秋の五村
俺は十日に一度ぐらいの割合で五村に足を運んでいる。
ヨウコはもっと来てほしそうだが、冬の準備があるからな。
俺が五村に足を運ぶのも、冬の準備の一環。
猛吹雪などで五村に避難しなければいけないときに備えてだ。
まあ、五村に移動しなくても、大樹のダンジョンなら問題なく生活できそうな気もするが……
用心に用心を重ねておきたい。
と言っても、俺が五村でやっているのは、食糧や燃料の備蓄に協力してくれる商人たちの挨拶を受けることだ。
俺が挨拶を受けなくても問題ないレベルに備蓄はされるのだけど、いざというときに頼りになるのは人の繋がり。
顔を繋いでおきたい。
……
顔を繋ぐというのは、知り合いになるということ。
となれば、名前と顔は覚えなければいけないし、どういった方面の商売をしているのかも知らないといけない。
つまり、記憶問題。
俺の記憶力は……普通だと思う。
その普通な記憶力に挑戦でもしているのかなと思うのが、やってきた商人たち。
まず、数が多い。
三十五人。
次に名前が似ている。
兄弟や親子で別の店になっているのは理解するが、店の名前が似ているのはどうなのかな?
場合によっては、親子で同じ名前とか嫌がらせかと思うぞ?
でもって、みんな同じファッション。
俺、そんなに嫌われることをしたかな?
俺の横にいる文官娘衆に聞くと否定された。
同じファッションなのは、俺が褒めた服屋で仕立てたからだそうだ。
……
俺が服屋を褒めることなんてあったか?
普段はザブトンの作った服を着ているし、服屋にはめったに行かないが。
俺が困惑していると、文官娘衆が答えを教えてくれた。
俺の服を褒めてくれた商人がいて、お返しで俺が相手の着ている服を褒めたことがあったらしい。
そういわれると、あったかもしれない。
雑談だ。
覚えているわけがない。
どんな服だったかも、覚えていない。
ああ、このみんなが着ているファッションを褒めちゃったわけね。
それで、みんな同じファッションと。
……
商人たちのあいだで情報が共有されているの?
抜け駆け防止と、相互協力のため?
商人同士も助け合いということか。
仲がいいのは悪いことではないが、商品の値段をコントロールしないように釘を刺しておいたほうがいいかな?
五村でそんなことをする商人はいない?
では、信用しよう。
最初っから疑ってかかるのはよくないしな。
雑談に混じる重要な話を聞き逃さないようにしながら、商人たちとの挨拶を終える。
控えていてくれた文官娘衆たちに、俺の応対に問題がなかったかを確認。
問題なしと言ってくれたが、しつこく確認。
最近の文官娘衆たちは、俺がミスをしていても訂正せず、それを正解にしようとする傾向がある。
ルィンシァの影響かな。
なので、油断しない。
ああ、やっぱり何点かあるのね。
素直に聞いて、反省。
あと、ファッションのこともあったし、発言には気をつけよう。
商人たちとの挨拶のあとは、麓で行われるレースを見学する。
……
大樹の村の馬、俺が乗馬するときに愛用しているベルフォードが出場したがレースにならなかった。
なぜか、ほかの馬はベルフォードより前に出ようとしないから。
ベルフォードも退屈そうだ。
せっかく練習していたのにな。
それ以外のレースは、それなりに盛り上がった。
賭けが行われているので、喜びの雄叫びや悲しみの声がよく聞こえる。
俺の近くにいるプラーダからは、意外にも喜びの雄叫びがよく聞こえる。
かなり稼いだようだ。
すごいなと思っていたら、最終レースに全額突っ込んで悲しみの声をあげていた。
なるほど。
プラーダの性格がわかった気がする。
そのプラーダから紹介されたのが、オークションのときに俺たちを襲ってきた盗賊団。
なんでも、その残党も五村にやってきたらしく、全員捕縛したそうだ。
結果、百人を超える盗賊団だが、その処分は強制労働。
大きく二つのグループに分かれて労働をしている。
一つが冒険者グループ。
五村周辺の森で魔物や魔獣退治を行い、討伐報酬の一部を罰金として納めている。
一つが労働者グループ。
五村の建設業や飲食業に職を求め、稼いだ報酬の一部を罰金として納めている。
どちらの場合も、牢屋で寝泊りしているわけではなく、安い建物を何軒か借りて集団生活をしている。
その建物の借り賃や日々の生活費を考えても、五年ぐらいは罰金を納め続けなければいけないらしい。
厳しい……のかな?
結構自由だな。
食事も自由だし。
「あわない仕事を無理矢理させるよりは、あう仕事をさせたほうが効率がいいとヨウコさまが」
なるほど。
確かにそうだが、罰の意味が薄まる気が……
まあ、ヨウコに任せた部分だ。
余計なことは言わない。
盗賊団たちから、改めて謝罪されたので受けいれた。
プラーダが盗賊団たちの管理を任されているのね。
五村の夜。
舞台で歌うユーリがいた。
かなり盛り上がっている。
アイドルみたいな服装で、アイドルソングのような歌だからかな。
それとも、後ろにいるバンド隊の演奏がしっかりしているからかな。
そう思ってバンド隊をみると、オークションのときに挨拶された貴族のお嬢さまたちだった。
楽器は、リュート、ハープ、太鼓、横笛だが、ちゃんと頑張っている。
うーん、太鼓が少し弱いかな。
あれ?
貴族のお嬢さまたちは五人だったようだが……あと一人はどこに?
舞台袖にいるな。
見学かな?
文官娘衆たちに聞くと、バンド隊をやっている貴族のお嬢さまたちは、音楽を生業にしている一族らしい。
要は一芸で成り上がったタイプ。
もとは平民だったが、一芸を認められて貴族と交流を持ち、貴族位を得るぐらいまでになったと。
そういったタイプなので領地などを与えられることはなく、王家から与えられる爵位に応じた年俸で生活をしている。
もちろん、その年俸だけで一族全員が生活するのは無理なので、個人的な演奏会や音楽の家庭教師で稼いでいるらしい。
バンド隊にいる四人は、それなりに有名な家庭教師の妹や娘だそうだ。
……
つまり、まだ実績はないと?
バンド隊をみるに、それなりの実力がありそうだが。
「教えられる側にもプライドがあるので、あまり若いとどうしても……」
なるほど、納得。
そういったメンバーをみつけ、ユーリがバンド隊に誘ったのかな?
とすると……
舞台袖の一人は?
「彼女は、音を大きくする魔法の使い手です」
……
気づかなかった。
言われてみれば、歌や音がはっきりと聞こえている。
すごい魔法だ。
見学とか思って失礼した。
ユーリは六曲を歌い上げ、場を大いに沸かせた。
たいしたものだと思う。
俺のいる場所にまで移動してきたユーリの挨拶を受けながら、感心する。
しかし、ユーリの顔は不満そうだった。
どこか失敗したのだろうか?
違った。
いま、舞台に立った者に対する大歓声が原因だ。
登場しただけで、ユーリが歌っているときよりも場が沸いている。
舞台に立った者の名はファイブ君。
五村の誇るマスコットキャラだ。
「あれに負けるのは、まだ納得ができなくて……」
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