とある鬼人族メイドの役得?
私は鬼人族。
ヒラクさま……村長のお屋敷でメイドを務めております。
ある冬の日、廊下で伏せて動かない一頭のインフェルノウルフがいました。
朝からずっとです。
どうしたのかと声をかけても、気にするなと首を振るだけ。
アンさまが声をかけても同じ。
廊下にも暖かくなる魔法を使っているので、寒くて動けないというわけではないでしょう。
正直、少し心配です。
という態度をとってみましたが、実は私、インフェルノウルフが伏せて動かない理由を知っています。
あのインフェルノウルフ、明け方まで廊下で寝ていました。
仰向けで。
インフェルノウルフの額には角があるので、仰向けで寝るにはコツがいるのですが、あのインフェルノウルフはそのコツを知らなかったのでしょうね。
角がザックリと床に刺さってしまい、軽くパニック。
しかし、身体能力を活かしてなんとか角を抜いて脱出。
角が折れていないことにほっとしたのも束の間、床に大きな傷が入っていたのです。
これはまずいです。
アンさまが大激怒します。
そして、アンさまを怒らせたら食事がでなくなります。
インフェルノウルフは少し悩んだあと、その大きな傷の上に伏せました。
そういうわけです。
このあと、どうするのでしょうね?
インフェルノウルフは総じて賢いと思っていたのですが、そうではないのかもしれません。
とりあえず、私はこのまま見守ろうと思います。
もちろん、仕事の合間にですよ。
夜、インフェルノウルフは悲しそうな声で村長に助けを求めました。
村長はインフェルノウルフと一緒に、アンさまに謝りにいくようです。
お優しい。
あ、その前に、インフェルノウルフはトイレと。
そうですね。
ずっと我慢していましたからね。
おっと、私はさぼっていたわけではありませんよ。
夜の見回りの最中です。
窓の鍵の確認や、明かりの管理をしています。
そうそう、インフェルノウルフと同じように、昼から動かない人がいます。
マルビットさまです。
昼からコタツに入ったまま動かないのですが、大丈夫なのでしょうか?
死んでいるわけじゃありませんよね?
本人に聞くのはあれなので、同じコタツに入っているスアルロウさまに聞いてみました。
先日のチェス大会の敗北がショックで……そうではなく?
キアービットさまがマルビットさまの応援をせず、クロヨンさまの応援をしたので拗ねていると。
なるほど。
キアービットさまはクロヨンさまに負けましたからね。
自分を負かした相手が優勝してくれたら、慰めになるので応援する気持ちはわかります。
マルビットさまも、そのあたりは理解されているのでは……
母親としては、どのような状態でも娘に応援されたいもの。
そうかもしれませんね。
私はまだ子供をもっておりませんが、お気持ちは察します。
ですが、コタツの使用時間は過ぎております。
夜はコタツに仕込まれた魔道具を停止させるように、村長から指示されていますので申し訳ありませんが……
いえ、安全ですよ。
一万時間、連続稼働させても大丈夫だと開発者のルーさまが胸を張っています。
コタツの布団もザブトンさまの手によるものですから、火で炙られてもそうそう燃えません。
村長の指示の理由は、コタツで寝る者が多くでたからです。
ええ、コタツで寝るのは身体によくないらしいですから。
すみませんがコタツの魔道具を停止させていただきます。
……
マルビットさまの手が私の腕を掴んで、魔道具の停止ボタンを押させてくれません。
えっと、マルビットさま?
停止させていただきたいのですが?
駄目ですか。
そうですか、わかりました。
私は無駄なことはしません。
ここは厳しく、私はルィンシァさまを呼びました。
解決。
あ、スアルロウさまも追い出すことになって、すみません。
出るタイミングを見計らっていたから、気にしないで?
そういっていただけると、助かります。
私は引き続き、夜の見回りをします。
冬は、来客というか村の住人が屋敷で寝泊りすることが多く、トラブルも増えます。
あー、ドワーフのみなさま、廊下で酒盛りは叱られますよ。
わかっています、お酒の品評会なのでしょう。
ですが……ここが一番、月と雪をみることができる?
ああ、なるほど。
確かに綺麗な月と雪ですね。
ですが、通行の邪魔です。
撤収をお願いします。
いえ……私は仕事中ですから。
そう言われましても。
……そこまで言うなら、わかりました。
一杯だけ、お付き合いしましょう。
……
もう少し注いでくれてもかまいませんよ。
おっとっとっと……
ほほう。
これはなかなか澄んだ味。
焼いた魚に合いそうですね。
え?
焼いた魚がある。
火鉢までこんな場所に持ち込んで。
叱られますよ。
今日は見逃しますけどね。
では、一口だけ。
……
やはり合う。
こっちも試してみろ?
わかりました。
翌朝、ドワーフのみなさまは、アンさまから思いっきり叱られていました。
せっかく見逃したのに、あのまま飲み続けたのでしょう。
駄目ですね。
私は飲んだあとも、ちゃんと仕事をしたのに。
あれ?
アンさま、どうして私のほうを?
昨晩のシフトから、あの廊下を見回るのは私だと。
……
はい、私が見逃しました。
すみません。
下手な言いわけはしません。
余計に叱られるだけですから。
私はドワーフのみなさまと一緒に、品評会の後片付けをします。
けっこう飲みましたね。
酒スライムさん、そこにいたら邪魔です。
一緒に片付けちゃいますよ。
アイギスさん、残り物を漁っちゃ駄目ですよ。
子猫さんたちも、甘えた声で鳴いても駄目です。
駄目だと言ったからでしょうか、子猫さんたちは残り物の焼き魚をそれぞれ咥えて逃げました。
……
追いかけて、焼き魚を取り戻す?
逃げながら食べられてますので、もう手遅れですね。
ですが、だからと言って無法を許すわけにはいきません。
躾は大事です。
私が全力で追いかけようとしたその瞬間、子猫さんたちの母親である宝石猫さんが立ちはだかり、子猫さんたちから焼き魚を取り上げました。
お見事。
いえいえ、お気になさらず。
ですが、子供はしっかりと躾けてくださいね。
あ、焼き魚を戻されても困ります。
そのままどうぞ。
あと、向こうで姉猫たちが何かやったようで……頑張ってください。
屋敷のホール。
玄関付近には色々な物が飾られています。
目立つのはミニトロフィー。
そして、麻雀の役満達成者表。
一番新しいところに“ヤクマンズ”の名前が三つ、並んでいますね。
羨ましくはありません。
なにせ、表の一番上、一番古い場所には私の名前があるのですから。
ふふふ。
おっと、いけないいけない。
つい嬉しくて、この表の前では時間を忘れてしまいます。
“ヤクマンズ”のみなさんもそうですよね?
ですが、ちゃんと仕事をしなければいけません。
私の注意に、“ヤクマンズ”のみなさんは足をあげて応えてくれます。
ええ、頑張りましょう。
それはそれとして、今度、一緒に麻雀をやりましょう。
ビーゼルさまも誘って。
次は負けないと言ってましたから。
この前みたいにはいきませんよ。
“ヤクマンズ”のみなさんは、返り討ちだと意気込んでいます。
もちろん、私も負けません。
さてさて、しっかりと仕事をしなければ。
完璧ではなく、少し手を抜いて。
怠けているわけではありませんよ。
それが私の役目なのです。
私を含め、鬼人族は完璧を求めすぎてしまい、主である村長に息苦しさを覚えさせることを自覚しています。
その対策です。
失敗役というか、うっかり役。
鬼人族にも、可愛げがあるのですよと。
まあ、意識してやっている時点であれなのですが……
村長を含め、村の住人の評判は悪くありません。
鬼人族と話しやすくなったとよく言われます。
まあ、私のことをよく失敗する人だと言われるのはなんですが……
仕事中にお酒を飲んだり、遊んだり、村長に優しくしてもらえたりと役得はあるので気にしません。
おっと、山エルフのみなさん。
遊ぶならあちらの部屋で。
ここはもうすぐアンさまが見回りにきます。
しばらくは静かにお願いしますよ。
今日も私は頑張ります。
今年も一年、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。