卒業生がやってきた
ユーリ 魔王の娘。
フラウレム フラウ。ビーゼルの娘。
私の名はドレステン。
ドレステン=ドレステン。
栄光あるドレステン家の名を、そのまま名に持つ娘である。
……
うん、わかっています。
ドレステンは誰がどう考えても女の子の名前じゃないわ。
お父さんが初めての娘に興奮して、間違えてそう発表しちゃったの。
すぐに取り消したらいいのに、妙なプライドが邪魔してそのままにしたお父さんとは、年に一回か二回しか会話していません。
仲が悪いわけではありませんよ。
ちゃんと謝罪してもらっていますから。
ただ、私は学園の生徒なので、一年の大半を学園で生活しており、私が実家に戻る冬は、お父さんが任地に移動するというローテーションなのでなかなか会えないだけです。
まあ、会っても私のことをドレステンと呼んだら殴りますけど。
現在、私は両親や妹、友人からはアイリスと呼んでもらっています。
でも、偉い人の前だとドレステン=ドレステン。
そんな悲しい宿命を背負った私は、貴族学園に長く滞在する古参の生徒です。
学園は近く行われる王都の祭りに参加する準備で、浮かれ気味でした。
だからでしょうか、少し警戒が甘かったのかもしれません。
学園の南に配された正門に、とある二十人ぐらいの集団がいました。
警備する衛士が通しているので、不審者ではないのでしょう。
ですが、全員が貴族学園にふさわしくないラフな格好です。
衛士には衣服で止めるという概念はないのでしょうか?
……
ないでしょうね。
貴族のなかには奇抜な恰好を好む一族もいますし、全裸こそ全てという種族もいます。
衣服で止めていたら、戦争です。
ですが、ああいった格好の男性が集団でいるとなると……ん?
男性じゃない?
あれは男装した女性ですね。
胸が隠しきれてません。
隠す気がないのですかね?
となると……
私は戦慄しました。
まずい。
私は助けを求めます。
近くにいる若い生徒では話になりません。
少なくとも十年は学園にいる生徒でなければ。
先生は……
駄目です。
彼らも若い。
作法を知らないでしょう。
このままでは押し込まれてしまいます。
これは緊急事態です。
私は魔法を使用し、友人たちに連絡を取ります。
ですが、返ってきたのは絶望の言葉。
「ごめん、いま王都。
買い出し中なの。
まだ戻れない」
「料理中。
手が離せない」
「北の森にいるわ。
すぐに戻るけど……うわっ、ごめん、魔物が逆襲してきた。
あとで連絡する」
そんな。
男装した一団はすでに横一列に並び、体勢を作り出しているのに。
私一人で対抗?
無理です。
くっ。
仕方がありません。
私は近くにいる若い生徒を捕まえ、こう命じます。
「貴女はどこの派閥の者ですか?
近くにリーダーかそれに近い人がいるなら、数を揃えて正門に来るように伝えなさい!」
幸いにも、派閥のリーダーは近くにいたようです。
数も五十人ほど。
悪くありません。
私は協力をお願いします。
派閥は違えど、これは学園全体の問題です。
この場限りでも、手を握ることはできるでしょう。
詳しい説明はあとでしますので、とりあえず私の指示通りに動いてください。
「なにをすればいいの?」
よし、話の分かる相手でよかった。
そう難しいことではありません。
まずはフォーメーションを覚えてください。
三つです。
一つのミスで一人が倒れる。
それぐらいの覚悟でお願いします。
まずい、男装した一団の行進が始まった。
指を鳴らしながら。
見ればわかる。
聞けばわかる。
かなりの練度です。
リズム、タイミング……ちいっ。
上流階級の関係者ですね。
って、あれ?
真ん中にいるの王姫のユーリさま?
その横ってフラウレムさま?
グリッチ伯やプギャル伯のところの娘まで?
数年前の最大派閥の構成員ですか!
こ、ここにいる者たちで対抗できるのでしょうか。
いえ、弱気は禁物です。
応戦です。
まずは横に広がって……
ぬっ、私の指示では展開が間に合いません。
「三列横隊!
間に人が二人並ぶ距離!
前後も同じぐらいの距離!」
派閥のリーダーがそう指示を出すと、すぐさま綺麗な三列横隊ができます。
さすがですね。
えーっと……
名前ぐらいは先に聞けばよかったです。
「私はドレステン=ドレステン。
ドレステン伯爵家の令嬢です。
近しい人はアイリスと呼びます。
貴女は?」
「ウルザ。
ウルザ=マチオ。
五村の村長の娘よ」
げっ。
超大物です。
ですが驚くのは後回し。
「あそこにいる一団は我が学園の卒業生です。
在園生が気を抜いていないかの検査に来たのでしょう」
ユーリさまの一団から一人が前に出てきます。
そして、綺麗なフォームで女性の挨拶をしました。
ドレスを着ていればと思わずにはいられません。
おっと、見惚れている場合ではありませんでした。
「全員で挨拶に応じさせてください。
自信がなければ、私の真似を」
「それぐらいは大丈夫だけど……なにが始まっているの?」
「マナーチェックです。
これから、向こうが出すお題に対して、適切に切り抜けられるかのチェックが始まるのです。
失敗した者は列から離れるように」
あと、失敗したとき、成功した者を列から離すことで身代わりとすることができます。
「この程度なら、誰も失敗しないわよ」
「最初のほうは基本な状況ですから。
終盤は応用な状況の連続です。
気を抜かないように」
「了解。
ところで聞いていい?」
「なんですか?」
「相手はどうしてあんな服装なの?」
「貴族令嬢の服装でこれをやられたら、実家まで問題になるからよ。
切り抜けられて当然、失敗したら恥ですから」
「なるほど。
あと、向こうに知り合いというか、ほとんど顔見知りの場合は?」
「ああ、ユーリさまは五村を拠点にしていましたね。
……知らない振りをして、そのまま続行。
でも、こっちが全滅したときの罰則に手加減の陳情をお願いしてもいいかな?」
「これ、罰則あるの?」
「顔見知りなんでしょ?
ないと思うの?」
「……あるわね」
「頑張りましょう」
「ええ」
私たちは頑張りました。
ウルザさん、間違えたからって逃げようとしないように。
身代わり使って最後まで残ってください。
二回目でも三回目でも大丈夫です。
ほら、指名されましたよ。
ソロパートです。
頑張ってください。
え?
フラウレムさまは私を指名ですか?
ドレステンではなく、アイリスと呼ばれたからには出ざるをえません。
私は身代わりを一回使って最後まで残りました。
ウルザさんたちは……全滅は免れたとだけ言っておきましょう。
ポイント、ありがとうございます。
卒業生「勝負!」 → 在園生「拒否」 → 在園生に罰則(貴族が逃げるな!)
卒業生「勝負!」 → 在園生「応」 → 在園生の全滅 → 在園生に罰則(マナー覚えろ!)
卒業生「勝負!」 → 在園生「応」 → 在園生の生存 → リタイヤ者に罰則(ミスるな!)
できて当然、失敗すれば恥なので、在園生に超厳しい勝負。
ただ、逆襲パートで卒業生側にリタイヤ者が出ると、その卒業生はかなり赤面。
在園生側の参加者に教師が混じる場合もあるので、卒業生側にもリスクがある。