食文化と音楽文化
フェニックスの雛のアイギスは、成長を見せてはいるがまだ雛だ。
オルトロスのオルも出会ってからそれなりに日数が経つが、まだまだ子供。
フェンリルの子供たちも、子供とわかる期間はそれなりに長かった。
ヨウコの娘であるヒトエは百年以上も子狐のままだ。
一方、姉猫、子猫たちは、すでに成猫と言ってもいい姿。
クロの子供たちは、あっというまに大人と変わらない姿になる。
……
法則とかあるのかな?
「種族ごとに違うだけです。
あまり気にしても仕方がありませんよ」
通りかかったハイエルフの一人に教えてもらった。
そうか。
気にしても仕方がないなら、気にしない。
とりあえず、体は大きいが若い虎であるソウゲツはまだ子供。
そう扱うことにした。
姉猫たちから不満の声があがったけど、気にしない。
一村では、冬のあいだに食材の研究をしていたらしい。
その研究結果の報告を俺は受ける。
といっても、なかなか有益なものはない。
でもかまわない。
研究に失敗はつきもの。
研究し続けることが大事。
まあ、失敗しているあいだは食べ物を無駄にしているようで辛いかもしれないけど、成功すれば食文化が進む。
それに、成果がないわけでもない。
「これ、パサパサしておいしくないー」
なぜか俺の横に妖精女王がいて、試作品をかじっては文句を言っていた。
おいしくないか。
そうか。
妖精女王が食べた試作品は、モチ米を粉にしたものと、トウモロコシから抽出したデンプンを混ぜて作ったもの。
つまり、最中の皮だ。
一村の住人はこの最中の皮を、食感がおもしろいけど味の研究がもう少し必要な謎の食べ物と言っている。
試作品なので、板状しかないのは残念だが……
俺は最中の皮をとり、餡を乗せたあと、別の最中の皮で蓋をして妖精女王に渡す。
「……………………なるほど、やるではないか!
一村!」
ふふっ。
まだ甘い。
同じく最中の皮の片面にチョコを塗り、今度はアイスを乗せて妖精女王に渡す。
「……………………甘味界に革命が起きたようだ」
満足していただけたようだ。
ちなみに片面にチョコを塗ったのはアイスで最中の皮がふやけないようにするため。
この最中の皮はいまみたいな感じで使えるから、形状に工夫をしてもらえると助かるかな。
あと、一村の研究で成功と胸を張って持ち込まれたのはモチ。
これまでのモチと違い、もち米を砕いたあと砂糖を加えながら練った、柔らかさがかなり持続するモチ。
いわゆる、大福モチに使われているモチ。
これはこのままでも甘くて美味しいが、豆を入れたり、餡を入れたり、餡とイチゴを入れたり、アイスを入れたりと色々とやれる。
サンプルとして俺がいくつか作ると、妖精女王が天才と褒めてくれた。
いや、俺のアイデアじゃないから胸は張れないけどな。
いつのまにか試食に参加している聖女のセレスが、五村にある“甘味堂コーリン”の商品が増えたと喜んでいる。
「これまで出していた季節の団子は、素材や塗している物の違いでしかなかったのですが、これによってさらなる展開ができます!」
それはかまわないが、量産体制ができないと……五村の教会で働いている人たちで頑張る?
いいけど、宗教方面の仕事は大丈夫なのか?
教会で働く人の大半が、“甘味堂コーリン”で売る商品の製造に関わっているという噂を聞いたことがあるぞ。
「それは間違った噂ですね。
大半ではなく全員が関わっていますよ」
……いいのか、それで?
「これも修行です」
まあ、責任者が問題ないと言ってるなら問題ないのだろう。
“甘味堂コーリン”で作った商品は“クロトユキ”や“青銅喫茶”にも卸してもらっているしな。
大福モチも期待しよう。
……
もち米の需要が増えるな。
いつもは秋にもち米を作ってるが、夏から作るようにしようか。
今年の春の分は、もう耕し終わったから。
……
………………
セレスのやる気をみて、俺はもち米の畑を耕すことにした。
足りないよりはいいだろう。
五村ではカラオケが人気らしい。
もちろん、俺の知っているカラオケではない。
大きな舞台の中央に歌い手が立ち、リュート、ハープ、太鼓、横笛のバンド隊の演奏に合わせ、魔法で声を大きくして歌う。
これのどこがカラオケだ?
バンド隊が演奏しているなら普通のオーケストラだと疑問に思われるかもしれないが、安心してほしい。
俺もそう思っているから。
なんでもこのカラオケ、ユーリの知り合いの貴族のお嬢さまたちが、仕事として始めたことらしい。
バンド隊として活動したいのだけど、ボーカルであるユーリは本業があって忙しい。
とくに今は短距離転移門で各地の調整に苦労しているそうだ。
そんな状態なので、バンド隊は仕事が無い状態。
一応、ユーリも彼女たちを心配して仕事を斡旋したのだが、その仕事はファイブ君のアシスタント。
ユーリ以上にファイブ君をライバル視していたらしく、その仕事は不本意だったそうだ。
そこで考え出したのが、このカラオケ。
歌いたい人のバンド隊になって演奏するだけなのだが、歌いたいという人は意外と多いらしい。
五村は移住者で構成されているからか、故郷の歌を熱唱する人やそれを聞いて涙する人が多いそうだ。
収益は歌い手から時間で頂戴し、観客は無料。
最初は小さい場所で始めたのだが、いつのまにやら人気になって大きな舞台を借りても大丈夫なほどになっている。
大きな舞台だと気後れするんじゃないかと思うけど、人気は俺に報告が入るぐらいには保っている。
みんな、度胸があるなぁ。
そして、俺がこの音楽活動にカラオケと名づけてしまった。
うっかりだ。
名称の質問が書類に紛れていて、思いつくままに答えてしまった。
反省している。
そして、撤回がむずかしいぐらいに広まったのは……カラオケの名前の響きがよかったからかな?
もしくは文官娘衆たちの働きのよさということにしておこう。
ちなみにというか当然だが、カラオケの歌い手は基本的に素人。
なので歌唱力には大きな差がある。
つまり、下手な人の歌も魔法で大きくして周囲に響かせる。
ちょっとした騒音問題を発生させると同時に、何軒かの歌を教える音楽教室ができたそうだ。
頑張ってほしい。
……
ところで質問なんだが、ラーメン女王と呼ばれているのはバンド隊の誰なんだ?
太鼓の人?
へー。
毎日、色々なラーメンを食べ歩いているのに体形が崩れていないな。
でも、納得。
彼女への差し入れがラーメンの出前だったから。
ユーリ 魔王の娘。王姫。普段は五村で働き、大樹の村で寝泊まりしている。
いまは短距離転移門関連の仕事のため、各地を訪問中。
屋台の種類、ありがとうございます。
参考にさせていただきます。
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書籍、コミックス、2020年8月7日発売予定です。
よろしくお願いします。