ワトガング
忌々しい。
ほんとうに忌々しい。
これでもかってぐらい、忌々しい。
だが、どうしようもない。
諦める。
諦めて、移動開始。
馬車で十分ぐらい。
歩いたほうが速いけど、貴族は馬車で移動するものだ。
目的の屋敷の門前で、馬車を降りる。
今から行くぞと先触れを出しているので、スムーズに屋敷に招かれた。
家主の出迎えはない。
わかっている。
家主は例の場所だ。
何度も来ているので間取りは知っている。
案内は不要と使用人に伝え、俺は一人で進んでいく。
例の場所で、家主が笑顔で待っていた。
ええい、忌々しい。
俺の名はワトガング。
ワトガング=プギャル。
魔王国の伯爵家当主だ。
そして、目の前にいるこの屋敷の家主が、ビーゼル=クローム。
俺と同じ、魔王国の伯爵家当主だ。
ただ、こいつは俺よりも遥かに上の立場である、四天王の称号を持っている。
羨ましい。
……
いや、羨ましくない。
四天王って、かなり忙しいからな。
城で、ふらふらになっているところを何度もみている。
あの姿のときは、冷やかせない。
逆に絡まれないように、隠れるぐらいだ。
「ようこそ、プギャル伯。
今日のご用件は?」
おっと、先に挨拶されてしまった。
親しき仲にも礼儀あり。
挨拶すべきところでは、しっかりしなければ。
「なにが今日のご用件だ。
わかっているだろう、クローム伯」
そう、クローム伯は俺が来た理由を知っている。
だから出迎えず、ここで待っていたのだ。
ええい、忌々しい。
クローム伯が俺を待っていたのは、屋敷の遊戯室。
その中央に設置された巨大な長方形のテーブル。
くっ、重厚な作り。
水平を保つ機構。
要所に手を抜いていない細工。
欲しい。
超欲しい。
このビリヤード台、絶対に欲しい!
し、しかし、俺にだってプライドはある。
欲しいと言う前に、自分の領地で作れるかどうかを確かめた。
結論、作れる。
実物を見ていない家具職人なので、まったく同じ物を作るのは不可能だが、作れるとの回答だった。
すごいぞ、領内の家具職人!
完成に一年ぐらいかかるみたいだけど。
くそうっ!
ポケットと呼ばれる、テーブルの四隅と長辺の真ん中に開けられた計六個の穴。
穴だけなら簡単らしいが、この穴に落とした球を転がして同じ場所で回収する機構が面倒らしい。
家具職人から、各穴にネットを張って、個々に球を回収するのはどうかと言われた。
それが現実的かもしれないが、クローム伯に負けた気がするので頑張ってほしい。
……
ビリヤード台はできるが、ビリヤードの球は無理と言われた。
木で作られた歪みのない真球。
重心位置も完璧。
一つは作れる。
しかし、同じサイズで数を揃えるのは不可能だそうだ。
ま、まあ、家具職人だからな。
ならば木工職人ならどうだろうと思ったが、同じ回答だった。
では、このクローム伯のビリヤード台の上にある多くの球はなんなのだ?
クローム伯の領内の木工職人のほうが、技術が高いのか?
それとも何か新しい魔法の使い方でも発見したのだろうか?
現在、領内の木工職人組合と魔法使い協会に、ビリヤードの球の作成研究を依頼している。
成果を期待しよう。
とりあえず、今のところは負けだ。
悔しいが認める。
だからこの屋敷にやってきた。
ビリヤードをするために。
最近、俺はビリヤードに嵌っている。
球を棒で突くアクションが楽しい。
思い通りに球を動かし、ポケットに球を落とせたときは心躍る。
不満点は、これを楽しむためにはクローム伯の屋敷にこなければいけないことだ。
早く俺の屋敷に欲しい。
「棒はどれをつかう?」
クローム伯が、棒を見せてくれる。
ふっ。
「ありがたい提案だが無用だ。
俺はこれを使う」
俺は持ち込んだ棒をクローム伯に見せる。
この棒は領内の木工職人の一人が作ってくれた。
動作の邪魔にならない程度の装飾が施されている。
俺に相応しい棒だ。
クローム伯の使う棒は、材質はいいがデザインは実用性重視だ。
貴族の遊具としては、その点を改良したほうがいいと俺は思う。
幸いにして、棒は先端のタップの材質とサイズだけが規定されており、グリップの材質やデザインには色々と工夫できる。
持ちやすさと同時に、このあたりの美意識にも拘りたい。
「なるほど、いい棒だ。
しかし、道具で勝負は決まらないぞ」
もちろん、わかっている。
だが、この棒を作ってくれた木工職人のためにも、俺は負けられん。
クローム伯とビリヤードの勝負を開始。
ルールはナインボール。
テーブル上には一番から九番の球と手球があり、手球を棒で突いて転がし、テーブル上にある一番小さい番号の球にぶつける。
突いたときに、手球以外の球が一つ以上ポケットに落ちなければ、プレイヤー交代。
手球をポケットに落としてもプレイヤー交代。
その手順をまもりつつ、九番の球を落としたプレイヤーの勝利だ。
簡単そうに思えるが、手球の位置と一番小さい番号の球の間に、他の球があったりすればまっすぐ転がしても駄目だ。
また、一番小さい番号の球にぶつけることができても、角度によってはポケットに落とせなかったりする。
なかなか奥が深い。
コイントスで、クローム伯から開始。
クローム伯がプレイしているあいだ、俺は静かに待っているべきなのだが……伯爵家の当主二人が揃っている貴重な時間だ。
情報交換を行う。
「そういえば、ゴールゼンの王子が来たらしいな」
ゴールゼン王国は、人間の国の一つ。
魔王国に同盟締結にやってきた。
これまでは敵対国家だったが、どういう理由か方針転換されたようだ。
どういう理由かを知りたい。
「食料が目的だ」
「食料?
人間の国の食料事情は改善されつつあったのではなかったか?
裏で援助したのだろう?」
「それがどうも、災害に見舞われたらしくてな」
「災害?」
「ゴールゼンの空に浮かぶ島、知っているだろう?
あれが落ちた」
「……まさか」
「本当だ。
落下場所が川の上らしく、下流の農地に大きな被害がでた。
コーリン教が支援をしているから死者は出ていないが、農地の回復には時間がかかる。
周辺国を頼ろうにも、食料に余裕のある国はない」
「それで、魔王国にか」
「魔王国とゴールゼンは敵対国家ではあったが、戦火を交えていたわけではない。
民衆も受け入れやすいのだろう」
「なるほど。
しかし、その使者があの王子なのはどういうことなのだ?
かなりの色ボケだと城で噂だが?」
「あの王子は優秀だよ。
絶対に断られる女性にしか声をかけない」
「ほう。
色ボケは擬態と?
後継者争いか?」
「どちらかといえば、後継者から降りたい感じだったね」
「ふむ。
であれば、道中の病気も……」
「そっちは真実。
命の危機を顧みず、我が国との同盟のために旅を続けた。
なかなかの御仁だ。
うっ……」
クローム伯が、ミスをした。
ふふふ。
残る球は、八番と九番。
簡単な配置だ。
このゲームはもらった。
第二ゲーム開始。
勝利したので俺が続けてプレイする。
いい具合に球が散っている。
油断しなければ、問題ないだろう。
クローム伯は、グラスに入った酒を飲みながら俺のプレイを見ている。
ふふっ、俺の堅実な突きに惚れるがいい。
「そうだプギャル伯。
王都の清掃に関してはどうなっている?」
「王都の清掃?」
十日に一度、住人たちが集まってする清掃会のことではないよな。
俺はきちんと参加している。
とすれば……
「裏街のことか?」
裏街という場所があるわけではない。
窃盗、暗殺、誘拐……そういったことを取り纏める、いくつかの裏の組織をまとめてそう呼ばれている。
これら組織は、公然の秘密だ。
そして、必要悪として活用されている。
魔王国に表立って敵対する勢力ではない。
しかし、魔王さまは夏に入ったころから裏街の整理に動き始めた。
悪質なところは潰し、従順なところは残す。
そのうえで、次の春から数年のあいだの活動縮小命令。
抵抗する組織は軍によって潰された。
魔王さまの暗殺に動いた組織もあったが、それらは全て一人のハイエルフの活躍によって露見した。
暗殺ではなく、表立って魔王さまに挑戦した組織もある。
立派なものだ。
だが、そういった組織は魔王さまが雇った三頭のドラゴンによって排除された。
城で木の棒を振り回しているだけの暇な女性たちかと思ったが、まさかドラゴンだったとは。
魔王さまはどうやってドラゴンを手懐けたのだろうか?
なんにせよ、裏街は抵抗は無理だと判断し、俺やグリッチ伯のところに仲裁を申し込んできた。
それが秋の終わりころ。
クローム伯が聞きたいのは、その件がどうなったかだろう。
「魔王さまの事情を伝え、活動縮小に賛同してもらった。
連中は、最初からそういった事情だと素直に伝えてもらえれば従ったと言っているが……」
「まあ、そんなことはありえないでしょう」
クローム伯の言葉に、俺も頷く。
……あっ。
失敗した。
構えているときに頷いたから……
くっ。
魔王さまの、裏街に対する理由は簡単だ。
国賓級の者が王都にあるガルガルド学園に通う。
その期間中、犯罪に巻き込むのはもちろん、関わることも防ぎたいとのことだ。
少々、過保護かとも思うが、魔王さまは魔王国の存亡に関わる事柄だとみている。
だから、裏街の連中に最初っから伝えなかった。
絶対、面白半分で関わろうとする連中がでるから。
第二ゲームは俺の負けだ。
悔しい。
第三ゲーム。
おっ。
クローム伯の最初の突きで、四番がポケットに落ちたが、そのあとの形が悪い。
一番小さい番号である一番の球と手球の間に七番と八番の球があり、直接狙えない。
壁を使ったリバウンドでも難しい。
これはラッキーだ。
すぐに俺と交代だな。
そう思ったのだが、クローム伯はテーブルに腰掛けた。
なにを?
そして棒を縦に構えた。
なにをしている?
俺は数歩前に出て、クローム伯がやろうとしたことをみた。
クローム伯は手球を上から突き、手球に猛烈な回転を与えて七番と八番を回避して一番の球にぶつけた。
…………
「ちょ!
いまのかっこいいの、なんだ?」
「ふふふ。
マッセと呼ばれる技だ」
「ず、ずるいぞ!
お前だけそんな技!」
「これ、お前の娘から教わったのだが」
「娘?
エンデリか?」
「四女のほう」
「クラカッセに?
お前、俺の娘に手を出しているわけじゃないだろうな」
「危険な発言はよせ。
妻に聞かれたら俺が殺される。
あと、娘がかわいいのはわかるが、俺があれに手を出すと思うか?」
「すまなかった」
「お前の四女は魔王さまのご友人のところで、穏やかに暮らしている。
手紙、何通も渡しているだろ」
「うむ」
内容がこれまでのクラカッセの行動から想像できなかったので偽の手紙と疑ったが、家族にしか教えていない暗号を使っていたので娘からなのだろう。
それに……
「五村で会った。
魔王さまのご友人とは、あのヨウコ殿のことか?」
美しく、聡明な女性。
そして、魔王さまに匹敵しそうな強さを持つ女性だった。
魔王さまの愛人と俺は疑っているが……
「彼女の上司だ」
違うようだ。
「ヨウコ殿の上司……クラカッセはその者に仕えているんだな」
「私の娘と一緒にな」
知っている。
この屋敷を取り仕切っていた女中頭、ホリーもそちらに向かったと聞いている。
もう少し詳しくそのあたりの話を聞きたいが……俺の本能は止めておけと言っている。
本能と言っているが、これはスキルだ。
スキルの名はない。
代々、プギャル家の当主に備わるスキルで、神からのお告げみたいなものだ。
この本能に逆らうのは愚か。
俺はこの本能に従い、今の地位を得た。
だから従う。
《関わっちゃ駄目》
うん、まかせろ。
第三ゲームはクローム伯の勝利。
それはかまわない。
認めよう。
だから、第四ゲームに入る前に、そのマッセとやらを俺に教えるのだ!
絶対、かっこいい!
あと、お前のことだからほかにも隠している技があるんだろう!
それも教えろ!
遅くなってすみません。
今年も一年、頑張ります。
よろしくお願いします。




