員に小皿をもらって、そっちに麺を逃がしている。
それもありだな。
だが、店員は気にしないだろうが、汚す食器は少ないほうがいいだろう。
俺は麺を具の上に逃すように作業を始めた。
そして、永遠と思われる食事を終え、腹はこれでもかと満ちた。
値段も安い。
満足。
だが、しばらくは食べたくない。
そう思ったんだ。
なのに、俺は翌日も同じ店に来ていた。
わかるだろう!
おかしいのが!
絶対になにか入っているって!
間違いない!
じゃなかったら、俺は毎日通わないから!
あの山盛りラーメンを、スープまで飲んだりしないから!
俺はそんな男じゃないから!
こんにちは。
私の名はナナ。
ナナ=フォーグマ。
太陽城の管理のために生み出されたマーキュリー種です。
いま、ピリカさまが捕まえた不審者を引き渡されました。
なんでも閉店しているお店に侵入しようとしていたとか。
時間も真夜中ですし、私も不審者で間違いないと思います。
ピリカさまが捕まえたときの会話から、この不審者はラーメンの味の秘密を知りたかったようです。
増えましたねー。
この手の不審者。
はい、いつも通り、数日は牢屋です。
そのあと、一定期間の労働で解放します。
え?
この不審者、かなり強かったから警備隊に回してほしい?
これまでの不審者の中で、一番強かったと。
へー。
わかりました。
私からヨウコさまに伝えておきます。
ピリカさまからの要望ですから、たぶん通るでしょう。
この不審者が、牢屋で暴れたりしなければ。
ん?
……
私は夜空を見ました。
ピリカさまはすでに駆けだしています。
つまり、間違いではないようです。
新たな不審者です。
新たな不審者は三人組のようです。
小さな山を覆うように構成されている五村の、頂上から麓に向かっています。
頂上に大事な施設があることから、三人組は帰っている途中と予想。
まさか、ヨウコさまの屋敷に入られた?
私は頭の中の疑念を、否定します。
ありえないからです。
なぜなら、あそこはザブトンさんの子たちが守っていますから。
あれは私でも突破できません。
いえ、入ることはできるでしょう。
出ることができないのです。
ザブトンさんの子たちを相手に、屋敷の中などの壁や天井のある空間から抜け出すのは奇跡に近いですからね。
となると、ゴロウン商会にでも忍び込んだのでしょうか。
私は三人組の目的を推測しながら、追いました。
私が三人組に追いついたのは五村から少し離れた森の中。
三人組はピリカさまと対峙していました。
いえ、いま三人組のうちの二人がピリカさまによって倒されました。
さすがピリカさま。
残るは一人ですが……
魔法を使う戦士でしょうか。
剣を振り、雷を飛ばしてきました。
ピリカさまは慌てず、その雷を斬り……大きく避けました。
ん?
雷を斬りながら近づくと思ったのですが、どうしたのでしょう?
ピリカさまのその動きを見て、魔法を使う戦士は雷を連続して飛ばしてきました。
ピリカさまは先ほどと同じように雷を斬り、大きく避けます。
避けているのは、雷ではありませんね。
雷の横を避けているようです。
なにかあるのでしょうか?
「なにもないわよ」
私の疑問に、ピリカさまが答えてくれました。
隠れていたのに、バレましたか。
「さぼってないで、相手の背後に回ってください」
ご安心を。
そこには、すでにいます。
ザブトンさんの子が。
糸を張り、不審者の退路を断っています。
なので、あとはピリカさまが頑張るだけです。
「気楽に言ってくれますね」
ピリカさまが構えました。
本気ですね。
魔法を使う戦士は……ピリカさまとやりあうようです。
長い詠唱に入りました。
見事な覚悟です。
まあ、ピリカさまには勝てないでしょうけど。
ピリカさまは、動かずに魔法の発動を待っています。
楽しんでいますね。
相手の詠唱が終わる前に近づいて斬ることもできるでしょうに。
詠唱が終わったようです。
ピリカさまの周囲に雷の球が無数に生まれました。
その雷の球が、ピリカさまに襲いかかって……
雷の球が、不自然にピリカさまを避けました。
そして、ピリカさまの無数の斬撃。
なにを斬っているのでしょうか?
「さっきも言ったけど、なにもないわよ」
なにもない?
……
真空ですか。
なるほど。
ピリカさまはそれを避けたり斬ったりしていたと。
化物ですね。
魔法を使う戦士もそれを理解したようで、両手をあげて降伏しています。
あ、ザブトンさんの子が糸で縛りました。
倒れている二人もです。
お手数をおかけします。
すぐに警備隊がくるでしょうから、それまで確保をお願いします。
しかし、真空ですか。
見えやすい雷は囮……いえ、真空を作った余波で雷ができたのでしょう。
真空と雷の位置が一定でしたからね。
雷がなければ、さすがのピリカさまでも対処は難しいのではないでしょうか。
ところで、最後、不自然に雷の球が動きましたが?
「これ」
ピリカさまは、数本の釘を見せてくれました。
「投擲用として持っていたのだけど、雷にも有効だって聞いていたから」
なるほど。
私も持つようにしましょう。
多分、初見だと私はやられていたかもしれません。
え?
この魔法を使う戦士より、さっきのラーメンの味を盗もうとした不審者のほうが強かった?
本当ですか?
はぁー。
世の中は広いなぁ。
警備隊がやってきました。
私は隠れます。
あ、ピリカさま。
三人組の不審者の目的とほかに仲間がいないかを聞き出してください。
そう頼もうとしたところに、別のザブトンさんの子が手紙を背負ってやってきました。
手紙は私宛です。
同僚のロクからですね。
えーっと。
なるほど。
三人組の不審者は十二人組で、九人がヨウコさまの屋敷に侵入。
この三人は侵入せずに、撤退時の援護要員ですか。
ヨウコさまの屋敷に侵入した九人はザブトンさんの子が確保。
事情調査も終わっていると。
了解です。
手紙を運んできてくれたザブトンさんの子に、お駄賃のクッキーを渡します。
おっと、慌てないでください。
さきほどまで三人組を糸で縛ってくれたザブトンさんの子にもクッキーを渡しますよ。
二匹とも、ご苦労さまでした。
またお願いしますね。
ご安心を。
ちゃんと村長にも活躍を伝えておきます。
ふふっ。
こんなにかわいらしいのに、怖がる人がいるのは信じられませんね。
私は消えるように去っていくザブトンさんの子たちを見送りながら、気合を入れます。
まだ夜は始まったばかり。
しっかり働かなければ。
ラーメンの味を盗もうとした不審者が、牢屋の中で暴れました。
「あのラーメンを! あのラーメンを食べさせてくれぇぇっ!」
……
配達してもらいますので、暴れないでください。
あ、代金はちゃんともらいますからね。
季節の変わり目なのか、雨が多いからか、気温の上下にやられて体調不良でした。
現在は回復しております。