文化爆弾の準備
五村の映画館の評判がいい。
それに伴い、問題も出てきた。
まずは席数問題。
壁のブースはともかく、フロアの席はもっと置けるだろうとの要望がお客から出ている。
たしかに、詰めればもっと席を用意できる。
しかし、余裕がある席の配置にしているのは、種族差を考えてだ。
下手に席を詰めて、前列にミノタウロス族が並んだらどうするんだ?
後ろの席は困るぞ?
かといって、背の高い種族は後ろや端に座れと言うのも抵抗がある。
なので、席は現状のまま。
次に問題なのが飲食問題。
飲み物はこぼしたりとかのトラブルはあるけど、ほぼ問題なし。
食べ物が問題。
なるべく音が出ず、匂いが抑えめな料理を用意していたのだが、公演中は食事禁止にしてはという要望が多く寄せられた。
もちろん、食事を求める声もある。
しかし、声を担当している者が客席の料理の匂いに胃が刺激され、腹が鳴ってしまうという事態が発生したため、食事禁止の勢力が強い。
腹の音……魔法で音声を大きくしている状態だったそうだからな。
そういったトラブルを含め、映画を楽しんでいる状況らしいが、とりあえずは公演中の食事は禁止になった。
そのかわり、待合室での飲食を充実させた。
待合室なら音や匂いをあまり気にしなくていいからな。
とはいえ、そのあとで映画館に入ることを考えれば、カレーやニンニク料理などの匂いの強い料理は避けたラインナップになっている。
あとは、声の担当者の体調管理問題。
こちらの世界の住人は簡単に風邪をひいたりはしないのだが、公演が終わったテンションで酒を飲みに行き、翌日に声を嗄らした者が三人。
映画のファンに言い寄られ、二股が発覚して負傷した者が一人。
練習のし過ぎで喉を傷めた者、多数。
……
一応、代役を用意しているが、それでも限界はある。
そして、代役が出ると映画のファンが怒る。
舞台なら代役は珍しいことではないのだが、映画の場合は怒る。
ミスやトラブルは楽しむことができるのだが、声が変わることに関しては違和感が強いのだそうだ。
現状の映画スタイルが問題なのだろうか?
本来の映画のスタイルに寄せるべきだろうか?
とりあえず、当面の対策としてマネージャーを用意。
個別ではなく、一人のマネージャーで複数人をみてもらうことになるが、それでも現状よりはよくなるだろう。
なってほしいな。
映画のスタイルに関して、撮影隊のイレたちに協力を要請した。
現状、水晶の映像と声の担当者、音楽担当者がいないと公演できない。
水晶の映像をイレたちに撮影してもらいながら、声と音を入れていくのはどうだろうか?
「水晶の映像を撮影するのは不可能です」
世の中はそう甘くないらしい。
イレに詳しく聞くと、水晶の映像を撮影しても真っ暗な映像になるだけだそうだ。
原因は魔法や魔力の干渉。
なので映像をそのまま撮影するのは不可能。
駄目かと思ったが、代案が出た。
水晶の映像の撮影はできないが、音声は記録できる。
そうして記録した音声を、水晶の映像のタイミングに合わせて流すのはどうだろうという意見。
悪くないと思う。
しかし、これにも問題がある。
音声の記録と再生に、イレの持つ機材が必要なのだ。
映画に協力すると、撮影隊はほぼ映画専属になってしまう。
イレとしては一回や二回ならかまわないが、ずっとは困るそうだ。
俺もそういったことを頼むのに抵抗がある。
一応、物語が収められた水晶と一緒に箱に入っていた撮影機を使えば、音声の記録と再生はできるのだが、この撮影機は水晶の映像の再生に使っているからな。
撮影機がもう一台、必要になる。
それと、記録するための水晶。
物語が収められた水晶をなんとかすれば記録できそうではあるのだが、その技術がない。
また、なんとかした場合、収められている物語は駄目になる可能性が強いそうだ。
手詰まりか。
そう思ったときに、救世主が現れた。
始祖さんの奥さんであるヴェルサだ。
「撮影機と記録用の水晶、家にあると思うよ」
そう言われてヴェルサの家に行き、確保したのが六台の撮影機と、たくさんの水晶。
水晶の半分ぐらいは物語が入っているそうだが……いつの間にか現れたグッチが内容をチェック。
物語の入っている水晶は隔離された。
え?
一つも残らなかったの?
それはそれですごいな。
ははは。
ヴェルサ、褒めてないぞ。
なにも記録されていない水晶は残った。
それでも、たくさんある。
これだけでも嬉しいのだが、もっと嬉しいものがあった。
再生機。
水晶の記録を再生するための専用の魔道具だそうだ。
それが二十台。
ありがたい。
しかしヴェルサ、全部こっちに渡していいのか?
大事なコレクションだろ?
「気にしなくていいわよ。
必要な分は確保しているし、ちゃんと代金はもらうから」
もちろん、ちゃんと支払うぞ。
え?
お金じゃない?
待て待て待て。
お前の趣味に協力する気はないぞ。
違う?
そうじゃない?
それに支払いは先?
なんだか怖いな。
「ふふ。
こっちはこっちで撮影するから、そっちには上映場所を貸してもらえたらと思ってね」
なるほど。
そういうことね。
「観客は限定するから、犠牲者はでないわよ」
や、約束だぞ。
嫌がっている者は連れ込まないように。
ともかく、音声の記録と再生の目処がついたのは喜ばしい。
それに、撮影機や再生機が複数あるのだから、二つ目の映画館を建てることもできる。
客席問題もこれで解決だ。
いいね。
イレも新しい機材に喜んでいる。
……
あれ?
ヴェルサが撮影できるということはイレも撮影できる。
つまり、ここで映画が撮れる?
イレたち撮影隊はやる気のようだ。
撮影隊の今後の活躍に期待だな。
予算?
いくらでも出してあげたいところだが、詳細を出してもらえるかな?
一応、村のお金だからね。
文官娘衆と相談して、決裁するよ。
その日の夜。
文官娘から報告があった。
「シャシャートの街では、ゴロウン商会が映画館の用地確保に動いているようです」
あれ?
映画館を複数作るのは無理だと、最初に伝えたつもりなんだが?
再生機を手に入れた情報がもう伝わった?
「そうではなく、村長ならなんとかすると思われたのではないでしょうか?」
過分な期待は困るなぁ。
「それと、王都のティゼルさまから、用地確保が終わったから映画館を建設できる人を送ってほしいと連絡が来ております」
こっちも早い。
ん?
あれ?
ティゼルから?
ダルフォン商会ではなく?
学園長から映画館の話を聞いたのかな?
それにしては、映画館を複数作るのは無理だという情報は伝わらなかったのだろうか。
いまは大丈夫だが、ヴェルサの協力がなければ用地確保に使ったお金が無駄になるところだ。
注意する手紙を送っておこう。
もちろん、迅速に用地確保したことは褒めるけど。
あ、細かい建設予算と映画の収益の分配資料も届けられているのね。
これ、ティゼルが手配したのかな?
いや、横にいるアサかアース、もしくはダルフォン商会の者に聞いたのだろう。
ちゃんと勉強しているようでなによりだが……
学業、忘れてないよな?
お父さん、そこが心配です。
ティゼル「映画館? お父さんが作ったと……なるほど、用地確保に動いて。三か所ぐらい。大至急」
リドリー「え? でも、映画館は複数作れないって情報があるけど」
ティゼル「お父さんならなんとかするから大丈夫。王都での用地確保が終わったら、ほかの街で用地確保。ゴロウン商会と競争よ」