ジョローの商隊 前編
すみません。
前後編です。
俺の名はジョロー。
旅の商人だ。
旅の商人と言っても、一人でやっているわけじゃない。
それなりの規模を誇る商隊を率いている。
大型の荷馬車が七台に、小型の荷馬車が十台。
部下は六十人を超えている。
つまり、俺はそれなりに腕のいい商人ということだ。
……
すまない、嘘を吐いた。
俺は実力に似つかわしくない規模の商隊を率いている。
俺の本当の実力じゃ、頑張っても小型の荷馬車一台。
部下だって親族関係で二人いればいいところだ。
重々承知している。
そんな俺が、こんな大きい商隊を率いているのには理由がある。
とある国からの依頼だ。
いや、あれは依頼ではなく脅迫だったな。
「魔王国を調べるための部隊を送り込みたい。
部隊の人数は六十人だ。
この数を怪しまれずに潜入させるには、どうすればいいと思う?」
夕方、宿を探して街中をウロウロしていた俺は、暗い部屋に連れ込まれてそう聞かれた。
正直、俺はどう答えたか覚えていない。
ただ殺されると思ったので、必死になにかを喋ったことだけは覚えている。
結果として、俺は五十年働いても稼げない前金を受け取り、商隊に扮した部隊を率いて魔王国に行くことになった。
正直、逃げ出したいが、前金の魅力に負けた。
この金があれば、小規模でも自前の商隊を持つことだってできる。
やるしかない。
目的地は王都。
ただ、道中にシャシャートの街を調べることも予定に組み込まれていた。
現在地からシャシャートの街に行くには海路が一番なのだが、人間の国から来る船はチェックが厳しい。
とくにシャシャートの街のチェックはかなりのものだと評判だ。
なので、大きく迂回して別の港町に行き、そこから陸路でシャシャートの街を目指すことにした。
別の港町でもチェックは厳しいのではないかと思ったけど、なんとかなるらしい。
危ないから、詳しくは聞かない。
道中は穏やかだった。
実績作りのために普通に商売をしているだけだからな。
俺が扱ったことのない量の売り買いができたのは、ちょっと楽しい。
「隊長、この街の者から聞いてきました。
隣村までは二日ですが、そこでは食料は買えない可能性があるそうです。
その食料が確実に買えそうな街までは五日かかるそうです」
わかった。
俺は緊急時を考え、十日分の食料と水を確保するように指示を出す。
俺の指示に、商隊に扮した者たちは文句を言わずに従ってくれる。
これは商隊としてボロを出さないためだが、それでも助かる。
接した感じ、商隊に扮した者たちはある程度の教育を受けた者たちだ。
多分、貴族の血が入っている者も何人かいるだろう。
俺が商隊の隊長だが、それは役割上の話。
力関係は商隊に扮した者たちのほうが上。
俺が下っ端。
なので俺の言うことを聞いてくれない可能性もあったのだけど……
よく鍛えられている。
いや、それぐらいでボロを出せない重要な任務ということかな?
ああ、駄目だ駄目だ。
俺は旅の商人。
商隊の隊長。
気にすべきは、商隊に扮している者たちの正体や任務じゃない。
売れる商品、買える商品、そして今日や明日の天気。
んー、明日は明け方に雨が降りそうだから、野宿の場所はよく考えないとな。
商隊の陸路の旅は、一年ほど続いた。
少しずつシャシャートの街に近づいていく。
当然、耳に入ってくるシャシャートの街の噂。
「近年になって、急に発展した街じゃないかな?
ああ、でも材木とかは売れないよ。
持っていくなら調味料とかにしたほうがいい」
「魔王国が重要視している街だからな。
警備の者が多いんだ。
だから治安はいい」
「あの街はゴロウン商会の力が強い。
だが、排他的じゃない。
礼節さえ守れば、取引してもらえるよ」
「すごく美味しい料理を出す店があって、そこに行ったらほかの街に旅立てなくなるらしいよ」
「野球なる玉遊びが流行っているそうじゃ。
なんでも国の偉い人も参加しているとか」
「量がなくても、変わった物ならゴロウン商会が買ってくれるらしい。
ただ、あまり吹っかけると、いろいろと怖いって聞くな」
「魔法で遠くの街や村に移動できる施設があるんだってよ。
ほんとうかな?」
「なんでも、あの街は幼いメイドが支配しているらしいぜ。
いや、本当に。
嘘じゃないって。
あの街にいる代官よりも幼いメイドのほうが立場が上なんだって」
などなど。
まあ、間違った話もあるだろうけど、記憶には残しておく。
なにがどう商売に繋がるかはわからないからな。
まあ、幼いメイドの話はさすがに間違いを越えて嘘の類だろうけど。
しかし……
「隊長、ここでも五村なる村の話を聞きますね。
なんでも、シャシャートの街並みに大きいとか」
商隊に扮している者たちの一人が、俺にそう話しかけてきた。
さすがに一年も一緒にいれば、雑談ぐらいはする。
「俺が聞いた話では、五村じゃなくて五街だったぞ?」
「五村が発展して、五街になったのでしょうか?」
「五村と五街が別々にあるんじゃないか?」
正直、存在を疑いたくなる話ばかりだ。
それこそ、ドラゴンが頻繁に飛んでくるだとか、大虎が酒を買い占めただとか、蛇の巫女がいるとか……
五村、もしくは五街はシャシャートの街の近くにあるらしいが、どこまで本当かわからない。
ひょっとして、シャシャートの街のなにかを隠すための噂なのかもしれない。
まあ、それもこれもシャシャートの街に行けばわかる話かな?
わからなくても、商隊に扮している者たちが調べ上げるのかもしれない。
危ないことはしないでほしいなぁ。
俺の身の安全もあるけど、一年も一緒に行動したんだ。
それぐらいの心配はする。
言っても聞いてもらえないだろうけど。
俺は小さくため息を吐きながら、最初の目的地であるシャシャートの街に向けて商隊を進めた。
なにごともなければ、あと十日ほどで到着できるだろう。
なにごともなければ。
秋になる前には到着したいな。
感想、ありがとうございます。
誤字の指摘、助かってます。