メイドとして雇われております
私はアイアーネス。
普通のメイドです。
ええ、極めて普通です。
あまり特徴らしい特徴がなくてもうしわけありません。
そんな私は、雇い主であるゴールドバーク家のご当主さまに命じられてゴッドミリオンさまに仕えております。
ゴッドミリオンさまは、ご当主の長子にあたります。
まあ、子供の面倒をみろということですね。
いえ、年齢が近いので、遊び相手ぐらいの感覚かもしれません。
え?
恋愛対象?
やめてください。
泣きますよ。
さて、今日も今日とてゴッドミリオンさまはご学友に喧嘩を売りました。
いえ、今回の場合は買ったというべきでしょうか?
ゴッドミリオンさまは基本、横柄ですからね。
もう少し態度を改めれば、そういったことも減ると思うのですが、性分のようでなかなか改めてもらえません。
「アイアーネス。
手を出すんじゃないぞ。
こいつらは俺の獲物だ」
獲物ですか?
相手は三人なのに大丈夫なのでしょうか?
まあ、心配するのも不敬です。
なので言われたとおり、手を出しません。
応援もしませんが。
とりあえず、少しですが自分の時間ができたことを喜びましょう。
そして、この自分の時間をどう使いましょう。
うーん。
そうです。
くだらないことを考えることに使いましょう。
たとえば、相手を小馬鹿にしつつもお洒落なメイドのポーズとか。
いいですね。
人生で一回か二回しか使えなさそうなところがいいです。
どんな感じにしましょうか。
そんな感じで三つぐらいポーズを考えていると、ゴッドミリオンさまが泣かされていました。
「アイアーネス、助けて、助けてぇ!」
はぁ。
私は手を叩き、ゴッドミリオンさまに暴行を加えている者たちを止めます。
「すみません。
少しお待ちください」
そう言って、倒れているゴッドミリオンさまの首根っこを掴み、立たせます。
「お、遅いぞ。
なんでもっと早く助けなか……ぐげぇぇっ!」
ゴッドミリオンさまの言葉を中断させたのは、ゴッドミリオンさまの腹部にめりこんだ拳。
私の拳です。
「な、なにをする……」
「ゴッドミリオンさまは、ゴールドバーク家の跡取りですよね?」
「そ、そうだが」
「その跡取りが、一度、言ったことを翻すなど、あってはいけません。
ご理解いただけましたか?」
「そ、そうだとしても……」
「ご理解いただけましたか?」
「り、理解した……」
「よろしい。
では、頑張ってください。
お三方、お待たせして申し訳ありません。
ご不満はゴッドミリオンさまにぶつけてください」
私はゴッドミリオンさまに一礼し、後ろに下がります。
頑張って、先ほどの続きを考えるとしましょう……あれ?
どうしたのです?
お三方?
続けていいのですよ?
ゴッドミリオンさまを慰めているようですが、慰める必要などありましたか?
いえ、仲直りしたのでしたら、喜ばしいことですが……
自分の時間は、ここまでのようです。
はぁ。
ゴッドミリオンさま、喧嘩を買うときは相手を見てやってください。
どうみても、相手のほうが強そうではないですか。
なのに三人を同時にって……
ここが学園でよかったですよ。
学園の外なら……考えるに恐ろしい事態になっています。
私が参加すれば勝てた?
もちろんです。
あ、でも、ゴッドミリオンさまが足を引っ張りますから、もちろんは言い過ぎですね。
ゴッドミリオンさまが戦わずに後方に下がっていただけるなら、問題なく勝てますが……
おや?
なにをお泣きに?
泣く暇があるなら、強くなる努力をしてください。
あと、大言壮語はほどほどに。
これ、何度もしている注意ですよ。
ほら、動かない。
乱れた髪を整えますから、じっとしてください。
私はゴッドミリオンさまの少し後ろを歩きます。
メイドの最適ポジションです。
前方から襲撃があった場合、ゴッドミリオンさまを盾にできるので、その間に逃げることができます。
ああ、勘違いなさらないでください。
私の忠義は、雇い主であるゴールドバーク家のご当主さまに向けられています。
ゴッドミリオンさまに仕えているのは、そのご当主さまの命令だからです。
そして、そのときの命令はメイドとして身の回りの世話を頼まれただけです。
つまり、私は護衛ではありません。
護衛でないとしても、仕えている相手がピンチならその身を盾にしろ?
間の抜けたことを言わないでください。
どうして、私がそのようなことをしなければならないのですか?
私はメイドとして雇われたのですよ?
身を盾にするのは私の仕事ではありません。
私がゴッドミリオンさまより強いとかは関係ないのです。
ゴッドミリオンさまが傷ついたり、亡くなった場合は雇い主から叱られるのではないか?
そんなことはありません。
傷ついたり、亡くなることを警戒するなら、護衛を雇ってつけるべきなのです。
ああ、ゴッドミリオンさまはトラブルメーカーですから、護衛をつけるよりも家から出さないほうがいいですね。
おっと。
緊急事態です。
ゴッドミリオンさまの前方に、ご学友のアルフレートさまです。
派閥が違うので少し前までは接触はありませんでしたが、アルフレートさまの派閥は王都の祭りのあとから交流を広げはじめ、ゴッドミリオンさまはそれに乗った感じです。
いえ、向こうが受け入れてくれたと言うべきでしょうか。
ゴッドミリオンさまの普段の態度では、敵対が普通なんですけどねぇ。
アルフレートさまの心が寛大なのでしょう。
ただ、だからとゴッドミリオンさまが調子に乗るのはよろしくありません。
アルフレートさまは気にしなくても、周囲がそうとは限りませんからね。
私はこっそりとゴッドミリオンさまの背中に触れ、サインを送ります。
“ご当主さまの上司だと思って会話してください。
舐めたことをアルフレートさまに言ったら、私が貴方を刺します”
メイドの領分を超えていますが、これは仕方がありません。
相手が大物すぎます。
ゴッドミリオンさまのミスで、雇い主の家が潰れるのは避けてもらわねば。
おや?
ゴッドミリオンさま、なにを泣いているのです?
アルフレートさまが心配しているじゃないですか。
ちゃんと背筋を伸ばして!
ほら、アルフレートさまからお食事のお誘いです。
しっかり受けてください。
よし、いいですよ。
尊大過ぎず、そして卑屈ではない応対。
やればできると信じてましたよ。
え?
アルフレートさまは私もお誘いくださるのですか?
ありがとうございます。
即座にお受けしたいお誘いですが、ゴッドミリオンさまの許可を得なければいけません。
「ゴッドミリオンさま、私も参加してかまいませんか?」
……駄目?
聞き間違いかなー?
聞き間違いですよね?
一度、言ったことは翻さない?
ええ、その通りですよ。
だから私の聞き間違いかと確認しているのです。
ふふ。
ですよね。
私が参加しちゃいけないなんて、ゴッドミリオンさまは言いませんよねー。
よかったよかった。
私たちはアルフレートさまに感謝を伝え、離れます。
「おい?
飯の時間はすぐだ。
一緒に行けばよかっただろう?」
ゴッドミリオンさまは、あいかわらずですね。
まずは自分の姿を思い出してください。
先ほどの喧嘩で、汚れているでしょう?
その姿で他家を訪れさせませんよ。
一度、屋敷に戻って着替えてからです。
「いや、それほど汚れてないだろ?」
はぁ。
理解できませんか?
武装を整えないと、アルフレートさまのところには行けないと言っているのです。
ええ、今の装備では私は私の身を守り切れません。
もちろん、戦闘を仕掛けるつもりなどありません。
向こうもないでしょう。
ですが、最悪に備えなくていい理由にはなりません。
あそこ、私より強いのがゴロゴロいるんですから。
装備面で劣ってどうするのですか。
わかっています。
ゴッドミリオンさまは戦力として数えていません。
ただ、私の武器庫として頑張ってもらいます。
そうです。
二人なら倍持ち込めますから。
万が一のときは、私に武器を渡してください。
余裕があれば、ゴッドミリオンさまの命も守りますよ。
「絶対守るとは言ってくれないんだな?」
「そう言ってほしければ、直接雇ってください。
私の月給は銀貨十三枚です」
「その月給……
父さん、絶対にお前をメイドとして雇ってないって。
銀貨十三枚って、戦闘部隊の隊長に払う額だもん。
普通のメイドなら古株でも銀貨五枚とかだぞ」
「ゴールドバーク家は裕福だからでは?」
「うちは貧乏寄りの子爵家だよ」
「ですが、ご当主さまは私を雇うときにメイド服を支給してくれましたよ?」
「そりゃ、お前が殺し屋みたいな恰好をしてたからだろ?」
「雇うとき、“メイドとして頑張ってほしい”とも言われましたし」
「その前に“普段は”って言ってなかったか?」
「覚えがありませんねぇ。
まあ、そのあたりは今度、お屋敷に戻ったときに話し合いましょう。
ささ、着替えに戻りますよ」
「お屋敷って実家か?
次に実家に戻れるのって冬なんだけど。
ちょ、こら、担ぐな。
自分で歩けるから」
私はアイアーネス。
普通のメイドです。
ええ、極めて普通です。
アルフレートさまのところの食事は、あいかわらず美味しいです。
ゴッドミリオンさまも、アルフレートさまの派閥に入ればいいのにと思いますが、メイドはそんなことを言ってはいけません。
ただ、後ろで控えるだけです。
アルフレート「ゴッドミリオンのところの護衛メイド、ウル姉より強いよね?」
ウルザ「たぶん。彼女が来るとアサやアース、メットーラが警戒モードになる」
ティゼル(引き抜けないかなぁ)
アルフレート「ティゼル」
ティゼル「ごめんなさい。手は出しません」
アルフレート「よろしい」
更新が乱れてきた。
なんとかせねば。




