カニ
カニ。
これまで、ゴロウン商会を通してシャシャートの街から購入したカニを食べてきた。
味に不満はない。
美味しい。
昔は村でカニを好んで食べようとする者は限られていたが、最近では大半の者が手を伸ばすようになっている。
そんなカニだが、俺には一つだけ不満があった。
それは購入したカニの種類。
カニは大きな樽に詰め込まれて運ばれるのだが、その中のカニの種類が統一されていない。
どれもこれも名前は知らないが、種類が違うのは見ればわかる。
なのに、「カニ」の一言でまとめてしまう。
それゆえ、こういったカニがほしいと要望を伝えても、うまくいかない。
何度も要望と違うカニが持ち込まれた。
まあ、全部食べたけど。
美味しかったけど。
カニに対する俺のこだわりが理解されないのは残念だった。
さて、目の前に巨大なカニがいる。
あの形状。
間違いない。
ズワイガニだ。
サイズは全然違うけどズワイガニだ。
地域によっては松葉ガニや越前ガニと呼ばれるズワイガニ。
もちろん食用。
過去、冬になるたびにスーパーで見かけ、値段を見て諦めたズワイガニ。
サイズは全然違うけどズワイガニだ。
……
小さいよりは大きいほうがいいよな。
うん、問題はない。
俺は自然と両手を胸の前で合わせ、祈った。
「いただきます」
「村長。
あの、そういったことは倒してからにしたほうが……」
横にいたラミア族に指摘され、俺は正気に戻った。
そうだ。
ぼやぼやしていては逃げられる。
俺は素早く指示を出す。
「クロの子供たち、ザブトンの子供たち、海に入ってよし!」
俺の指示を聞いたクロの子供たち、ザブトンの子供たちが一斉にカニに襲いかかった。
これまでクロの子供たちとザブトンの子供たちがカニを相手に攻撃していなかったのは、俺が海に入らないようにと注意したからだ。
それを律儀に守ってくれるのは嬉しいが、襲われているときは守らなくていいんだぞ。
次からは忘れずに、そう付け足しておこう。
クロの子供たち、ザブトンの子供たちの活躍で五匹のカニは仕留められた。
俺の制止が遅く、五匹……いや、五杯のカニは焼きガニになってしまったが……
魔法を使ったクロの子供たちが悪いわけじゃないんだ。
安全第一だ。
仕方がない。
何匹かは焼こうと思っていたし、手間が省けたと喜ぶべき……駄目だ。
火力が強すぎた。
中まで消し炭になってる。
食べられそうな部位はない。
……
うん、大丈夫。
ただ、下を向くのは無理かな。
目から流れる汗が零れちゃう。
子供たちも見ているしな。
クロの子供たちも気にして、落ち込んでしまう。
だから泣かない。
うん、頑張る。
「村長、村長!」
俺を呼ぶのは鬼人族メイドの一人。
海の種族が目を覚ましたらしい。
事情を聴かなくては……違う?
海?
……
そこにはカニがいた。
二十匹を超える巨大なズワイガニ。
……この頬に流れる涙は、悲しみの涙じゃないはずだ。
「おかわり、ありがとうございます!」
「あの、そのサイズのカニは有毒なので食べないほうが……」
目を覚ました海の種族に、そう言われた。
俺は膝から崩れ落ちた。
だって、このサイズのカニを茹でるため、岩場に大きな穴を掘り、水を張って焼けた石を投入していたところだったから。
神様がくれた【健康な肉体】は毒すら無効化するかもしれないけど、だからといって毒と指摘された物を食べるのは間違えていると思う。
それに、俺だけ食べられてもな。
残念だ。
「もう少し小さいサイズ……片手で持てるサイズになってしまいますが、それなら毒を持っていませんから、獲ってきましょうか?
その辺にウジャウジャいますからすぐですよ」
海の種族の言葉。
「……これと同じ種類?」
「ええ」
……
俺たちは海岸のダンジョンの攻略にやってきたことも忘れ、カニ料理を楽しんだ。
うん、ごめん。
本当にダンジョンのことを忘れていた。
始祖さんが戻ってきて、思い出したぐらい。