エルダートレント 62日目
俺がトレントの枝を持って屋敷に帰ると、ルーとティアが揃って枝を欲しがった。
なんでも、トレントの枝は貴重品らしい。
それだったら、五村の周辺であったトレントたちからもらえばよかったのに。
「普通のトレントの枝はそれほど珍しくないわよ。
珍しいのはエルダートレントの枝。
超貴重品なのよ」
ルーはそう言って、枝のサイズを測っている。
あのトレントは、エルダートレントという種族だったのか。
案内している道中、トレントと連呼してしまった。
今度、謝っておこう。
「このサイズだと杖に加工できるわね」
「待ってください。
これだけの枝で作る杖となると、ほかの素材もそれなりの物を集めなければ釣り合いがとれませんよ」
「この村なら大丈夫だと思うけど」
「……ありますね」
「それじゃあ問題なしと言うことで」
ルーとティアはそう言って、枝を持っていこうとする。
待て待て。
それはチェスのコマにするためのものだ。
「くれないの?」
ぴんっときてしまったからな。
エルダートレントは一村にいるから、頼んでもらえばいいんじゃないか?
俺の提案に、ルーが少し考えてから教えてくれた。
「知らない人に右腕をくれと言われたら、右腕をあげる?」
「渡すわけないだろ。
知ってる人に言われても渡さないぞ」
「そういうことよ」
なるほど、超貴重品か。
しかし、そう言われるとなおさら渡せない。
いや、価値がわかって惜しいという意味じゃなくてな。
エルダートレントに、チェスのコマを作る木材を探していると言ったから、そのためにくれたんだと思うんだ。
右腕と同じ価値のものをくれたのだから、その用途で使ってやらないと。
「うぬぬ……」
「まあまあ、ルーさん。
杖は諦めて、素材として活用しましょう。
チェスのコマを作った残りや、削りカスはいただいてもかまいませんよね?」
それなら、かまわないんじゃないか。
そういうことになった。
俺は大きなシーツの上に座っていた。
シーツの上なのは、削りカスを余すことなく回収するためだ。
そして、削りカスが飛ばないように、俺の周囲に壁のように布を張られたりしている。
落ち着かない。
が、それも作業を始めるまで。
作業を始めれば、シーツのことは気にならなくなる。
エルダートレントの枝から、俺は猫たちをモデルにした変わりコマを削りだした。
完成。
なぜだろう?
父猫のライギエルをモデルにしたキングのコマが神々しい。
母猫のジュエルをモデルにしたクイーンのコマは、そうでもないのに。
ちなみに、姉猫、子猫たちはポーンにした。
ビショップ、ナイト、ルークは二つずつで、六つ。
姉猫、子猫は合計八匹だから二つ足りない。
それに対して、ポーンは八つでちょうどよかった。
姉猫、子猫たちは不満そうだが……かんべんしてほしい。
そして、余ったビショップ、ナイト、ルークは俺のイメージで猫を彫った。
ペルシャ猫、シャム猫、アメリカンショートヘア。
うん、かわいい。
姉猫、子猫たちから、浮気だと攻撃された。
とりあえず、チェスのコマを削り出したので残りはルーとティアに。
削りカスもシーツから集めて渡す。
なにに使うかは知らないけど、大事にしてほしい。
そして、チェスのコマは屋敷の玄関に飾る。
うん、悪くない。
満足。
「ねえティア。
このチェスのコマなんだけど、魔法の発動体になってない?」
「なっていますね。
それにあの魔力量……勝手に動いてもおかしくないかと」
え?
これ、勝手に動くの?
「ええ。
ですが、チェスのコマとして縛られています。
動くとしてもチェスのコマとして……」
俺の疑問に、ティアがチェスボードにコマを並べてみせてくれる。
……動かないぞ?
「片側だけだからよ」
ルーがクロたちをモデルにした変わりコマを持ってきて、対戦相手として並べる。
あ、動いた。
一つだけ、コマのルールに従って。
……
それ以降、動かない。
あ、相手の行動待ちか。
クロヨン、ちょっと相手してあげて。
エルダートレントの枝で作った猫の変わりコマは、勝手に動く。
ただ、チェスの実力は弱い。
クロヨンでは強すぎた。
猫の変わりコマたちはショックを受けている。
コマが集まって相談する様子は奇妙だが、猫をモデルにしているので微笑ましい。
猫の集会みたいだ。
勝手に動くのがわかっていれば、猫ばかりにせずに色々と彫ったのに……少しもったいなかったかな。
「いや、エルダートレントの枝をチェスのコマにしている時点で、かなりもったいないから」
ルーにそう言われた。
ルーとティアはエルダートレントの枝を細かく砕き、削りカスも加えて固め、ブロックにした。
そのブロックを薄く削って、板にする。
そうして作られた板が二十枚。
板一枚一枚にグーロンデの鱗を粉にしたもので文字を描き、魔法で定着。
魔法の道具にしていく。
「これ一枚で強力な治癒魔法が使えるわ。
使い捨てじゃないわよ。
五回から六回は使えるわね」
それはすごいな。
俺でも使えるのか?
「使えるけど、魔法の技量がある人が使ったほうが効果的かな」
むう、それは残念。
二十枚の魔法の道具は、各村に配られた。
大樹の村、一村、二村、三村、四村にはそれぞれ二枚。
五村に残り十枚。
五村に配る枚数が多いのは、住民の数が多いからだ。
人口比を考えれば、二十枚全部を五村に渡すべきなのだろうけど、許してほしい。
万が一のときに使うように。
このようにして、枝は使われた。
その枝をくれたエルダートレントは、一村に定住を決めていた。
村の中ではなく、村の北側の森。
俺が定住するならと【万能農具】で耕したエルダートレントのための畑に、根を張った。
がっつりと。
もう動きたくないらしい。
エルダートレントとして、それはどうなのだろうか?
土地から栄養を十分に得られるなら、獲物を襲う必要はないらしい。
しかし、魔物や魔獣は近付けないから、安心してほしいと枝を揺らしていた。
頼もしい。
ん?
どうしたニュニュダフネ?
エルダートレントの移住が気に入らないのか?
ちがう?
エルダートレントのために用意された畑が羨ましいと?
この甘えんぼめ。
少しだけだぞ。
俺は【万能農具】で耕し、ニュニュダフネたちのための畑を一村に作った。
二百メートル四方。
一村がちょっと広くなった。
後日。
ニュニュダフネたちのための畑で、小さなトレントがいっぱい動いていた。
エルダートレントの子供たちらしい。
今はまだ役に立たないが、将来的にはエルダートレントになるからとニュニュダフネたちが俺の前に立ちふさがった。
いや、別にどうもしないぞ。
入っているのはニュニュダフネたちのための畑だしな。
ニュニュダフネたちが面倒をみるのだろ?
なら、問題はない。
仲良くしよう。
え?
エルダートレントの子供たちを育てるために、もうちょっとだけ畑がほしい?
……仕方がないな。
ちょっとだけだぞ。
一村がさらに広くなった。
エルダートレント、枝の加工品が動く。
感想欄で予想されまくっていた。
しかし、内容を変えずに書く。
それが異世界のんびり農家。
更新の乱れ、すみません。
予定外の仕事が入り、てんやわんやです。