メイドの店 70日目
王都の中央にある王城。
その王城から南に伸びる大通りがある。
アースのやっているお店は、その大通りに面した場所にあった。
商店が並ぶエリアと、住居エリアのあいだぐらいなので、いい場所だと思う。
店の名前は“ウルザーズ”。
アースが名付けたらしいが、悪くない名前だと思う。
しかし、なかなか定着しないとアースが愚痴っていた。
周囲の住人や通うお客たちからは、“メイドの店”と呼ばれている。
その理由は、店に入れば納得する。
ウェイトレスとしてメイドを雇っているからだ。
しかも、ちゃんと教育を受けたメイドを。
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
だから、この挨拶。
常連のお客に親しみを持ってもらえているみたいだけど、挨拶はちゃんとするべきじゃないか?
勘違いするお客が出たら困らないか?
用心棒がいる?
それはトラブルが起きたときの対処だろ?
そうじゃなくて、トラブルを起こさないようにするべきだと思うのだが……
まあ、失敗も糧だから、うるさくは言わない。
トラブルのときは、ちゃんとメイドたちも守るように。
俺はアースにそう言って、案内を受ける。
店内はなかなかの広さ。
裏は知らないが、フロアだけで百畳ぐらいあるんじゃないか?
いくつかのエリアに分けられており、俺が案内されたのは周囲よりも一段豪華なエリアの席。
貴族とかも来るから、こういったエリア分けは必要なのだそうだ。
見えないけど、個室もあるらしい。
椅子とソファーがあったので、ソファーに座る。
俺の右隣にルー、左隣に魔王が座った。
向かいの席に座ればいいのにと思うが、俺の横に座る理由があった。
それは、俺の正面に大きいスクリーンがあったからだ。
見覚えがある。
イレの放送設備だ。
アースの説明では、イレに協力してもらい放送しているらしい。
店内には七つのスクリーンがあり、それぞれ違う放送をしているのだそうだ。
音声に関しては、重ならないように装置の場所を工夫していると。
たいしたものだ。
主に放送しているのは、野球、演劇、歌。
俺の正面にある大きいスクリーンでは、野球の映像が流されていた。
「これは数ヶ月前に、シャシャートの街で行った試合だ」
魔王が説明してくれる。
なかなかの接戦で、名勝負だったと結果をぼかしてくれるのは嬉しいが、魔王の笑顔で勝敗は察することができてしまった。
まあ、結果がわかってもいいか。
ゴールが投げているしな。
そう考えていると、俺たちの前にお茶が並べられた。
注文はまだしていないがと思ったら、この席にメニューはないらしい。
席に座る代金で、飲み放題、食べ放題なのだそうだ。
つまり、言えば出てくる。
ああ、だからお茶を並べてくれたメイドは下がらず、少し離れた場所で控えているのか。
それでもメニューはほしいな。
注文はどうするんだ?
ああ、小腹が空いたとか、腹に溜まるものをとか、ふんわり伝えるのね。
細かく注文しても大丈夫?
なるほど。
試してみたくなるが、意地悪なことはしない。
ルー、意地悪なことはしないように。
魔王、そろそろ野球の話を止めて、本題の話をしよう。
メイドさん、すまないがスクリーンの映像を止めてくれ。
俺がアースの店に来たのは、アースの店を見たいのもあったけど、本題は別にある。
アルフレートたちの今後に関してだ。
俺としてはこのまま学園に通わせたいが、今回のようにトラブルに巻き込まれるのであれば村に戻したい。
魔王も、俺の意見に賛成だ。
だが、反対しているのはアルフレートたち本人。
なので、このまま学園に通わせる方向で俺と魔王の話が進む。
学園の警備に関しては、魔王が責任を持って進めてくれるそうだ。
実際、すでに軍の一部を学園内に送り込んでいるので、普段よりは警備が厳重になっているらしい。
だからこそ、学園内では襲われず、学園の外で狙われたと……
「警戒はしていたのだが、本命は私のほうだと考えていたから」
魔王がそう言って、改めて謝ってくれる。
地方で同時多発的に反乱が起きたので、魔王周辺の戦力が減らされた。
となれば、次に狙ってくるのは魔王本人と考えたし、外部から入ってくる情報もそれを裏付けていた。
だが、なぜか襲撃者たちは魔王ではなくアルフレートたちを狙った。
狙いやすかったのか、事前にアースが倒したリッチの報復なのか……
どちらにしても、子供たちを狙われた父親としては腹立たしい。
思い出すと、むかむかしてくる。
このままではまずいと、俺はお茶を一気に飲んだ。
落ち着こう。
ん?
控えていたメイドが、スクリーンに視線を送った。
なんだろうと俺もそのスクリーンを見ると、映像が流された。
いや、別にそういったのを求めて……
流された映像は、野球ではなかった。
「あー、あー、こんにちは。
謎の総合司会、ヴァルヴァロイです」
ヴァルヴァロイと名乗っているが、映像に映っていたのは誰がどう見ても始祖さん。
黒い布で目隠しをしているが、すぐにわかる。
いつもの服だし。
あの目隠しで前が見えるのかな?
いや、それよりなにをやっているんだ?
場所は……どこだ?
見覚えがない。
魔王国とは風土が違うように感じる。
「現在、私はゴールゼン王国に来ております」
ああ、ゴールゼン王国ね。
名前はよく知っている。
魔王国で混乱を起こしたい勢力だ。
現在、クーデター中だっけ?
この映像は録画だろうから、いつ撮ったんだ?
「はい、彼はコードル王子。
これからクーデターを起こすそうです。
意気込みを聞いてみましょう。
どうです?
勝てますか?」
コードル王子は、引き攣った顔で頑張りますと答えていた。
顔色をみるに、勝算はあまりなさそうだが……
映像がコードル王子から横に移動し、遠くの山の中腹にある城がズームされる。
「あの城がゴールゼン王国の王城、ダモクレス城です。
あそこに倒すべき王や大臣がいるわけですが、ダモクレス城は守りの堅い城として有名です。
城に篭られるととても面倒です。
画としても、あまり面白くありません。
なので……」
その城が、爆発した。
いや、小さい爆発が連続して起きているのか?
城の上空にカメラが向けられると、綺麗な編隊を組んでいる天使族の姿があった。
編隊は三つの集団で、それぞれマルビット、ルィンシァ、スアルロウが率いている。
そして、集団が交互に魔法を放った結果が、あの城の爆発なのだろう。
あ、ダモクレス城が、大きな音を立てて崩れた。
ちょっと、すっとした。
「インフェルノウルフの角を使いたかったけど、勝手に持ち出せないので諦めました、残念。
と、謎の天使族の代表が言ってました」
謎の天使族って……
ああ、マルビットたちも黒い布で目隠しをしている。
うーん、怪しい集団のようだ。
「なにはともあれ、これで城に篭ることは不可能となりました。
クーデター側の王子としては、大チャンスでしょう。
このチャンスをしっかりとものにしてもらいたいものです。
続きまして、ゴーロック山脈の映像です」
始祖さんがそう言うと、カメラの映像が切り替わった。
「こ、こんにちは、謎の美少女ビューティです」
始祖さんの代わりに映ったのは、少し緊張している女の子。
女の子も黒い布で目隠しをしているけど、誰かわかった。
ヘルゼルナークだ。
角と尻尾が隠せてない。
「えーっと、ここゴーロック山脈はゴールゼン王国が大事にしている鉱山が密集している地帯です」
映像は誰もいない採掘現場への入り口が映し出される。
「事前に警告を行っているので、避難は終わっているようですね。
では……」
眩しい光だった。
そして轟音。
土煙でカメラがなにを映しているのかわからなくなる。
どうなるのだろうと思っていると、映像が空中を移動し始めた。
カメラを持っている者が空中に引き上げられたのだろう。
そして理解した。
山脈のあった場所が、融けている。
高火力による攻撃。
それを行ったのは、真っ黒なドラゴン。
マークスベルガークだ。
口元から煙がでているから、ブレスを吐いたのだろう。
それで山脈がああなるのか。
凄い。
でもって、マークスベルガーク。
ドラゴン姿でも、黒い布で目隠しをしているんだな。
よくそんな大きい布を用意できたものだ。
映像が地表に戻り、ヘルゼルナークが戻ってくる。
お父さんと言ってマークスベルガークに手を振らないように。
せっかくの目隠しが無駄になるぞ。
「あっと、いけない。
えーっと、ゴーロック山脈から謎の美少女ビューティがお送りしました。
映像を戻します」
映像が、始祖さんに戻った。
「すばらしい攻撃でしたねー。
おや、コードル王子。
どうしました?
まだ戦いに行っていなかったのですか?」
コードル王子は、あわあわしながら経済がと呟いている。
ゴーロック山脈の鉱山は、ゴールゼン王国の生命線だったらしい。
「大丈夫です。
コーリン教という親切な宗教団体が、貴方の国を支援しますから。
ああ、国の名前は変えてくださいね。
それは約束ですよー。
特別番組、ゴールゼン王国が滅んだ日でした」
始祖さんがそう言って締めると、映像が止まってテロップが流れた。
……
あの黒い布を用意したのってザブトンかな?
協力者に、謎の蜘蛛ってあるし。
えーっと……
俺はルーと魔王をみる。
その表情から、二人は映像の内容を知らなかったのだろう。
二人の報復はクーデター側を支援して、旧政権を追放。
魔王国に友好的な政権にするだけだったはずだ。
知っていたのは……いつの間にかいるイレだな。
「この映像、私が撮りました。
頑張りました。
すごく大変でした」
イレは、腕に包帯をしている。
撮影時に怪我をしたのだろう。
大丈夫か?
ああ、大丈夫ならいいんだ。
「えーっと、撮影は十五日前です。
クーデター側が優位に進んでいます。
連絡があったと思いますが、王と大臣は捕まえており、あとは少数の反乱勢力を残すのみです。
よほどのことがないかぎり、クーデター側の勝利です」
なるほど。
「それで、村長に伝言です」
伝言?
誰から?
始祖さんとハクレンからだった。
まず、始祖さん。
「ゴールゼン王国で大変なことがおきたみたいだよ。
びっくりだね。
でも、アルフレートにちょっかいをかけるような国は滅んでいいと思うんだ」
……
次にハクレン。
「あれ、手緩いわよね?
もっと連発しなきゃ。
あと、あれぐらい私にだってできるからね」
……
えーっと、とりあえずだ。
始祖さんはともかく、今回の件をハクレンもザブトンも知っていたと。
伝えなきゃいけないと思っていた難題が解決した。
よかった。
そして、あの映像をみて少し胸が晴れた自分がいる。
人として間違えているかもしれないが、子供に手を出す者を許してはいけないのだ。
ところで……
誰がハクレンやザブトンに伝えたんだ?
混代竜族のオージェス、ハイフリーグータ、キハトロイの三人か?
違う?
ハクレンやザブトンには近付くのも怖い?
それじゃあ、誰が……
あ、メットーラが伝えたのね。
「ウルザさまのことは最優先で伝えるようにと、ハクレンさまに言われておりましたので。
勝手をして申し訳ありません」
いや、かまわないさ。
だが、ウルザのことなら俺にも伝えてくれ。
それにしても、ハクレンとザブトンは、事件当日に知っていたのか。
よく我慢したと褒めるべきかな?
それとも、俺に教えてくれなかったことを怒るべきだろうか。
ルーを許した手前、怒るわけにはいかないな。
褒めておこう。
でも、次からはちゃんと俺にも教えるように。
前回のあとがきで誤解させてしまい、すみません。
「決着」が「終わり」と読めますね。
いや、それ以外にどう読むんだという感じです。
ほんとうにすみません。
村長が判定を下して表向き決着。以後、後日談という意味でした。
終わりの意味での決着は、今回の話です。
改めて、感想で前回の終わり方を肯定してくれた人、ほんとうにすみません。
一部の住人は、やる時はきっちりやる人たちなのです。