欄外 中途入社
番外編です。
擬人化した別世界です。
読まなくても大丈夫な話です。
夏。
俺はインフェルノウルフ商事に中途入社した。
入社の経緯は省くが、現在の俺は困っている。
四人の女性から、求婚を受けているのだ。
とてもありがたい状況なのは理解している。
理解しているが、俺はその四人からの求婚を断り続けている。
「新入り。
なにが不満なんだ?
こういっちゃなんだが、あの四人はうちでもそれなりに評判の四人だぞ」
先輩の一人が、そう聞いてきた。
今日、珍しく休憩室に誘ったのもそれが理由だな。
まあ、隠すようなことではない。
求婚してくれている四人が四人とも、“高学歴”“文武両道”“モデル並みに美人”“良家のお嬢様”なのだ。
「どこに文句があるんだ?」
全員、俺より役職が上じゃないですか。
「上司は駄目か?」
駄目じゃないですけど、完璧すぎて気後れするんです。
あれでまだ家庭的じゃないとかの欠点があるなら、かわいいなとか思ったりできるのだが、“炊事、掃除、洗濯は万全”なのだそうだ。
ついでに、近所の子の世話もしているから子育てにも不安はない。
「なるほど。
たしかにあの四人は飛び抜けて優秀だな。
しかし、インフェルノウルフ商事の独身女性は、みんなそんな感じだぞ」
なので、できれば奥さんは外部から……
「中途入社で、奥さんは外部からか?」
まずいですか?
「まずいというか、インフェルノウルフ商事は一族経営だからなぁ。
それだと立場が弱くなるぞ」
立場なんて気にしませんよ。
「そうか。
お前がそれでいいって言うなら、俺はそれを応援するよ」
先輩……
「それで、あの四人が駄目だって言うなら、どんな娘がタイプなんだ?」
別にタイプなんて……
俺としては、普通でいいんです。
「普通?」
普通の学歴、普通の運動神経、普通の家庭……
美人でなくていい。
普通でいいんです。
わかりますか?
「……わかる」
え?
「わかるよ」
そう答えた先輩は泣いていた。
そして言葉を続けようとしたところで、動きを止めた。
どうしたのだろうと見たら、先輩の脇腹に誰かの指が当てられていた。
「完璧な妻は駄目なのですか?」
先輩の奥さんでした。
「ははは。
なにを言っているんだい。
奥さんが優秀なことに文句を言うわけがないじゃないか」
先輩は手の平をくるっくるに返した。
だが、俺は先輩を責めない。
先輩の奥さんも、あの四人に負けないぐらい美人で……あれ?
どこかで見たような……
あ、あの四人のうちの一人が妹なのですか。
そうでしたか。
いえ、別に迷惑では……すみません、迷惑です。
はい、できればお姉さんからも注意していただければ。
ありがとうございます。
は、はい、先輩には色々と教えてもらっていて……
奥さん自慢が入るのが困りものです。
本当ですよー。
ははは。
え?
お宅に?
ありがとうございます。
では、ご迷惑ではないときにお邪魔します。
はい、お疲れ様です。
俺は立ち去る先輩の奥さんの背中に、頭を下げる。
……
ふう。
話のわかる人でよかった。
「すまん。
助かった」
いえ、先輩の苦労は一瞬で察しましたから。
「そうか。
……まあ、悪いことばかりじゃないんだけどな」
そうなのですか?
「まあな。
それで……あれだ。
助けてもらった礼として、現実的な話をするが……
あの四人から逃げるのは無理だ」
なんです、急に?
「落ち着いて考えてみろ。
お前が外部から妻を探すことを、あの四人が黙っていると思うか?」
……
「無理だろ?
そうなると、問題はあの四人のうちの誰を選ぶかだ」
そ、そうなのですか?
「ああ。
一応、義兄としては義妹を推したいが、そこは気にするな。
お前の……」
……先輩?
どうしました?
先輩?
先輩の首筋に針?
まさか、麻酔薬?
俺は周囲を見回す。
くっ。
気配すら感じさせないか。
だがわかる。
あの四人だ。
俺が嫌がるのは、そういうところも含めてだぞ。
先輩を医務室に送り、俺は自分の職場に戻りながら考える。
たしかにあの四人から逃げるのは無理だろう。
大きく譲歩して、誰かを妻にすると考えよう。
……
駄目だ。
「なぜ駄目なのです?」
俺の目の前に、上司の上司の奥さんがいた。
名前はアリスさんだったかな。
入社時に挨拶した。
「どうしました?」
い、いえ、すみません。
「それで、どうしてあの四人のうち、誰かを妻にするのは駄目なのですか?
身内贔屓でなんですが、それほど悪いとは思えませんが?」
そうかもしれませんが、一人を選ぶということは、選ばれなかった三人から恨まれるということじゃないですか?
「……そうですね。
恨まない、とは言えないでしょう」
ですよね。
それに、まだ短いつき合いですが、あの四人は仲がいいじゃないですか?
それを崩すことにもなる。
そんな選択、俺にはとても……
「だから、四人から恨まれる道を選ぶと?」
はい。
「しっかりとした判断ができるようで、よかったです。
さすがは会長が連れてきた方ですね」
会長。
それはこのインフェルノウルフ商事の会長。
そして、インフェルノウルフ商事が所属する大樹グループの中心となる、ヒラク商店の社長。
俺がこのインフェルノウルフ商事に中途入社できたのは、その社長に個人的に誘われたからなのだが……
アットホームな職場の意味がガチガチの一族経営のことだとは思わなかった。
まあ、社食が美味しいから入社に後悔はないけど。
焼き魚定食は至宝だ。
「しかしですね……」
ん?
「外部から妻を探すのは厳しいという話はされていますか?」
ええ、先輩から。
「その上で、あの四人を選ばないとなると……ずっと独身ですよ?」
それも覚悟しています。
ええ。
独身バンザイ。
独身のままだと本社勤めが厳しいと言うなら、支社にでも飛ばしてください。
出向でもかまいません。
「貴方の覚悟はわかりました。
ですが、あの会長によって連れて来られたのです。
いきなり支店に行かせるわけにはまいりません。
出向も無理です。
当面は本社勤めですね」
そうですか……
「はい。
ですが、本社勤めのまま、あの四人に絡まれ続けるのは業務に影響があって困ります」
ご迷惑をおかけします。
「そこでですが、あの四人になにか条件を出すのはどうでしょう?」
条件?
「ええ。
無茶な条件を出して、その条件をクリアしたら結婚すると宣言するのです」
宣言?
「はい。
これなら、あの四人から絡まれ続けることはなくなるでしょう。
あの四人の目も、貴方から条件のほうに向きますしね」
な、なるほど……さすがです。
「ですが、条件には注意してください。
明らかに無理な条件では意味がありません。
できそうでできない。
そんなラインを見極めた条件にしなければ」
そうですね。
「私ができるアドバイスは、これぐらいですね。
仕事も含め、頑張ってください」
ありがとうございます。
ふーむ。
いいアドバイスをもらった。
たしかに、条件を出して、それをクリアできれば結婚すると宣言するのは悪い手ではない。
また、あの四人以外が出たときにも効果がある。
いい。
だが、条件。
アリスさんが言ってたとおり、これがむずかしい。
よく考えなければ……
翌日。
俺は四人と結婚することになった。
……
どうしてこうなった?
なにが悪かった?
わかっている。
条件が悪かった。
“俺は君たち四人から一人を選ぶことなんてできない。
だから、この条件をクリアできた人と結婚する”
そう。
俺は条件を考えた。
なにかを持って来る系は、クリアされる可能性がある。
なにせ、あの四人はインフェルノウルフ商事の優秀な社員。
俺同様に会長とも顔見知り。
あの会長に頼めば、あらゆる物が用意できる気がする。
なにかを持って来る系は諦めた。
なにかを連れてくる系も同じく駄目。
となると、残るのはなんだ?
ありえない条件……
俺は閃いた。
これだと思った。
“妻を三人以上、娶っている人を連れてきてください”
俺の知っている常識では、妻は一人だった。
複数人娶るなんて、ありえない。
インフェルノウルフ商事の社長だって、妻は一人だ。
上司の上司の妻も、アリスさん一人だ。
それが常識。
妻を複数人娶るなんて、そんな存在はありえない。
いや、二人はありえるかもしれない。
だから三人。
ナイス条件と思ったのだ。
だが、常識外はいた。
「妻を三人娶っているマサユキ部長です」
……
そして、四人同時に紹介された。
俺は同時のときの条件に言及しなかった。
また、この条件が複数を娶ることだと匂わせてしまった。
俺を見るマサユキ部長の目は、優しかった。
「うちの会社。
大きいから、大抵の条件はクリアされるぞ。
出向先で結婚した兄貴先輩とかいるしな」
先輩のその言葉、もっと早く聞きたかった。
「馬鹿野郎。
先輩じゃない。
義兄だ」
義兄さん。
「あと、すまんな」
なにがです?
「アリスさんのこと、伝えきれなくて」
?
「お前が結婚した四人、全員アリスさんの孫とか曾孫なんだ」
……
「というわけで、お前はがっつりクロイチ専務派閥。
俺も一緒だから、不安に思う必要はない。
アリスさんは、義祖母とかになるけど、絶対にアリス“さん”な。
それ以外の呼び方をすると、酷い目にあうから」
……
「あ、マサユキ部長はクロニ専務派閥だけど、お前は誘いに乗って大丈夫だから。
うん、がんばれ」
……
…………
俺、頑張る。
発表するあてのないハ〇ター×ハ〇ターのネ〇ロ会長の「感謝の正拳突き」のコピペ「感謝の更新」を考えていたら、本編が進まず、番外編でお茶を濁すことに。
すみません。
ちな「感謝の更新」の最後のオチは「騎之介の更新は、読者を置き去りにした」です。
今回の話(更新)のようだ。
この話は、たぶん書籍化されません。