王都での生活 ティゼル編 交渉
ダルフォン商会は自他共に認める魔王国で一番の商会だが、商会が誕生したのも一番になったのも二百年ほど前。
ダンジョンイモだけが罹る疫病が世界中で大流行した時までさかのぼる。
世界規模の食糧難を乗り切るため、当時の魔王の命令によって二十三の商会が連合。
そうして誕生したのがダルフォン商会。
以後、魔王国の食糧の生産、価格調整を行う商会として重宝されてきた。
二十数年前に起こったフェアリー小麦の大不作による飢饉を魔王国が乗り越えられたのも、ダルフォン商会のお陰であるといえるらしい。
そのダルフォン商会だが、運営は候補者と呼ばれる十七人の合議によって決定される。
候補者である十七人は、連合した商会の代表の子孫や後継者。
まあ、一部、連合当時の代表もいたりする。
連合に参加したのは二十三の商会なのに、候補者が十七人なのは……まあ、いろいろあったみたい。
時間があれば、詳しく聞きたいけど後回し。
私に招待状を出したのは、ダルフォン商会の候補者の一人。
リドリー=ベイカーマカ。
「この度の件、本当に申し訳ありません」
四十歳ぐらいのふくよかなお姉さんは、謝罪してくれます。
ですが、私は聞き返します。
「この度の件って?」
今回の件をなかったことにしましょうと言っているわけではない。
それは伝わっているだろう。
ダルフォン商会がやらかしたことが多過ぎるので、どの件を謝っているのか私にはわからなかっただけ。
ダルフォン商会のやらかしたこと。
一つ、王都の地下にリッチ、トニーを囲い込んでいた。
一つ、トニーを使って、私、ウル姉、アル兄を狙わせたこと。
一つ、冒険者たちを使ってトニーを抹殺しようとした。
一つ、ダルフォン商会の建物に入った私たちに、攻撃を仕掛けてきたこと。
一つ、紐で縛られている私をみて、爆笑した。
うん、特に最後のが許せない。
念入りに謝ってほしい。
「当商会のことはご存知?
私は候補者の一人でしかなく、代表者ではないのよ」
「知っているわ」
候補者は合議に参加したり、意見を言うことはできても、最終決定権はない。
最終決定権は、十七人の候補者から選ばれた一人が文字通り代表者になる。
任期は五年。
連続して代表者になることはできず、また一度代表者になると三十年は代表者になれないルールがあるらしい。
「今回、私は貴女を招待しただけよ」
「そうなの?」
「ええ。
リッチを飼っていたのはギリング。
そのリッチを利用して貴女たちをさらおうとしたのは、マスクンド。
冒険者たちを雇ってリッチを処分しようとしたのはライゼン。
この屋敷で貴女たちに攻撃をしかけたのはルルサよ。
私は無関係」
「私を見て爆笑したのは貴女だけどね」
「それに関してはごめんなさい。
まさか、紐で縛られて……ぷっくっくっ」
……どうしてやろう。
「本当にごめんなさい。
えーっと。
私は無関係だけど、同じダルフォン商会の一員がやらかしたことだから、謝るわ。
それと、ギリングはもう捕まえているの。
明日にでも城に突き出すつもりよ。
マスクンドは……裏街の清掃に反対していたから、クローム伯への嫌がらせだったと思うわ」
「嫌がらせ?」
「そう。
リッチを使ったのは、戦力をアピールするためでもあったのかしらね。
ああ、マスクンドも捕まえているから安心して」
「リッチを処分しようとしたのは?」
「あれは完全にタイミングが悪かったのよ。
ライゼンは貴女たちのことを知らないわ。
リッチがダルフォン商会の致命傷になると判断して、潰そうとしたのよ」
「そう。
ルルサってのは……」
「そこで倒れて……あれ?」
私たちが建物に入ったところを襲ってきた二十人ぐらいの武装兵と一緒に倒れていると思ったけど、片付けられてしまったのかな?
違った。
元気に立っていた。
そして、笑っている。
なにが楽しいのだろう?
「馬鹿め!
余裕を見せたのが運の尽きよ!
こちらの最強戦力が到着したぞ!」
屋敷に乱入してきた、三つの影。
「猛虎魔王軍三番、ライトのオージェスだ」
「猛虎魔王軍四番、センターのハイフリーグータ」
「猛虎魔王軍五番、レフトのキハトロイです」
「ふはははは!
ゆけ!
侵入者たちを倒すのだ!」
……知ってる顔だった。
「すみません。
私たちは金で雇われただけなんだ!」
「仕事内容を詳しく聞いていませんでした!」
「全部、こいつが悪いんです!」
知ってる顔の三人は、私の姿を確認すると同時にルルサを裏切った。
楽だけど、それでいいの?
裏切るのに戸惑いが一切、なかったけど?
いや、貴女たちがそれでいいなら、いいんだけどね。
知ってる顔の三人と縛られたルルサをゴー兄に任せて、話を戻す。
「ルルサは、ダルフォン商会を守りたいだけだから手荒なことは……
あと、私の招待状を持っていても、夜に塀を乗り越えて入ってきたら攻撃すると思うのだけど……」
「招待状を持って正面から行ったら、追い返されたから仕方がないんじゃない?」
「確かにそれは連絡していなかった私の落ち度ですが……
まさか、招待状を渡したその日に来るとは予想していなかったので」
「まあまあ、こちらは塀を乗り越えたこと、そちらは連絡ミスということで相殺しましょう。
リドリーさんはダルフォン商会の代表になった経験は?」
「え?
いえ、ありませんが……」
「そうですか。
今回の件で候補者が減りますし、代表は辞任するでしょう。
しますよね?
粘るタイプですか?」
「粘りはしないと思いますが……その、今回の件、代表は全然関与していないのだけど?」
「候補者が勝手にやったことと?」
「そうなるかと」
「では、代表が裏で糸を引いていたということにして、追い落としましょう。
その後のダルフォン商会はリドリーさんが代表になって、私たちにいろいろと便宜を図ってください」
「待って、いや、待ってください」
「なにかおかしい点があったかな?」
「今の代表、それなりに優秀なので……追い落とすのはちょっと」
「でも、今回の件。
誰かが責任を取らないと、魔王のおじさんとかビーゼルのおじさんが困ると思うのだけど」
「ギリングとマスクンドでは駄目かしら?」
「候補者を二人切り捨てて、商会を守る。
それっていい手かな?
候補者の数だけ悪事ができるって思われない?」
「う……」
「今後を考えれば、代表辞任。
商会は新しい指導者を得て、生まれ変わりましたってアピールしたほうが正解じゃないかな」
「そ、そうかもしれないけど……今の代表は、本当に優秀なのよ。
今回の件というか、数か月前から王都にいませんので、それで責任を取らせるのは……」
「代表が王都にいないって、なにかあったの?」
「ダルフォン商会の恥をさらすようだけど……
ここ数年、シャシャートの街に本拠を置くゴロウン商会が勢いを増してまして、ダルフォン商会が担っている魔王国の食糧の生産、価格調整が安定しなくなってきたのよ。
それで、その協力をお願いしに」
「シャシャートの街に行ってると?」
「ええ」
「その協力のお願いは上手くいってるの?
いってないから、戻ってこられないのよね?」
「まあ、ゴロウン商会に食糧関連での利益を捨てろというようなものだから、上手くいかなくて当然と言えば当然なんだけど」
「そういった魔王国全体が関わる話なら、ダルフォン商会の代表じゃなく、ランダンのおじさんが行く場面じゃないの?」
「あの……ランダンのおじさんって、四天王のランダンさまのことかしら?
私の持っている情報だと、ティゼルさまは魔王さま、クローム伯、それと後ろのゴールさま、シールさま、ブロンさまと親しい関係という認識なのだけど、ランダンさまとも?」
「そうよ。
あ、ランダンさまって言ったほうがよかった?」
「い、いえ。
その辺りはご自由に。
えーっと……魔王国の食糧の生産、価格調整は当商会が担ってきた事案だから、ランダンさまにお願いするわけには」
「そうなの?
簡単にしか聞いていないけど、魔王国全体が絡むならマイケルのおじさんなら頷きそうだけど頷いていないのでしょ?
一番大きい商会から言われたら、頭を押さえつけられるようで素直に頷けないかな。
うん、やっぱりこれはランダンのおじさんにお願いして、マイケルのおじさんに伝えたほうがスムーズにいくと思うわよ」
「確認するけど……マイケルのおじさんとは?」
「ゴロウン商会の会頭のマイケルのおじさん」
「ひょっとして親しいの?」
「私じゃなく、お父さんがね」
「ティゼルさまのお父さま……五村の村長という話を聞いていたけど……事実だったのね」
「うん。
そして、五村にはゴロウン商会ががっつり食い込んでるから仲がいいの」
「ダルフォン商会、ほとんど手が出ませんでした」
「あ、それでか。
五村、シャシャートの街近郊で、ゴロウン商会の畑が増えて、生産量や価格がコントロールできなくなったのね」
「そうよ。
シャシャートの街は魔王国の王都と東部を繋ぐ街道の要所だから、あそこで値段が動くと、全体に影響が出るのよ」
「やっぱり、プライドを捨てて、ランダンのおじさんにお願いするのが簡単だと思うわよ」
「……そうしたいと思っても、代表でなければランダンさまとの面会は予約もできないわ」
「そうなの?」
「ランダンさまは、忙しい人だから」
「そう、じゃあ私が伝えておいてあげるね。
ランダンのおじさんなら、明日の晩に私の家で食事することになってるから」
「え?」
「入学祝いに来てくれるのよ。
少し遅くなったけどって」
「えーっと……」
「まあまあ、これでゴロウン商会の件は解決ね。
どう?
この功績を持って代表になるってのは?」
「ね、根回しもせずに代表になっても、商会がバラバラになるだけだから……許してください」
えー。
次回の更新は少し先になります。
すみません。
活動報告で、宣伝と生存報告をするので、よろしくお願いします。