オルトロス観察日記
オルトロスの子はグーロンデによって、オルと名づけられた。
オルは、グーロンデの部屋で寝ている。
グーロンデが部屋の隅に毛布を敷いたら、そこが気に入ったらしい。
ただ、ギラルがいるときは部屋の外で寝ている。
ギラルが睨むからかな。
ちょっと寂しそうだ。
普段のオルは、グーロンデのあとをついて回っている。
どこに行くにも一緒だ。
でも、さすがにトイレや風呂にはついていけない。
なので、扉の前で悲しそうに鳴くだけだ。
グーロンデはちょっと困った顔で笑ってる。
グーロンデが子供たちの授業をするときも、ついていけない。
子供たちに弄られるから。
最初は耐えていたのだけど、我慢できずに吠えた瞬間、子供たちの護衛をしているクロの子供たちに取り囲まれていた。
グーロンデの背後に隠れながらの悲しそうな鳴き声だった。
これ以後、オルは子供たちには近づかない。
近づけないのかな?
なのでグーロンデが子供たちの授業に向かう時間になると、グーロンデの進路を防ぐような行動をする。
ただ、本気で邪魔をすると怒られるのがわかっているので、ポーズだけだ。
グーロンデに二つの頭を交互に撫でてもらい、オルはしぶしぶ道を譲る。
そしてふて寝。
一時間ほど横になったあと、行動開始。
オルの日課の時間だ。
オルの日課は、自分より弱い者を探すこと。
ただ弱ければいいわけではなく、拘りがあるのか対象は四本足で生活する者に限定されている。
なので俺やスライムは対象外。
対象はインフェルノウルフ、フェンリル、ケンタウロス族、馬、牛、豚、羊、山羊……あと亀と猫。
頑張っている。
頑張っているが、成果はない。
温泉地からやってきたライオンや、大樹のダンジョン内で生活しているダンジョンウォーカーも駄目だった。
最近は、遠くを眺めてたそがれていることが多い。
まだ子供なのに。
たそがれているオルをなんとかしてやりたいとも思うが、どうすればいいのだろうか?
オルトロスは普段、どんな生活をしているんだ?
ルーに聞いてみた。
「牛を守る番犬として飼育されることが多いかな」
牛に勝負を挑んで負けていたが?
「守る者と守られる者でも、格付けは必要だからでしょ」
そうかもしれないが……
どうしよう。
ルーの意見を参考に、牧場エリアに放り込んで牛の番をしてもらうのは……やめておこう。
山羊にも負けてたからな。
苛められるかもしれない。
とすれば……
オル専用の小さい牧場を作って、そこで頑張ってもらうか?
あ、一頭の牛が協力してくれそうだ。
ならばやってみよう。
俺は居住エリアに、五メートル四方の簡易牧場を作った。
グーロンデに連れられ、簡易牧場にやってきたオル。
牧場が小さいと顔は不満そうだったが、尻尾は全力で振られている。
そして、グーロンデから牛を守るように命令され、嬉しそうに吠えていた。
俺の名はオル。
主にそう名づけられた誇りあるオルトロスだ。
主は超優しい。
そして超強い。
匂いでわかる。
なので主だ。
村長なる男。
あれは駄目だ。
匂いが怖い。
狼や蜘蛛の匂いがプンプンする。
もちろん、普通の狼や蜘蛛なら俺が恐れることはない。
普通じゃないから恐れている。
勝てる気がしない。
そして、そんな怖いのを多数従えている村長に、俺が直接従うことはできない。
逆らっているわけじゃない。
すでに従っている者たちによって、させてもらえないのだ。
俺がもっと強ければ……
あ、いや、主が嫌なわけじゃない。
主がいい。
時々、主の夫が来て追い出されるけど、主で満足。
さて、俺の生活している場所だが、大樹の村と呼ばれる場所らしい。
俺がここですることは、自分の力を見せつけること。
俺が強くなければ、主が笑われるからな。
それは許せん。
そう思って勝負をふっかけた。
あ、四本足限定で。
蜘蛛とか無理だから。
空飛ぶやつとか、ずるい。
二本足?
たとえば誰に勝負を挑めというのだ?
わかるだろ?
俺は勝負をふっかけた。
負け続けの日々だった。
インフェルノウルフやフェンリルに負けるのは仕方がない。
あれらは狼だ。
俺は犬。
悔しいが素直に負けを認めることはできる。
ケンタウロス族も、上半身は二本足と同じだ。
二本足の悪知恵に、俺はまだまだ敵わないと納得できる。
しかし、馬、牛、豚、羊、山羊が強いのは納得できない。
あれらは俺が守るべき相手だろう?
なぜ俺より強い?
俺が子供だからか?
いや、関係ない。
俺の放った炎の魔法を無視して、正面から蹴り飛ばしにきた馬や牛。
豚や羊、山羊はそれぞれに群れを作って、俺に対抗してきた。
戦い慣れてるのか?
俺の経験不足なのか?
ええい、どうすれば勝てるのだ。
でもって亀と猫。
なぜ強い?
亀はわかる。
普通の亀じゃないっぽいから。
猫。
額に宝石が光る猫。
普通じゃないとカウントすべきか?
それでいいのか?
などと悩んでしまった。
そんな俺の様子をみてか、ミノタウロス族の子供が牛の真似をして俺に勝負を挑み、負けてくれた。
ありがとう。
その優しさは嬉しいが、心が痛い。
俺はこの村で最下層なのだ。
主と一緒にいるときは気にならないが、主と別行動をしていると気になる。
なんとかせねば。
そんなことを思いながら、俺は日々を過ごしていたある日。
俺は主に連れられ、小さな牧場にやってきた。
ほんとうに小さい牧場だ。
牛が一頭しかいない。
しかし、ここで俺は主から命令をもらった。
「牛を守りなさい」
おおおおおおおおおおおっ。
なんだこの高揚感。
いや万能感。
主よ。
お任せください。
牛は絶対に守ります!
例え自分が最下層でも、この牛が俺より強くても、命令はこなす。
それが俺のプライドだ。
……ん?
どうした牛よ。
勝手に扉を開けてはいかんぞ。
なに?
時間がきたから、牧場エリアに帰る?
たしかにここで夜を過ごすのはむずかしいか。
えーっと俺はどうしよう。
牛と一緒に行動すべきか。
主のところに戻ればいい?
いや、しかし命令が……
あ、主が迎えに来てくれた!
わーい。
後日。
牧場エリアで頑張るオルの姿があった。
仲良くやっているようで、なによりだ。
ただ、俺の作った簡易牧場は三日で使われなくなったことには、コメントを控えさせてもらおう。
花畑に改造しておいた。
ん?
牛たちとオルが揃って……ああ、温泉地に行くのか。
気をつけていくんだぞ。
オルは迷子にならないようにな。
そう声をかけたら、失礼なと吠えられた。
慣れてくれたようで、なによりだ。
オルトロスだから、名前はオル。
グーロンデの名づけセンスは村長並なのか。
グーロンデ&村長「失礼な」