王都での生活 アサ編
私の名はアサ。
アサ=フォーグマと申します。
太陽城の運航、運営のために生み出されたマーキュリー種の一人となります。
マーキュリー種に関しては、いろいろとややこしいので後回しに。
大事なのは私の役割です。
私には、城主の私生活の補佐という仕事が期待されました。
つまり、執事です。
執事に関して、特化した能力を備えていると自負しております。
「さて、アース殿。
どうしてこのような事態になったのでしょう?」
私は目の前で正座をしているアース殿に聞きます。
彼は優秀な同僚で、同じ執事としてとても頼りになるという私の評価だったのですが……
私がティゼルさまと共に、廃墟の地下に到着したときの光景を思い出します。
二十人を超える冒険者たちが倒れており、その中央で荒ぶっているアース殿の姿。
「この程度の実力で、死霊王さまの行いを邪魔できると思っていたのかぁ!」
……
「し、死霊王さまのことを悪く言われて、カッとなって……つい」
理解できないことはありません。
私だって、太陽城のことを馬鹿にされたら怒ります。
ええ、全力でぶちのめしてしまいます。
そう思えば、アース殿は冒険者たちを殺していません。
気絶させているだけです。
その点は、すばらしい。
しかし、どうしましょう?
私が悩んでいると、私の腕に抱えられたティゼルさまがこう言いました。
「ゴー兄たちを巻き込みましょう」
確かにゴールさまたちは、王都の冒険者ギルドに顔が通っていると報告を受けています。
ですが、ゴールさまたちを巻き込むと、事態を大きくしてしまうのではないでしょうか?
「すでに大きくなっているわよ。
それに、ここで事態を収拾できないと、私たちが怒られるわ」
……確かに。
「アース。
トニーはリッチで、死霊王の配下であると名乗ったのよね?」
「は、はい。
騙りですが、確かに」
「騙りかどうかはこの際、どうでもいいから」
「どうでもよくありません!」
「どうでもいいの。
とりあえず、アース。
ゴー兄たちの誰かを捕まえて、ここに連れてきて」
「承知しました」
アース殿に連れられたゴールさま、シールさま、ブロンさまの三人は、ティゼルさまとの短い会話で理解されました。
信頼関係を感じられます。
いや、諦めでしょうか。
ゴールさまたちは、手早くなにやら準備をしていきます。
すみません。
私はティゼルさまを抱えているので、お手伝いできません。
お手伝いはアース殿が頑張ります。
「うう……俺は……生きているのか?」
一人目の冒険者が目を覚ましました。
「起きたなら、こっちに来てもらえるかな」
「え?」
目を覚ました冒険者に声をかけたゴールさまは、椅子に座り、目の前のテーブルにメモ用の板を放り投げます。
「まったく歯が立たなかったけど、反省点はわかってる?」
そして質問。
目を覚ました冒険者は、わけがわからずに周囲を見回します。
そして気付きました。
ゴールさまの後ろに立つ、アース殿を。
「ちょ、そ、そいつは死霊王の配下だ!」
目を覚ました冒険者は剣を抜きましたが、ゴールさま、アース殿は動きません。
逆にふてぶてしく、ため息を吐きながらこう伝えます。
「彼は僕が用意した試験官だ」
「試験官?」
「そう。
今回の件は、冒険者たちの実力をチェックするための試験だ。
そう聞けば、いろいろとおかしい点に気付くんじゃないかな?」
「試験?
……あ」
「わかったかな?」
「あ、ああ。
確かに変なことが多かった」
アース殿が暴れたことは、冒険者たちへの試験ということで解決しました。
ティゼルさまの案です。
無茶だと私は思ったのですが、案外いけるものなのですね。
「どうして、こんな試験を?」
「さあ?
僕たちも、冒険者たちを試験してくれと依頼されただけでね。
ああ、僕たちの依頼主は怪しい相手じゃないから安心していいよ。
身元はしっかりしている。
クローム伯の知り合いだ」
それ、ティゼルさまのことですよね。
「くっ、そうか……こんなざまじゃ、俺たちは失格だな。
報酬はどうなるんだ?」
「えっと……どういった報酬の約束だったかな?」
「前金で一人銀貨五枚、後金で一人銀貨二十五枚」
「受け取り方法は?」
「冒険者ギルドで受け取る手筈になっていたのだが……」
「では、死霊王の配下は倒したということで、冒険者ギルドで報酬を受け取るように」
「いいのか?」
「いいよ。
いろいろと迷惑をかけたしね。
ただ、できればほかのメンバーが目を覚ますのを待ってほしいのと、説明の手伝いをお願いしたい」
「わかった」
ちなみに、この場にはシールさま、ブロンさまはいません。
シールさまは、少し前に私たちが襲撃した場所の調査に向かいました。
トニーと名乗る死霊王の配下がチンピラを雇って、ティゼルさまを狙った意味がわからないそうです。
確かにわかりません。
トニーが生存していればとも思いますが、アース殿を責めることになるので考えないようにします。
アース殿、ティゼルさまから、ちくちくやられていますしね。
そしてブロンさまは、冒険者ギルドに今回の件を伝えに行きました。
もちろん、嘘の試験のことではなく、本当のことを伝えに。
王都に、死霊王の配下を名乗るリッチがいることがおかしいのです。
なので、素直に報告することには私も賛成です。
私たちの下手な嘘で、大きな陰謀を隠してしまうのはよろしくありません。
「死霊王の配下を名乗るリッチを発見、殲滅に成功。
後追いでやってきた冒険者たちには、ちょっとした試験を行った。
治療費はこっちで持つ」
ただ、ニュアンスは少し変えたようですが……
嘘は言っていませんので、セーフです。
きっと。
その日の夜。
ゴールさま、シールさま、ブロンさまが冒険者ギルドに集まりました。
個室です。
もちろん、そこにティゼルさま、アース殿、私もいます。
「冒険者たちを雇って死霊王の配下を攻撃しようとしたのは、ダルフォン商会だ」
ゴールさまの報告です。
冒険者たちに死霊王の配下がいる場所を教えたのも、報酬を支払った者も、ダルフォン商会の息がかかった者だったそうです。
息がかかった者ということは、ダルフォン商会が直接というわけではないでしょうが……怪しいですね。
「ティゼルたちを襲った連中……アリシッド団とか呼ばれている連中なんだが、トニーがリッチだということは知らなかった。
依頼を受けてティゼルをさらおうとしていたのだが、ティゼル以外にアルフレート、ウルザもターゲットになっていた。
それと……関係あるかどうかわからないけど、このアリシッド団。
ダルフォン商会が裏で動かす組織の一つだ」
シールさまの報告です。
なるほど。
ティゼルさまだけでなく、アルフレートさま、ウルザさまも狙っていたとは……愚かな。
ああ、アース殿。
落ち着いて。
殺気が溢れていますよ。
いくらウルザさまが狙われたからと言って……大丈夫です。
シールさまが、そんな連中を放置しておくわけがないでしょう。
「全員、バランスよく折ってやった」
ほら。
アース殿、自分でやりたかったという顔をしないように。
「最後は僕か。
冒険者ギルドに報告したあと、ダルフォン商会の者から接触があった。
招待状だそうだ」
ブロンさまは、一通の羊皮紙を私たちに見せます。
そして、ティゼルさま以外が苦い顔をしました。
招待状の宛名はティゼルさまだったからです。
「アサ。
私のドレスはどれぐらいで用意できるかしら?」
「ザブトン殿が作られた制服で問題ありません。
持ってきていますが……行く気ですか?」
「駄目なの?」
「もう少し熟考されてからのほうが……」
「熟考したわよ。
招待状のインクの匂いから、急いで書いたのがわかるわ。
ブロ兄、これってもらってからどれぐらい?」
「ここに集まる直前だ。
三十分も経ってない」
「つまり、敵か味方かわからないけど、ダルフォン商会は焦ってる。
時間をかけた分だけ、相手に準備されるわ。
招待状があるのだから、堂々と乗り込めばいいのよ。
幸いにして、この招待状には時間指定がされていないしね」
確かに。
招待状には、ティゼルさまをダルフォン商会に招待する旨しか書かれていません。
ですが、常識を考えれば日を改めるものです。
なぜなら、今は夜だから。
「夜に訪ねることになりますが、よろしいのですか?」
「大丈夫よ。
ゴー兄、シー兄、ブロ兄、護衛をお願いしてもいいかな?」
「ティゼルだけじゃなく、アルフレートやウルザが狙われたと聞いたら、駄目って言えない」
「もう、かわいい妹分が心配だって言ってくれたらいいのに」
ティゼルさま、ゴールさまの頬を突くのはお止めください。
怒られますよ。
「アース。
貴方は隠れて護衛。
いざとなれば悪役になって」
「承知しました」
アース殿は丁寧に頭を下げる。
ティゼルさまが合図を出せば、乱入して場を掻き乱す役なのに大丈夫なのでしょうか?
場合によっては王都を歩けなくなりますよ?
まあ、そうなればなったで、ウルザさまの傍にずっと……あ、顔はいくらでも変えられるのでしたね。
なるほど。
最初から顔を変えておくと。
「アサ。
貴方は私の執事として同行しなさい。
完璧な働きを期待するわ」
……
「どうしたの?」
「いえ、承知しました。
お任せください」
「よろしくね。
あと、腰の紐はそろそろ許してもらえると……」
「残念ながら、アルフレートさま、ウルザさまから絶対に解くなとお願いされています。
ご容赦ください」
「アサは私の担当でしょ!
私の意見が聞けないの?」
「はい、私はティゼルさまの担当です。
ですので、私に縛られているのですよ」
ゴールさま、シールさま、ブロンさま、励ましの言葉ありがとうございます。
いえ、これも仕事ですので。
では、出発の準備をしましょう。