ブレイブボア討伐
俺は五村に拠点を置く冒険者。
名は……まあ、覚えなくてもいいよ。
俺が所属しているチームは、少し前から魔獣を討伐する依頼を受けていた。
五村周辺の村で、作物や家畜に被害が出ているらしい。
ターゲットの魔獣はブレイブボア。
どんな魔獣かと簡単に言えば、猪系の魔獣だ。
強さは……大型になればかなり手ごわいが、中型、小型はそれほどでもない。
ある程度、鍛えた冒険者なら問題なく倒せる。
もちろん、俺でも倒せる。
ただこのブレイブボア。
強い者からは逃げ、弱い者には突撃してくるやっかいな習性がある。
ほんとうにやっかいなのだ。
たとえば冒険者十人でブレイブボアを追いかけた場合、冒険者全員がブレイブボアより強ければ逃げる。
一人でも弱い者がいれば、その者に向かって突撃してくる。
強い者が横にいても気にせず。
なので、弱い者の横に強い者を配置して守らせれば簡単に討伐できそうなのだが……
ブレイブボアは基本、群れで行動する。
なので、数で押され、弱い者を守り切れないことがよくある。
だから、やっかいなのだ。
あ、違った。
一番やっかいなのは、うちのチームで狙われた戦士の心のケアだ。
大丈夫、お前は弱くない。
弱くないぞー。
ブレイブボアの判断なんて、気にするな。
そう、お前にはお前にしかない強さがある。
……え?
例えば?
えーっと……
チーム崩壊のピンチだった。
ちくしょう、ブレイブボアめ!
絶対に許さん!
五日ぶりに五村に戻ると、大きな声でブレイブボア討伐の参加者が募集されていた。
それを聞きながら、俺は討伐したブレイブボアを麓の肉屋に持ち込む。
小さいブレイブボアでも子供ぐらいの重さがあるので、一度に討伐できる数にも限界がある。
俺たちのチームだと、小型のブレイブボアなら五頭、大型のブレイブボアなら二頭までが一度に運べる数になる。
討伐を優先し、討伐を証明する部位だけを切り取って運ぶ方法もあるが、残された部位がほかの魔物や魔獣のエサになってしまい、二次被害を引き起こす可能性があるのであまり推奨されていない。
それに、小型のブレイブボアでもそれなりの値で売れる。
ブレイブボアは美味いからな。
まとまった金を受け取った俺たちは、そのまま五村の冒険者ギルドに。
ん?
賑やかだな。
なにかあるのかと思ったら、ブレイブボアの集団討伐の募集だった。
集団討伐か。
これもこれでリスクがあるんだよな。
万が一、ブレイブボアに突撃されたら、複数のチームのなかで一番弱いやつと言われてしまう。
チームの戦士にはブレイブボアの判断なんて気にするなと言ったが、あの判断は的確なんだよなぁ。
報酬は……あまりよくないな。
倒した数で報酬は増えるが、一頭の討伐額は個別依頼と変わらない。
なのに、倒したブレイブボアの肉は全て冒険者ギルドが強制で買い上げる。
個人で肉屋に持ち込んだほうが絶対に高く売れる。
討伐中の食事は冒険者ギルドが用意してくれるのは助かるが……
なぜこの募集で賑やかなんだ?
この集団討伐以外にも、もっと儲けの大きい依頼があるだろうに?
なにかほかに報酬でもあるのだろうか?
疑問は解消しておきたい。
冒険者ギルドにいる顔見知りに確認した。
「ガルフさんが持ち込んだ仕事だからだよ」
……
なるほど納得。
ガルフさんがこういった依頼を出すことはままある。
その場合、依頼主はガルフさんだが、真の依頼主は五村の村長代理であるヨウコさま。
つまり、この集団討伐はヨウコさまの希望。
ヨウコさまからのお願い!
五村に拠点を置く者として、この依頼をスルーできるだろうか?
できるわけがない!
俺はチームメンバーをみた。
全員が頷いた。
よし、参加だ。
ブレイブボアの集団討伐の日。
俺たちは指定された場所に控え、ブレイブボアを待っていた。
今回の集団討伐は、参加したチームが個々に動くのではなく、全員で追い込んで包囲し、殲滅する作戦のようだ。
参加した冒険者チームの数から、ちょっと大げさだなと思ったが、なんでも狙うブレイブボアの群れは百頭を超えているらしい。
なるほど、集団討伐が必要なわけだ。
「どうだ?」
連絡員が俺たちの近くにやってくる。
ん?
連絡員だと思ったら、ガルフさんだった。
思わず敬礼をしてしまう。
「敬礼はいい。
問題はあるか?」
「問題はありません。
退屈なだけです」
「それはすまなかった。
追い込み役からは、群れを発見したとの報告が入っている。
ここに来るまではまだかかるだろうが、油断はしないでくれ」
「わかりました!
……あの、質問いいですか?」
「ああ、なんだ?」
「あそこにいる一団は、どこの兵ですか?」
俺たちから少し離れた場所に、二百人ぐらいの一団がいる。
エルフが多くて目立つが、ほかの種族もいる。
防具をほとんどの者が装備していないから気になっていた。
「あれは近隣の村から集まった義勇兵だ」
義勇兵?
「集団討伐に参加希望した村人ってことですか?」
「そうだ。
ブレイブボアの被害に、腹を立てているのだろう。
士気は高いぞ。
もちろん、技量もだ。
参加にあたって選抜したからな」
なるほど。
「ついでに聞いてなんですが、奥にいるのは五村の警備隊ですよね?
あれ、第一分隊じゃないですか?」
義勇兵たちのさらに奥に控えている一団を俺は指さす。
第一分隊はピリカ隊長直属の分隊。
ブレイブボアを相手にするには過剰な戦力だ。
それに、集団討伐に参加するなら、五村周辺の魔物や魔獣を退治することを主な任務にしている第三分隊ではないだろうか?
「第三分隊は追い込み役に参加してもらっている。
あそこの第一分隊は……まあ、気にしないでくれ。
邪魔にはならないはずだ」
「わ、わかりましたが……その、場所的にもう少し前に出ないと、役に立たないのではないですか?」
「あの位置じゃないと困るんだ」
「そうなのですか?
失礼しました」
「いや、こちらこそ的確に答えられなくてすまない」
「いえいえ。
あー、質問ばかりしてすみませんが、最後に一つ」
「なんだ?」
「あそこでゴザを広げて食事しているカップル、追い払わなくていいんですか?
場違いとかそんなことではなく、危ないと思うんですけど?」
「あー、たぶん、あそこが一番安全だ。
だから絶対に追い払おうとしないように。
近づくのも駄目だ。
わかったな」
「え?」
「わかったな」
「は、はい……」
「ここだけの話、君たちがこの場に配されているのは実力は当然ながら、普段の行いのよさがある。
それを信じているぞ」
ガルフさんは「信じているぞ」と何回も言って、去っていった。
なんなのだろう?
いや、普通に考えてあんな場所でピクニック気分で食事されると、士気が落ちると思うのだが……
それに、安全に関しては万全って、なにをもってそう言えるのか?
第一分隊が近くにいるだけで、ガルフさんはそこまで言わないよな。
あ、ひょっとしてあのカップルは囮か?
ブレイブボアを呼び寄せるための。
なるほどなるほど。
そう考えれば、第一分隊の配置にも納得だ。
あのカップルを囮にはするが、絶対に傷つけさせないという配置なのだろう。
うん、すっきり。
よし、あとはブレイブボアを討伐するだけだ!
頑張るぞ!
そう意気込んだが、ブレイブボアはいつまで待っても来なかった。
なんでも追い込み役が失敗したらしい。
ブレイブボアの群れは俺たちとは反対方向に向かったそうだ。
うーん、すっきりしない。
そして、群れの移動先の被害を考えると、申し訳ない気持ちになる。
ん?
チームメンバーが変な声をあげた。
どうした?
声をあげたチームメンバーは空を指さした。
空?
鳥の群れ?
いや、違う!
ワイバーンの群れだ!
しかも、十や二十の数じゃない。
百……いや、二百はいる。
まずい。
こっちはブレイブボアを討伐するための装備だ。
ワイバーン用の装備は持ってきていない。
しかも、ワイバーンはブレイブボアよりも圧倒的に強い。
それが二百って……
だが、慌てない。
ワイバーンたちが素通りする可能性だってある。
あ、義勇兵の連中、弓を構えだした。
やめろ、ワイバーンを呼び込む気か!
あ、ガルフさんが行って弓を構えている義勇兵たちを抑えた。
さすがだ。
第一分隊は落ち着いて、完全に戦闘態勢。
頼もしい。
だが、相手は空を飛んでいる。
地上からの攻撃では限界がある。
……
俺は諦めんぞ。
ワイバーンたちはこっちを攻撃してこなかった。
だが、通り過ぎもしなかった。
ワイバーンたちは、ガルフさんの前にブレイブボアの死体を山のように積み上げていた。
大きさ関係なく、かなりの数。
ひょっとして、俺たちが狙っていたブレイブボアの群れだろうか?
そして、なぜそれをガルフさんの前に積み上げるのだろうか?
ガルフさんも困っている様子だが……
あ、ワイバーンたちが去っていった。
まるで逃げるように。
なんなのだろう?
わけがわからない。
わけがわからないが、俺たちの仕事は終わったようだ。
え?
ブレイブボアの運搬の仕事ですか。
運んだ数、討伐したと同じ扱いにしていただけると?
しかも、販売代金はそのままいただいてかまわない?
運ばせていただきます。
変な日だった。
ちなみに、冒険者ギルドが安く買い上げたブレイブボアの肉は、被害がでた村に無料で配られたそうだ。
最初っからそう言ってくれたら、販売代金を受け取らなかったのに。
もう。
隙をみて書きました。