気分転換
上半身裸で目隠しをした魔王が、腕立て伏せの体勢になった。
俺はその魔王の背中に、ランダムで選んだ猫を一匹、乗せる。
「サマエル!」
正解。
次。
「ウエル!」
正解。
じゃあ、二匹。
「アリエルとミエル!」
正解。
ここでフェイント。
「……………………………………………………ソウゲツに乗ったミエル、ラエル、ウエル、ガエル!」
おおっ。
完璧だ。
さすが魔王。
俺は全問不正解だったのに……
これが愛なのか!
そして、ソウゲツを背に乗せたまま腕立て伏せができるのもすごいぞ!
なにをやっているのかって?
仕事の合間の息抜き。
ちょっと忙しかったから。
わかってる。
間違っているって。
息抜きなら別のことを選ぶべきだった。
部屋の外では数えきれないぐらいのクロの子供たちが背筋を伸ばしたり、手足をぶらぶらさせてウォーミングアップをしている。
上をみれば、ザブトンの子供たちも期待した目でこっちをみている。
……
これは猫たちと遊んでいたんじゃなくて、魔王と遊んでいたんだ。
このあと、文官娘衆たちと大事な会議があるんだよ。
そう言えば、クロの子供たちとザブトンの子供たちは引き下がってくれるだろう。
さびしい目をしながら。
そんな目をさせるわけにはいかない。
今日の仕事はここまでのようだ。
俺はクロの子供たちとザブトンの子供たちを引き連れ、森に向かった。
狩り。
クロの子供たち、ザブトンの子供たちが一斉に遊べるのでとても便利。
デメリットは怪我をする危険があることだが、年齢を重ねた個体が全体を見守っているのでそうそう怪我もしない。
ザブトンの子供たちが獲物を見つけ、クロの子供たちが俺のところに追い込んでくる。
……
別に俺が仕留める必要はないんじゃないかな?
いや、倒すけどね。
牙の生えた兎、巨大な猪、太いイタチ……
大事な食料だ。
しっかり仕留めていく。
そういえば、ゴロック族のいる東のダンジョンにいたブラッディバイパーの群れは、無事に移動したらしい。
ハクレンが勇んで行って、一匹しか捕まえられなかったと残念がっていた。
ただ、ゴロック族は無事だったが東のダンジョンに被害が出たので、俺たちの訪問は延期となってしまった。
挨拶だけでもと思ったのだが、ゴロック族から礼を失するのでご容赦をと言われると強行はできない。
残念だ。
いつのまにか、俺の周囲にはハイエルフたちがいて、血抜き処理をしてくれていた。
狩りはハイエルフたちの領分だからか、さすがに手際がいい。
そして、ウルザ、アルフレート、ティゼルたちもいた。
こっちは仕留める作業をやっている。
春なので三人は学園に行かなければいけないのだが、慌てて行く必要もないとハクレンやルー、ティアが言うのでのんびりしている。
魔王がやっている短距離転移門で王都とシャシャートの街を繋ぐ計画が上手くいけば、徒歩でも学園に行けるようになるしな。
俺も急いで学園に行けとは言わない。
が、狩りで前に出るのは止めるように言う。
いや、頑張って仕留めているけど。
見ててハラハラする。
あと、ティゼル。
食料だから……その、ゴーレムで潰すのはなしで。
食べられなくなるから。
ちなみに、ウルザの友達のイースリーもまだ村にいて、牛や馬の世話を手伝ってくれている。
そのイースリーに、なぜか山羊たちはちょっかいをかけない。
なにかコツがあるのかと聞いてみたら、殺気を出すことだと言われた。
邪魔をしたら食卓に乗せる。
そう思っていれば寄ってこないと。
なるほど。
俺には無理そうだ。
しかしイースリーよ。
山羊たちを甘くみて油断してはいけないぞ。
絶対、なにかしてくるから。
少し離れた場所で、小さい悲鳴が聞こえた。
クロの子供の一匹が穴に落ちて怪我をしたようだ。
大丈夫か?
骨折……じゃないだろうけど、素人判断は危険だ。
ヒビが入っているかもしれないしな。
ああ、わかってるわかってる。
テンションが上がって油断したんだな。
お前を責めたりしないから、無理に動こうとしないように。
村に戻ればルーやフローラの治癒魔法があるし、なんだったら世界樹の葉を使ってもいい。
狩りはここまでと言おうとしたら、一頭のクロの子供がやってきた。
どうした?
やってきたクロの子供の背中から、真っ白なホーリースライムが出てきた。
そして、ホーリースライムが怪我をしたクロの子供に治癒魔法を使ってくれた。
こんなこともあろうかと、連れて来ていた?
さすがだ。
助かった。
俺はホーリースライムを乗せていたクロの子供を褒める。
怪我をしたクロの子供も、しっかり歩いて治ったことをアピールしてくれる。
よしよし。
ところで酒スライムは?
ホーリースライムの護衛?
森の中は危険?
なるほど。
確かに森の中は危ないからな。
しっかりホーリースライムを守ってくれ。
酒スライムが任せろと跳ね、クロの子供の背中から落ちた。
……
酒スライムはクロの子供の足をよじ登り、背中に到達。
落ちたことをなかったことにして、任せろとやる気だ。
跳ねて同じ失敗をしないことは、評価する。
多くの獲物を運び、村に戻る。
いい気分転換になった。
だから文官娘衆のみんな、怒らないでほしい。
わかっている。
ちゃんと会議には出る。
約束だ。
そして、君たちの休みに関しても考慮しよう。
仕事が終わってからだが。
俺が文官娘衆に謝っていると、泥だらけになったイースリーがやってきた。
怪我はないようだが、なにがあった?
「山羊が鶴翼の陣で私を包囲し、泥池に誘導されました」
……
あの山羊たちって、鶴翼の陣を使うの?
使うらしい。
そして、泥池に落とされたイースリーが本気で怒ったところで、山羊たちは全力で散って逃げたそうだ。
「一頭、見せしめが必要です。
許可をもらえますか?」
すまない。
俺が謝るから許してやってくれ。
あの山羊たちも悪気は…………………………悪気しかないかもしれない。
ただ、山羊のミルクはちゃんと提供しているんだ。
村で仕事をしている以上、俺は守る。
うん、今度、きっちり叱っておくから。
俺で駄目なら、牛に叱ってもらおう。
ゴロック族「私たちに会うには、まだ運命力が足りないようですね」
お待たせしました。
更新が滞り、すみません。