文化爆弾の製造
俺の膝の上で寝ていた子猫の一匹、サマエルが目を覚まし、床に降りて大きく伸びをした。
つまり、魔王が来る。
そう思った瞬間、中庭に通じる扉から魔王とビーゼルがやってきた。
サマエルが魔王に駆け寄る。
少し遅れてほかの子猫たちも。
うーむ、相変わらず懐かれている。
羨ましい。
そして、俺の膝の上が寂しい。
おっと、横からやってきた虎のソウゲツに体当たりされ、魔王が吹っ飛んだ。
大丈夫かな?
大丈夫みたいだ。
ソウゲツ、背に乗っているミエルたち姉猫が急がしたのだろうけど、もう少しゆっくり移動しような。
ああ、俺のことは気にせず、魔王と遊んでいていいぞ。
俺はビーゼルと話があるから。
今日、魔王とビーゼルがやってきたのはインフェルノウルフと和解するシーンを撮影するためだ。
事前にティゼルから手紙で知らされていたし、イレたち撮影隊からも正式に依頼があったので、村側に問題はない。
撮影隊は数日前から村に滞在し、撮影の準備を始めているのだが……
どうにも撮影場所に問題があるそうだ。
「映ってはいけないものが、ここには少し多すぎまして……」
そうだろうか?
俺の疑問に、イレが試しで撮影した映像を見せてくれた。
……
普通の村の風景なのだが、ちらちらとドラゴン姿のドースとギラルが入ってくるな。
出演たいのかな?
「一応、聞いてみましたが、そんなつもりはないそうです」
そうか。
しかし、まあ、なんだ。
ドースやギラルを主役にした映像を撮影りたいと計画書を用意すればいいんじゃないかな。
それで収まる気がする。
「検討します。
ですが、それ以外にも色々と映ってはいけないものがありまして……」
たとえば?
「四村こと、太陽城」
なるほど。
これは納得。
「世界樹」
知らない人からすれば普通の木だけど、知っている人からすれば目立つ木になってしまう。
映像の邪魔か。
「巨大な蚕がいるので、知らない人でも普通の木とは思わないと思いますよ。
あの木、風格もありますし」
そっか。
「あと、一番の問題が畑でして……」
畑?
畑が駄目なのか?
村の畑が?
「季節感が……」
……自覚はある。
撮影を指揮するイレの判断で、撮影場所は五村近郊の森となった。
現在、撮影隊は五村で撮影できる場所を選定中。
そのことを俺はビーゼルに伝えた。
撮影に参加するインフェルノウルフは、実際に魔王に遭遇した新入り。
魔王の許可をもらって、五村近郊の森に移動。
新入りは暴れたりはしないだろうけど、一応ということで俺も同行。
トレーナーみたいな立ち位置だ。
ビーゼルの転移魔法で送迎してもらえるので、負担らしい負担はない。
撮影隊の活動を見ながら、新入りにブラッシング……しようとしたら、撮影隊に参加している元文官娘衆に止められた。
野生感を消したくないので、ブラッシングは駄目と。
なるほど、了解。
出番まで、新入りと話でもするか。
村での生活は問題ないか?
パートナーたちとは仲良くやっているか?
ん?
実は雌が苦手?
昔、追いかけられて怖い思いをしたと。
そうか。
それなのに、四頭か……
なにかあったら、すぐに言うんだぞ。
“まだ大丈夫”は危険のサインだ。
周りに頼ったっていいんだからな。
うん。
そんな感じの会話をしていたら、新入りの出番になった。
がんばれ。
撮影は順調に行われた。
新入りはとくに問題もなく、出番終了。
その日の晩に、試写会が行われたのは撮影隊の熱意によるものだろうか。
内容は……内政を頑張っている魔王、訓練を頑張っている魔王、トラブルに対応する魔王と、魔王を持ち上げることに終始している。
時間は短く三十分ぐらいだが、それなりに内容が濃い。
濃いのだが……
俺としては一つ、気になるところがあった。
内容に関してではなく、映像の出来に関して。
トラブルに対応するシーンなのだが、会議室で議題を出され、それに対して解決策や方針を述べるだけなのだ。
内政や訓練のシーンで動き回っていた魔王にしては、そこだけ動きが少なく変な感じがした。
なのにインフェルノウルフが出たとの報告にだけは、迅速に動く。
物語としては仕方がないのかもしれないが、その仕方がないが強く出ている気がする。
まあ、俺のこだわり過ぎかもしれないが。
「いえ、村長の言う通りです。
私も会議室のシーンをなんとかしたいのですが、実際にあんな感じだそうでして……」
演出で多少、派手にするのはいいんじゃないのか?
内政を頑張っている魔王とか、訓練を頑張っている魔王は演出が入っているんだろ?
え?
普段からあんな感じ?
……
ちゃんと魔王しているんだな。
そして、村で猫たちに癒される気持ちが少しだけわかった気がする。
まあ、それは置いておいて、演出で見栄えをよくするのはありだろう。
トラブルに対応するシーンだから……たとえばだな。
魔王は豪華な廊下を、早足で歩く。
その周囲を六人の部下が囲み、同じ速度で歩いている。
「緊急事態だ。
ドロワ、兵を集めよ」
「承知しました」
返事をしたドロワ伯は足を止めて頭を下げ、魔王とは逆方向に歩いていく。
「グリッチ。
東門の兵を掌握せよ。
勝手をさせるな」
「はっ」
ドロワ伯と同じように、グリッチ伯は足を止めて頭を下げ、魔王とは逆方向に歩きだす。
「プギャル。
例の件はどうなっておる?」
「全て、計画通りに」
「よろしい。
計画に変更はない。
そのまま進めよ」
「お任せください」
プギャル伯が足を止め、頭を下げる。
「将軍。
この問題に乗じて敵国が動くやもしれん」
「西側ですな」
「動いたら、好きにせよ。
後始末は気にするな」
「お任せを」
グラッツが足を止め、敬礼した。
「ドレステン。
国内が荒れるぞ」
「でしょうな。
すでに配置は完了しております。
押さえますか?」
「許す。
やれ」
「はっ」
ドレステン伯が足を止め、ゆっくりと頭を下げるとそのまま消えた。
残る部下は一人。
「私はどうしましょう?」
ビーゼルだ。
「お前は一番キツイところだ」
「つまり、魔王のお供ですか」
「そういうことだ。
背中は任せるぞ」
「承知しました。
では、さっさと終わらせましょう」
トラブルに対応する魔王は、こんな感じのシーンになった。
コンセプトは、“歩きながら指示を出す魔王”。
これでスピード感が出た。
イレたち撮影隊の評判は上々。
魔王やビーゼルも悪くないと、満足そうだ。
まあ、ドロワ伯たちが出演たことで、その娘たちが少し複雑な顔をしているが……
「くっ。
お父さまとは思えないほど、かっこいい」
「父が優秀に思える」
「あわあわしない父さんなんて……」
映像に関しては肯定意見なので、よし。
イレによって、映像の完成が宣言された。
ちなみに、あのシーンの撮影で、声をかけられる順番や内容で醜く揉めた話はしないでおく。
ロナーナ「グラッツ、かっこいい」
グラッツ「そ、それほどでもないよ」
ドース「私が主演で撮影される映像にも、ああいったシーンを採用するように」
ギラル「俺が(以下同文)」
イレ「……」
村長「こっちを見るな」
遅くなりました。