王都での生活 ティゼル編 出発
私の名前はティゼル。
ティゼル=マチオ。
大樹の村の長の娘の一人。
跡継ぎはアル兄がいるから、私はのんきなポジション。
だからと言って素直にのんきな生活をするとお母さんが怒るので、アル兄を支えるべく日々努力をしている。
まあ、大半の努力が無駄になるけど。
なぜなら、まだ私は若いから。
まだ十歳の私の考えなど、お父さんは軽く超えてくる。
ときには斜め上に。
とても敵わない。
お父さん凄い!
さて、そんな私はいま、魔王国の王都に来ている。
学園に通うためなのだけど……
正直、学ぶことがない。
友達作りが大事だとお父さんたちからは言われているのだけど、その友達もゴー兄たちによって用意されていた。
物足りない。
学園には血湧き肉躍る派閥闘争を期待していたのに、それがない。
なぜなら、ゴー兄たちの授業を受ける者でまとまった派閥が最大派閥だから。
私たちは入学と同時に、その最大派閥に自動的に所属。
第二勢力に期待したけど、初手でウル姉に絡んで撃退されてしまった。
駄目だ。
見込みがない。
なぜウル姉を狙うの?
絡むならどう考えても、私でしょう?
ウル姉、アル兄、私の三人が並んだら、私が一番弱そうじゃない!
弱い私を狙わず、ウル姉を狙うなんて……まったくもう!
学園のシステムと魔族の寿命を考えれば、すごい権力を持った生徒がいてもおかしくないのだけど……
考えてみれば、フラウ母さんが有望株をあらかた引っこ抜いて村に連れてきてる。
文官娘衆と呼ばれる魔族のお姉さんたちね。
そのあと、さらにユーリ姉さんが追加で引っこ抜いている。
そして、残った数少ない有望株は、ゴー兄たちが妻として囲い込んでしまった。
……
あれ?
引っこ抜かれたり囲い込まれた有望株って、全員女性よね?
とすれば、男性の有望株が残っているはず。
なのに姿を見せないのはどうして?
私の探索に引っ掛からない凄腕ってこと?
期待できる。
そう思った私に絶望を教えてくれたのは、ゴー兄の授業を受けている生徒の一人。
「陰謀とか裏で動くのは、女性が多く。
男性は考えずに殴るタイプが多いです。
その考えずに殴るタイプは、ゴール先生たちによってあらかた教育されましたので……ははは。
実は私も考えずに殴るタイプだったのですが、今ではこうして考えながら農作業をしています。
あ、ダイコン食べます?」
学園に私の求めるものはない。
はっきりわかった。
私たちは、学園の敷地内に建てられた家に住んでいる。
王都の職人が建てた、二階建ての家。
ゴー兄……ではなく、ゴール先生たちが事前に用意してくれた。
村の家に比べたらすごく狭いけど、部屋から食堂、食堂から玄関までが近いのは嬉しい。
ここでウル姉、アル兄、アース、アサ、メットーラの六人で生活している。
一階には台所と食堂、風呂にトイレ。
食堂はリビングも兼ねた形ね。
二階は個室。
個室はベッドとテーブルぐらいしか置けない狭さだけど、十分。
壁が厚いので、隣の部屋がうるさいということはありません。
「アルーーー、ティゼルーーー、食事よーーーー!」
……
コミュニケーションの取りやすい家と言える。
食後、私は方針を決めた。
学園になければ、学園の外に求めるしかない。
魔王国の王都。
期待できる。
そして、気合を入れて飛び出そうとしたところ、アサに止められた。
あの、アサ?
なぜ私を床に押し付けて、関節を極めているの?
これ、今は痛くないけど、私が動いたら痛くなるやつよね?
自分を幼女と言うのは抵抗があるけど、絵面が幼女虐待みたいで悪いよ?
「アサ、ティゼルがまた何かしたの?」
「ティゼル。
アサに迷惑をかけるのは駄目だぞ」
……
ウル姉、アル兄、酷い!
アサは、四村の住人。
長く温泉地にある転移門の管理を任されていたのですが、私たちの同行メンバーに選ばれた。
担当が決まっているわけではないでしょうが、アースがウル姉を担当、メットーラがアル兄を担当しています。
つまり、アサは私の担当。
わかりました。
アサを無視してことを進めようとした私のミスね。
ちゃんと説明します。
「王都で友達を作りたいなと思って」
「駄目です」
ちゃんと説明したのに却下された!
なぜ?
「普段の行いね」
「普段の行いだぞ」
ウル姉、アル兄、ちょっと黙ってて。
えーっと……
「なにを言っても駄目です。
絶対、ろくなことになりません」
私、アサとはそれほど長い付き合いじゃないと思うけど、その全て知ってますって顔はなんなの?
あと、そろそろ関節を解放してくれないかな?
「短い付き合いで把握できたということです。
大人しく学園に通っていてください。
学園内であれば、何があっても裏から手を回して事態を収めることができますから。
あと、“はい”と言うまで解放しません」
ぐぬぬ……
こうなれば、仕方がない。
最後の手段。
「大樹の村の長の娘として命じます。
アサ、私を自由にしなさい」
村長の娘という立場を強調して誰かに命じることは、兄弟姉妹のあいだでタブーとなっている。
お父さんが、そういったことを嫌うから。
しかし、今は手段を選んでいられない。
自由のために!
「大樹の村の長の息子として命じる。
アサ、そのままティゼルを捕まえておいて」
アル兄ぃぃぃっ!
長い長い交渉の末、私は学園の外に出ることを勝ち取った。
頑張った。
すごく頑張った。
腰に紐が巻かれてるけど。
私は赤ちゃんか何かかな?
紐の端はアサが持っている。
その上で、アサに抱えられての移動。
自分の足で歩くことも、飛ぶことも許されない。
ほとんど自由がない。
これは、お父さんの言うところの人権侵害ではなかろうか?
人権の意味はよくわからないけど。
しかも、これだとアサも自由に動けないので、ウル姉からアースが貸し出された。
アースは絶望したような顔をしていたけど、それはウル姉から離れるからであって、私と一緒に行動するからではないわよね?
アサとアースは執事の格好をしているから、私は執事を二人連れまわす良家のお嬢さまみたいに思われるかな?
まあ、ともあれ私は念願の王都をぶらぶら……
絡まれた。
さっそく、絡まれた。
五人のチンピラに。
さすが王都!
でもアース、いきなり殴り倒すのは駄目じゃないかな?
少しは相手の言い分も聞いてあげないと。
必要ない?
そうかなぁ。
あ、チンピラたちは撤退しちゃった。
根性がない。
「アサ、アース。
なにをしているの?
追撃よ」
「ティゼルさま、その必要はないでしょう?」
アサが反論し、アースが同意する。
しかし、甘い。
大甘ね。
「あのチンピラ、逃げる前に何を言ったか覚えている?」
「たしか……
“覚えてろ”でしたか?」
「そう、それ」
「それがなにか?」
察しが悪いわね。
「“覚えてろ”というのは、“必ず復讐してやるから覚えていろ”ということよね」
これは私の勘違いだろうか?
そんなことはない。
まさか、“あとで謝りに行くから、賠償額を覚えておいてね”みたいな気持ちで言ったわけではないだろう。
「復讐すると言ってる人を見逃すなんて、ありえないでしょ。
しかも、復讐者は私たちを狙うとは限らない。
ウル姉、アル兄、村の関係者……狙いどころは多いわ」
私の言葉に二人は頷き、走り出した。
いいわね。
二人の顔付きが変わった。
村の外敵を排除する目だ。
「ティゼルさま、追撃しますが……収め方はお考えで?
いざとなれば処理しますが、村長が嫌う方法ですよ」
「大丈夫よ。
殴り続けていれば、話せる相手が出てくるから」
「そうであることを期待したいですね。
……連中が向かった先、アジトでしょうか?」
「アース。
一人は喋れる状態でね」
「了解しました」
こうして、私たちの王都デビューが始まった。
私と一緒に裏工作とか陰謀を楽しめる人がいるかな。
とても楽しみだ。
ティゼル編は、アルフレート編の少し前の話になります。
(修正)
アサのセリフがちょっと過激だったので、マイルドに。