王都での生活 ウルザ編 裏切り 25日目
アルフレートによって呼び出されたクロイチは、大きく吠えた。
空気がビリビリと震動する。
これ、王都まで影響があるんじゃないかな?
ちょっと、まずい。
でも、召喚されたのがクロイチでよかった。
クロイチは落ち着いているから、状況がわからないまま暴れたりしない。
って、アルフレートが霧化しているから、襲われたと判断できるか。
それだけで充分と、クロイチの体が大きくなった。
戦闘モードだ。
昔っからクロイチはアルフレートに甘いんだから。
でも、このままじゃまずい。
「リグネさん、私の武器を」
私は武器を持っていない。
出かける前にリグネさんに預けた。
持っていると、振り回したくなるから。
五村での失敗を繰り返さないために持つのを自粛していた。
暗殺者程度なら、剣がなくてもなんとかなると思っていたから。
けど甘かった。
もう油断はしない。
「渡せと言われたら渡すが、いいのか?」
「素手でクロイチを抑えるのは無理だから」
「……みたいだな。
援護はいるか?」
「大丈夫よ。
説得するだけだから」
私はリグネさんに預けていた剣を握る。
お父さんからプレゼントされた剣。
ガットのおじさんが、いまの私の体に合わせて作ってくれたのですごく馴染む。
そして剣を持っているときの万能感。
駄目だ、顔が緩む。
私はクロイチの前に……その前に、剣で地面を指す。
「リグネさん、あの辺りに一人隠れてるからよろしく!」
私に七本目のナイフを投げた相手が地中に潜んでいるはずだ。
実力者だとは思うけど、リグネさんなら任せて問題ないだろう。
私が移動している最中に、クロイチがアルフレートを襲った一団に襲いかかっていた。
アルフレートを弓で撃った一団の数は二十人ぐらい。
装備はしっかりしている。
山賊とかではなく、どこかの組織に抱えられた武装集団なのだろう。
数人がクロイチの突撃で吹き飛ばされた。
でも、武装集団はクロイチに抵抗するみたい。
戦力差が理解できないのか、気合が入っているのかどっちだろう?
どっちにしても、怒っているクロイチの相手をするのは愚かだ。
アルフレートを攻撃した武装集団など、どうなってもかまわないけど……殺したりするとお父さんが悲しむ。
だから、できるだけ殺さないように立ち回る。
私はクロイチの肩を剣で斬りつける。
クロイチはそれを察して、横に逃げる。
そして反撃と私に牙を向けた。
向けて、止まった。
私を認識できたのだろう。
よかった。
そしてチャンス。
「クロイチ、殺しちゃ駄目よ!
お父さんが悲しむわ」
私の言葉に、クロイチは小さく吠えて返事。
よし。
これで武装集団は任せられる。
あとはアルフレートだけど……
霧化したアルフレートは、いつの間にか影に包まれていた。
いつの間に?
驚いている場合じゃない。
「アルフレート、目を覚ましなさい!」
私はアルフレートを包み込んだ影に斬りかかる。
だが、何本もの影が伸びて私を攻撃してくる。
甘い。
伸びてきた影をまとめて斬り捨て、影に包まれている部分を蹴りあげた。
弾力で返された。
ならばと、私は影に包まれている部分を剣で斬った。
中のアルフレートを傷つけないように注意しながら。
……
遅かった。
斬った影から出てきたのは一人の男性。
二十代ぐらいかな。
影の服をまとい、空中に立っている。
「我は闇の王である!」
彼は成長したアルフレート。
アルフレートは片手で顔を隠し、ポーズを決めながら武装集団に攻撃を始めた。
クロイチにも指示をしている。
クロイチは……よかった、私の言葉に従って手加減している。
アルフレートの攻撃は……威力があるけど当たっていない。
だからもっと練習するようにいつも言ってるのに。
まあ、いまは都合がいいけど。
私は全力で逃げてる。
あの状態のアルフレートは正直やっかい。
攻撃は通じるけど、即座に回復する。
ほぼ無敵。
そのうえで、魔法を連発してくる。
武装集団相手には見栄えのいい魔法ばかりを使っているから当たらないだけで、実戦向きの魔法を使われたら手も足もでない。
あの状態のアルフレートを抑える手はいくつかあるけど、今の私じゃアルフレートに大ダメージを与える方法しかない。
それは避けたい。
リグネさんと合流し、そのまま全力で王都に逃げ込んでティゼルを呼ぼう。
そう思ったら、王都から土煙を上げてこちらにやってくる集団がいた。
全部騎兵。
数は二千は超えている。
旗をみるに魔王国の正規兵だ。
アルフレートを襲った武装集団を捕まえにきたのかな?
違った。
騎兵の集団は、クロイチを敵として攻撃を開始した。
そうなるかぁ。
クロイチはたいしたダメージを受けないが、それは自動的にアルフレートから敵と認定される。
「我が友を攻撃するとは愚か者どもめ!」
アルフレートは見栄えのいい魔法を放って、騎兵集団を攻撃。
激しい爆発が起きる。
あれだけ数がいたら、外すほうが難しいか。
二千の騎兵ではアルフレートとクロイチを止めるのは難しいだろう。
アルフレートは影の兵をまた生み出しているし。
このままじゃ被害が大きくなる。
ティゼルを呼んで来ないと。
「ティゼルがいれば、なんとかなるのか?」
リグネさんの言葉に私は強く頷く。
あの状態のアルフレートを、穏便に大人しくさせることができるのはティゼルしかいない。
「では、なんとかなるな」
リグネさんの視線の先には……王都から出てきた正規軍。
数は万を超える。
二千の騎兵集団は先行部隊だったようね。
万を超える軍が二千の騎兵集団の援護に回ると面倒だと思ったけど、余計な心配だった。
万を超える軍の先頭には馬に乗った魔王のおじさん。
そして、魔王のおじさんの背中にティゼルがいて、手を振っていた。
「アル兄、例のあれ?」
ティゼルは私が説明する前に、状況を把握していた。
手間が省けて助かる。
「そう、だからお願い」
「ウル姉に頼まれたら仕方がないわね」
私は魔王のおじさんに言って、ティゼルを解放してもらう。
腰の紐を外して、地面に置いてくれたらいいから。
地面に足をつけたティゼルは、アルフレートに向かって走っていく。
アルフレートとクロイチは……二千の騎兵の集団を倒しきったようだ。
魔王のおじさんの後ろにいる万を超える軍を眺めている。
いくらでも相手になるぞと不敵な構えだ。
「ウルザよ。
ティゼル一人で行かせて大丈夫なのか?」
魔王のおじさんが心配そうに聞いてくる。
「大丈夫よ」
その証拠に、ティゼルはアルフレートの前で片膝をついてこう言った。
「偉大なる兄さま。
このティゼルは兄さまの味方です!
一緒にあの軍をやっつけましょう!」
……
「えーっと、ウルザ。
ティゼルが盛大に裏切ったようにみえるんだが?」
「演技よ」
ティゼルは呪文を唱え、自身の周囲の地面を軟化させた。
そして軟化した地面が盛り上がり、形を作る。
ゴーレム。
ただのゴーレムではない。
全長十二メートルの超巨大なゴーレムだ。
「あれが演技か?」
「演技よ」
ティゼルが創造できるゴーレムは、この超巨大なゴーレムだけ。
同時に出せる数も一体のみ。
それなのに、精密な動作をさせることはできない。
シンプルに進め、倒せぐらい。
しかも、創造時は当然、創造後もティゼルが地面に触れていなければゴーレムを維持できない。
弱点だらけで使い物にならないくせに、創造するときに地面を大きく巻き込むから、村で召喚してお父さんの畑を潰したときは大変だった。
そのゴーレムだが、弱点を克服する方法が一つだけある。
それはティゼル以外が、ゴーレムを操作すること。
しかし、ティゼルの創造したゴーレムを他者が操作するなど至難の業。
不可能と思われたが、それを可能にしたのがアース。
アースはもとが土人形。
だからか、土から作られたティゼルのゴーレムと相性がよかった。
アースはティゼルの創造したゴーレムに潜り込み、操作を可能とする。
アースが加わったとき、ティゼルのゴーレムは生き物のように行動することができる。
「アースを乗せて不意打ちということか?
アース、いないぞ?」
魔王のおじさんがきょろきょろするも、アースはいない。
知ってる。
本題はここから。
アースが乗って動かせることを知ったら、ほかの人も乗れるんじゃないかなと考える者がでた。
アルフレートだ。
つまり……
「兄さま、合体よ!」
ティゼルのゴーレムの胸部が開き、アルフレートを誘う。
ゴーレムの胸部の中には、大人が入れるぐらいの空間と椅子がある。
アルフレートは、高笑いをしながらゴーレムの中に乗り込んだ。
ゴーレムの胸部が閉じる。
「はい、隔離完了」
ティゼルはそのままアルフレートをゴーレムの中に閉じ込めた。
乗り込むことでゴーレムを操作できるが、創造主であるティゼルの許可があってこそだからだ。
ゴーレムにアースが乗り込んだ姿がかっこよかったのか、アルフレートはこの作戦に心配になるぐらい引っかかる。
これで三回目だ。
クロイチが、困った感じでゴーレムの周囲をうろうろしていた。
魔王「ゴーレムの中から脱出ぐらいできるだろう?」
ティゼル「単純な魔法勝負ならアル兄に勝てないけど、ゴーレムの強度なら負けないから大丈夫よ」
剣を持ったウルザが、あまり暴れなかった。
刺された傷に関しては、次回で。
感想、ありがとうございます。
もう少しで落ち着くので、更新ペースを取り戻せるように頑張ります。