野球観戦
食事会が終了し、貴族のお嬢さまたちとその親は、魔王、ビーゼル、ユーリ、フラウの四人に挨拶をして帰っていく。
え?
俺にも挨拶?
俺も客の一人だからそんな丁寧な挨拶は不要なんだが……
魔王に対するよりも長い挨拶は止めるように。
丁寧な挨拶をしてくれたので、俺も見送りに参加。
それで気づいた。
いつの間にかヨウコ屋敷の周辺を、リアを含めたハイエルフたちが警備している。
村に戻る用事って、これだったの?
未遂とはいえ、襲撃された直後だからだろうけど……完全武装は気合が入りすぎじゃないかな?
もっと、気楽に……というわけにはいかないのか。
ご苦労さまと言っておこう。
大樹の村に戻るために転移門をくぐったところでは、クロたちが出迎えてくれた。
リアとアンから、襲撃されたことを聞いたのだろう。
心配させてしまったな?
すまない。
アラクネのアラコも心配してくれたか。
ありがとう。
ザブトンの子供たちも。
ただ、攻撃的な種類ばかり揃っているのはどうなんだ?
勝手に転移門を使っちゃ、駄目だぞ。
向こうにいるフタがびっくりするから。
屋敷に戻ってからも、多くの住人から心配された。
リアとアンはどう説明したのだろうか?
大袈裟に言い過ぎじゃないか?
それとも、リアとアンも怒っているのか?
俺の疑問に、俺と一緒に大樹の村にやってきたグッチが答えてくれた。
「村長が襲撃された。
襲撃者は捕縛したが、背後関係がわかるまでは村長の警備を強化する。
ハイエルフは全員、戦闘準備をして五村に向かえ」
リアは屋敷に戻るなり、こう言ったそうだ。
そして、慌てるクロたちやザブトンへの説明をアンに任せ、五村に向かった。
アンは、クロたちとザブトンに状況を細かく説明。
そのあと、大樹の村でラナノーンと遊んでいたドライムのところに向かい、ドライムの巣に流れた褒賞メダルのことを確認した。
ドライムは巣にあるはずと言い、一緒にいたグッチもその通りと同意した。
しかし、嫌な予感がしたドライムがグッチに命じ、褒賞メダルを確認させたことでプラーダの失敗が発覚。
グッチはプラーダを捕縛。
五村にやってきた。
ちなみにドライムは、転移門を使って五村に行きたがるクロたちやザブトンの子供たちを抑えてくれたらしい。
すまない。
そして、プラーダを五村に置いてきてよかった。
こっちに連れてきたら、面倒なことになったかもしれない。
ヨウコのナイス判断だな。
あれ?
そのヨウコの尻尾が少し下がっている。
どうした?
ヨウコの視線の先には……ザブトン?
ヨウコに話がある?
それはかまわないが……えっと、今回の件は、ヨウコは悪くないぞ。
五村の村長代理はヨウコ?
そうだろうけど……
ヨウコが目で助けてと訴えてきたので、できるかぎり頑張った。
翌日。
俺はまた五村にやってきた。
マイケルさんと話があるからだが、マイケルさんの準備がまだなので観客席に座って野球を観戦している。
猛虎魔王軍と五村鉄牛軍の戦い。
現在、七回の裏で八対八の点取り合戦だ。
俺は二回からの観戦だが、ちゃんとした野球の試合になっている。
ちょっと感動。
猛虎魔王軍の攻撃は三番打者のオージェス、四番打者のハイフリーグータ、五番打者のキハトロイが大活躍。
守備はキャッチャーをやっている中年が、多種多様なピッチャー陣を上手くコントロールしている。
いつもならゴール、シール、ブロンの誰かがピッチャーをやっているらしいが、今回は欠場らしい。
残念。
しかし、それでも猛虎魔王軍のピッチャー陣の層は厚い。
名前は知らないが、出てくるピッチャーたちは全員がいい球を投げる。
それなのに失点しているのは、五村鉄牛軍の攻撃が見事なのだろう。
バントと盗塁を多用する走力野球。
大振りをせず、ヒッティングに徹している姿勢は見事だ。
バットを持ったら、振り回したがる人が多いのによく統率されている。
とくに五村鉄牛軍の一番打者の白銀騎士、二番打者の青銅騎士、三番打者の赤鉄騎士の出塁率、得点率が凄い。
三人とも鎧を脱いでいるからか、足が速い。
おおっと、五村鉄牛軍の四番打者がノーアウト満塁からのセーフティバント。
意表を突かれたのか、対処が遅れてオールセーフで一点獲得。
八対九と五村鉄牛軍がリードした。
五村鉄牛軍の監督はクロトユキの店長代理をやってるキネスタだが、大胆な作戦だ。
ただ、観客席からでもわかるほど悪い顔をしているのはどうなんだろう。
イレが撮影しているから注意したほうがいいぞ。
対する猛虎魔王軍の監督である魔王は、今日はティゼルを肩に乗せていない。
さすがに邪魔なのだろう。
今日は魔王の横に控えているグラッツの肩に乗ってる。
俺の肩は……無理だが、俺の横でもいいんじゃないかな?
あ、ティゼルが手を振ってくれたので、俺も手を振る。
グラッツも手を振っているが……視線は俺じゃなくて、観客席にいるロナーナだな。
仲のいいことだ。
「お待たせしました」
七回裏の攻撃が終わったところで、マイケルさんがやってきた。
俺は場所を移動しようと思ったが、マイケルさんはここでいいと俺の横に座った。
マイケルさんがかまわないなら、移動する必要はない。
野球観戦をしながら、商談を進める。
なんでもルーが出品した物には全て買い手希望者がいるらしい。
オークションのスタート金額の十倍から二十倍ぐらいの値段で交渉が進んでいるが、その際に問題になったのが支払い期限。
現金なら、これぐらいまで待ってほしい。
現物なら、こういった品をこれだけ用意するから、それで支払いという形に。
といった内容。
俺は急いで現金が欲しいわけではないので、マイケルさんに任せた。
「ご信任、ありがとうございます」
「こちらこそ、面倒を押し付けて申しわけない。
手数料は、多めに取ってかまわないから」
「ありがとうございます」
マイケルさんが礼を言ったところで野球は終わった。
十一対十で猛虎魔王軍の勝利。
うーん、五村鉄牛軍は惜しかった。
野球に参加した両チームは、このまま解散ではなく、グラウンドを整備したあと、交流会という名の食事が行われるらしい。
俺も参加したいが、観戦してただけだからな。
邪魔をしてはいけない。
俺とマイケルさんは、揃って五村にあるゴロウン商会の建物に移動する。
建物には、プラーダがいた。
昨日から書類仕事をしているらしいが……ああ、書類内容の不備を指摘して修正を頼んでいたのね。
なるほど、なかなか優秀みたいだ。
この調子で頑張るように。
俺はプラーダに挨拶したあと、マイケルさんからオークションで落札した品を受け取る。
昨日、受け取ってもよかったのだけど、マイケルさんたちが忙しそうだったからな。
もう少しあとでもよかったけど、野球観戦時に遠慮なくと言われたので遠慮しなかった。
<農業日記>
分厚い本なのは、羊皮紙だからか。
一枚が厚い。
だから、ページ数はそれほどでも……百七十ページか。
思ったよりもあるな。
そして、裏表紙にある一文。
“この本に、種の隠し場所を記した”
どこに記したのかな?
ちょっとした楽しみだ。
「あ、これ、ページが二種類の書体で書かれていて、こっちの書体のページの、ページ数の行の先頭の単語を抜き出して文章にすると種の場所がわかりますよ」
俺の横で得意な顔をしているプラーダ。
「えっと……裏表紙の文字、読めたのか?」
「あれ、古代悪魔語ですから」
「なるほど」
「ちなみに、書いたの私です」
……
どうしよう、プラーダがちょっと憎い。
ルーを見たザブトン「セーフ」
ティアを見たザブトン「セーフ」
ヨウコを見たザブトン「アウト。ちょっと話がある。ダンジョンまで行こうか」