海岸のダンジョンの存在理由
どんな趣味を持っていても、それは自由。
誰も制限はしない。
だけど、他者に迷惑をかけるのはよろしくない。
「さすがに私も反省して、もう誘拐はやっていない」
それは当たり前のことだから。
善行を積んだような顔で言われても困る。
失礼な話だが、始祖さんはどうしてヴェルサと結婚したのだろうか?
「趣味が絡まなければ優秀だし、妻として問題らしい問題はないんだ。
私の趣味も受け入れてくれたし……」
始祖さんの趣味?
「ルマニは神が大好きだからね。
私に近づいたのも、魔神様のことが聞きたかったからだし」
それがきっかけで、お付き合いすることになって結婚と。
「結婚当初は、ヴェルサは普通の文学好きだったんだ。
それがいつのまにかあんなことになっていて……」
すごく遠い目をしている始祖さんは疲れたのか、部屋から適当な椅子を出して座った。
それを見て、ヴェルサは俺の椅子を用意し、部屋の外にいるメイドさんを呼ぶ。
「ルマニとヒラク、それと私の分のお茶を。
インフェルノウルフたちやデーモンスパイダーたちは飲むのかな?」
クロの子供たちとザブトンの子供たちは遠慮しますと返事。
「そうか。
欲しくなったら、いつでも言うんだぞ」
うん、たしかにいい人っぽい。
俺、始祖さん、ヴェルサでテーブルを囲む。
メイドさんが人数分のティーセットを持ってきて、目の前で紅茶を注いでくれた。
「別室で待たせている者たちにも、粗相のないように」
「そちらにはコリーとハーキンを向かわせています」
メイドさんはそう言って、俺たちの前にケーキを並べてくれる。
初めてだな。
外でケーキを出されるのは。
……
あれ?
この味って?
俺がメイドさんをみると説明してくれた。
「これは最近、なにかと話題になっている五村のとある店で出されているケーキです。
無理を言って持ち帰らせてもらい、魔法で保存しております。
お店で食べる物に比べると、少々風味が落ちているかもしれませんが、ご容赦ください」
えーっと……
「甘味は苦手でしたか?」
いや、そうではなく……
どう言おうか迷っていると、始祖さんが代わりにメイドさんに伝えてくれた。
「彼は大樹の村の村長だが、五村の村長でもある。
そして、このケーキを出している店、クロトユキの店長もやっている」
「あら、そうでしたか。
知らなかったこととはいえ、失礼しました。
ご容赦ください」
いや、悪い気はしないよ。
今度、店長代理にも伝えておこう。
「店長代理とは、キネスタさまのことでしょうか?
五村鉄牛軍の監督もやっていますよね」
そうだが、詳しいな。
「クロトユキには、よく通わせてもらっていますので」
それはそれは、ご利用ありがとうございます。
……
通っている?
そういえば、ここってどこになるんだ?
この疑問には、ヴェルサが答えてくれた。
「お主らがクリアしたダンジョンのほぼ真下になる。
山一つ分ぐらい地下かな」
山一つ分……五百メートルぐらいかな?
それなりに地下なんだな。
メイドさんもあの転移門を通って、五村に行っていたのかな?
「いえ、正門の転移門はダンジョン用ですので。
外出用に別の転移門がありますので、そちらを使っています」
メイドさんが補足してくれる。
なるほど。
だから、通えたわけか。
……
ヴェルサも、通ったりしたのかな?
まさか、五村にここの本を売ったり……
「それはない」
本人ではなく、始祖さんが否定した。
「ヴェルサはここから離れないからね」
それはまた、どうして?
封印されているとか?
「いや、極度の引きこもりだから」
「外出って……意味がわからないのよね」
……それでいいのか?
ちなみに、過去の誘拐事件は部下に実行させたそうだ。
「それに、彼女は自分の本を売ったりはしない。
作品を我が子のようにかわいがっているからね。
そういった意味では、助かる部分なのだが……」
助からない部分があるのかな?
「求める者には、遠慮なく見せるんだ」
えーっと……
ひょっとして、誰もヴェルサに近づけないようにあのダンジョンを作ったとか?
「いや、あのダンジョンは別の目的がある。
というか、ヴェルサには役目があってね」
役目?
「ふふふ。
これでも“知識”を司る悪魔なのよ」
ヴェルサが立ち上がってポーズを決める。
「簡単に言えば……この世界に生まれし魔物、魔獣の種族の名付けは、彼女がしている」
……
つまり、インフェルノウルフにインフェルノウルフって種族名をつけたのがヴェルサってことか?
「その通り」
ヴェルサが得意気な顔で頷いている。
「もちろん、独断と偏見で名付けたりはしていないからね。
ちゃんと周囲の者たちがどう呼んでいるかも考慮して、名付けてるから安心して」
安心?
安心かな?
まあ、好き勝手に名付けていないのはいい事か。
しかし、名付けるのはいいとして、それをどうやって外部に伝えているんだ?
外出しないんだろ?
「それは本を使っている」
メイドさんが一冊の大きな本を俺に見せてくれた。
「この本が親本で、模倣本と呼ばれる本が数百冊ほどある。
親本に加筆すれば、模倣本にも同じように加筆される」
ああ、昔、シャシャートの街にいるミヨとの連絡に使った紙の魔道具みたいなものか。
原理はなんとなくわかったが……
その大きな本。
どこかで見たような……
いや、そのサイズではなく、もう少し小さい。
「ヘルゼルナークが持っていた本だろう」
始祖さんの言葉で思い出した。
そうだ、ヘルゼが村に来たときに持っていた分厚い本。
その本で、クロは王を統べる者、ユキは王を統べる者の妻だと教えてもらった。
あれが模倣本だったのか。
「その模倣本を持たない者が、魔物や魔獣の知識を求めてヴェルサの元にやってくるのだが……
ある時、限度を超える数がやってきてね」
「ルマニが私のためにダンジョンを作ってくれたのよ。
試練を与え、それを乗り越えた者にのみ知識を与えるという風にね」
なるほど。
あのダンジョンは始祖さんプロデュースだったのか。
「私だけの案と力で作ったものではないのだけどね。
知識を求めてくる者は貧弱な場合が多いから、安全面と難易度調整には苦労した」
今回はそれに助けられたな。
「あの試練のダンジョンのお陰で、知識を求める者が訪れることは減ったのだけど、ヴェルサの本を求める者は変わらずやってきてね。
本の持ち出しは禁止だけど、写本は許可していたから一部は流出していると思う。
まあ、三千年ぐらい前の話だけど」
「ルマニが家出をしたときにダンジョンの入り口にガーゴイルの像を置いたから、誰も来なくて寂しい思いをしたものだ」
「ふんっ。
…………ガーゴイルの像はそのままあったが、壊そうとは思わなかったのか?」
「あれもルマニの作だからな。
壊すのは忍びなかった」
「……そうか」
……
えーっと……
遠慮なく壊してすみませんでした。
遅くなりました。
グッチ「ヴェルサ? 私の祖父さんの世代の悪魔ですね」
ドース「父の父の父の父ぐらいなら知ってるかも」
一部の文官娘衆「一部の層から神として崇められている伝説の作家ですね。……まさか、新作の情報があるのですか? 本人と会った!! う、う、羨ましい!!!」