シャシャートの街の女王
シャシャートの街には港がある。
つまり、海が近い。
少し歩けば、砂浜の海岸もある。
砂浜で遊ぶ文化はないが、海産物の加工の場として使うので定期的に清掃が行われている。
しかし、それはシャシャートの街のごく近くだけ。
それ以外の場所は、漂着した木や海草などで意外に汚れている。
そんな海岸の清掃を指示し、綺麗にしたのがミヨだった。
なんでまた、急にそんなことを?
俺はひさしぶりに大樹の村に戻ってきたミヨに聞く。
「大樹の村にお金が集まりすぎる件の対策の一つです。
ヨウコさまから相談と同時に樽で金貨が送りつけられたので、とりあえずやってみました。
この件は報告していると思いますが?」
対策でなにかやっているとは聞いていたが、海岸の清掃作業だとは思わなかった。
なるほど。
「ただ、金貨の消費はそれほど進んでいません。
清掃員としてシャシャートの街の住人と、近隣の海の種族にお願いしているのですが、作業内容からそれほど賃金を払えませんから」
まあ、そうだな。
「そして、その清掃員たちを相手に屋台を出しているので、八割は回収しています」
なぜ回収する?
「そう言われましても、やっていることは広く住人にお金を配る政策ですから……」
いや、そうかもしれないが、わざわざ屋台を出さなくてもだな。
「普段、お金を持たない海の種族の人たちが購入しやすいようにです。
即応性があるのはマルーラのスタッフですので」
むう。
「これにより、五村に押されつつあるシャシャートの街の景気が大きく上向きました」
シャシャートの街の景気、悪くなっていたのか?
「悪くはありません。
ただ、悪くなる前に対策するものですので。
イフルス代官から、その件で村長にお手紙を預かっています」
俺はミヨから厳重に封のされた手紙を受け取る。
シャシャートの街の景気向上に協力してくれてありがとう。
お礼にビッグルーフ・シャシャートに関わる人の人頭税はなしでいいから。
そういえば船も持っているそうですね。
入港税もなしにするからいっぱい儲けてね。
困ったことがあったら相談に乗るから遠慮なくどうぞ。
マルーラのカレー、美味しいです。
レシピほしいなー。
ミヨに休暇を与えてあげてくださるよう、伏してお願い申し奉り候。
そんな感じの内容が、すごく丁寧な言葉で書かれていた。
……
ミヨに休暇を与えてほしいの関連の部分、字と文が乱れているけど脅迫とかされたんじゃないよな?
ミヨがしてないと言ってるので信じよう。
手紙の内容は承知。
景気向上は俺の手柄じゃない。
ミヨを褒めておこう。
人の数に応じてとられる人頭税と入港税をなしにしてくれるのはありがたいが、またお金が貯まる。
まあ、これは俺の手元ではなく、ビッグルーフ・シャシャートやマルーラなので気にしなくてもいいか。
代官さんに相談することは、いまはないな。
言葉をありがたくもらっておこう。
マルーラのカレーのレシピは、最初は俺のレシピだが、いまはマルコスたちの研究の成果だ。
さすがにこれは渡せない。
ただ、代官が要望したときに料理人を派遣できるように、マルコスたちに伝えておこう。
ああ、今すぐにとかは言わない。
数年計画でかまわない。
ミヨに休暇を与える件も問題ない。
俺が与えるまでもなく、それなりに休んでいると聞いている。
……………………ん?
俺は代官さんの手紙をもう一度、確認する。
ミヨに休暇を与えてほしいの部分だけ字と文が乱れているのはさきほど確認したが……
乱れ方に法則がある。
ああ、なるほど。
乱れている字だけを拾っていけばいいのね。
文体が乱れていたのは、文字数を稼ぐためか。
ふむふむ。
『ミヨをシャシャートの街から離さないで、お願い』
……
えーっと……
まず、なぜこんな仕掛けを?
ミヨ、代官さんがこの手紙を書くとき、お前はそばにいたのか?
「すぐ横で見張っていましたよ」
そうか。
見ていたじゃなくて、見張っていたのか。
……
「ミヨ。
これまでいろいろと頑張ってもらったことだし、代官さんからも頼まれた。
褒賞メダル二十枚と、来年春までの休暇を与える。
ただし、休暇中の滞在はシャシャートの街を中心とするように」
「ありがとうございます。
ですが、なぜシャシャートの街に滞在するのです?」
「あー……海の種族に仕事を頼んでいるのだろ?
交渉窓口が変わるのはよくない。
休暇中でも、その対応はしてもらいたい」
「なるほど。
そうですね。
わかりました。
えっと、シャシャートの街に戻るまえに、褒賞メダルの交換をしてもかまいませんか?」
「それは問題ない。
それに、せっかく戻ってきたんだ。
今すぐシャシャートの街に行けとは言わないよ。
温泉地にでもいって、しばらくのんびりするといい」
「ありがとうございます。
あと、四村にも顔を出したいのですが」
「もちろん、かまわない。
万能船の運航スケジュールをミヨに合わせて調整してもらおう」
「いいんですか?」
「ミヨにはシャシャートの街の担当として頑張ってもらっているからな。
それに、万能船の船長はトウがやっている。
スケジュール変更は逆に喜ぶ」
「ああ、わかります。
文句を言うくせに、きっちりやるんですよね」
そのあたりはミヨと同じだなと思いつつも、口にしないだけの分別をもっている。
ミヨには苦労させている。
感謝の気持ちを込めて、ミヨの像を彫ってシャシャートの街に送ってみるのはどうだろう。
……
扱いに困るな。
送るのはやめておこう。
このあとも、ミヨと細々とした話をする。
話の基本は、街道計画だな。
なんでも魔王国の王都に向かう道と途中の村を整備し、移動時間を短縮させたいらしい。
その計画にビッグルーフ・シャシャートが資金提供する予定だったが、俺の判断で大樹の村の資金で出すことにした。
お金、使いたい。
あと、ビッグルーフ・シャシャートで稼いだお金は、なるべくシャシャートの街で使ってほしい。
マルーラの稼いだお金も同じく。
シャシャートの街の防災や備蓄に使うのがいいんじゃないかな。
それと、海の種族の話も聞く。
彼らはいまも、揉めごとは美食勝負……失礼、海の変わった食べ物での度胸勝負だそうだ。
ああ、ミヨも食べたのか。
美味しいだろ?
獲れたてだしな。
醤油があれば無敵?
確かに。
それで、なんだ?
俺にお土産?
ヌメヌメした海草だな……
ああ、モズクか。
酢で美味しくいただいたら、ミヨが敗北した顔をしていた。
ミヨの勝負のときにモズクがでて、そこでギブアップだったらしい。
「さすが村長。
私は海の種族から悪食女王と呼ばれていましたが、まだまだ未熟だったようです」
悪食女王って……
いや、その流れだと俺は悪食王か?
海産物を美味しくいただいているだけなのに。
ちょっと不満。
ミヨは温泉地に向かった。
予定では六日ほど滞在予定だ。
苦労させた分、もてなそう。
それはそれとして……
俺はミヨから相談された問題について考える。
それは海岸の清掃時の問題。
なんでも海の種族が汚れた場所を探して広範囲に清掃をしたため、何箇所かの洞窟を発見した。
ただの洞窟なら問題はないのだが、何箇所かの洞窟には財宝が納められていた。
海賊か盗賊が隠していたものだと推測される。
発見者に渡せばいいと思うが、清掃時に発見した物の所有権は依頼者であるミヨの物になってしまうらしい。
なのでミヨは発見者に特別報酬を渡し、財宝を獲得。
そして、ミヨは業務中での取得物なので、財宝は俺の物だと言う。
ならば、俺はシャシャートの街に寄贈をと考えたのだけど、代官さんの代理人もやってるミヨに断られてしまった。
俺は寄贈のつもりでも、外から見れば代官さんが取り上げたように見えるからだそうだ。
それに、その寄贈に関しての代価を考えると受け取れないと。
寄贈に代価がいるのかなと思うのだけど、この世界の寄贈には見返りがあって当然か。
与える一方では押し潰してしまうと昔、注意されたことを思い出したのでやめた。
なので、その財宝は五村で展示することにした。
どこそこの洞窟で発見。
発見者は誰それと書いて展示すれば、発見者にも名誉になるだろう。
それと、そうやって展示しておけば誰かが自分の物だと言うかもしれない。
嘘は駄目だが、ちゃんとした根拠のある所有権の主張なら素直に渡す。
ぜひ、出てきてほしい。
これで解決したと思ったのだけど、一箇所だけ問題が残った。
洞窟にあったのは財宝ではなく、ダンジョンの入り口。
人の手が加えられた神殿風。
防犯用に設置されたであろうガーゴイルの様子から、未踏破っぽい。
……
どうやら、このダンジョンの最初の探索権が、俺にあるらしい。
うーん。
冬にでも、探索隊を編成してダンジョン探索をしてみるかな?
冬の動けない時期なら、参加希望者は多いだろう。
俺も参加できるといいのだけど。
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