クジラ肉と変わった患者
ギラルはグーロンデとグラルとの別れを長々と惜しんだあと、混代竜族を連れて帰っていった。
なんでも、まだ仕事があるらしい。
早く戻ってくると言っていたが、ここはギラルの家ではなく出張先ではないだろうか?
いや、妻と娘がいる場所が家か。
村の食堂では、子供たちが並んで焼き魚をナイフとフォークで食べていた。
魚の骨にみんな苦戦している。
その横で、すごく綺麗に魚の骨を残して食べ終えたフェニックスの雛のアイギス。
凄くいい笑顔だ。
子供たち、真似は無理だからな。
真似をすると、足とクチバシで食べなければいけなくなる。
鷲も無理するな。
いつも通りで構わないから。
綺麗に魚の骨を残しているアイギスが変なんだ。
ルーは、三日前から不在。
シャシャートの街のイフルス学園に呼ばれたからだ。
いつもの研究ではなく、病人関係。
なんでも人間の国から、ルーがいるとの噂を頼りにシャシャートの街に船で移動してきた患者がいるらしい。
ルーは当初、五村に来るように患者に伝えたが、長い船旅で患者の容態が悪化。
シャシャートの街で動けなくなってしまった。
ルーは仕方なく、シャシャートの街に移動。
治療にあたっている。
ルーだけでなく、イフルス学園には医療関係に長じた人物も多くいるので、患者の治療は順調らしい。
ルーに同行したリザードマンたちから、そう連絡をもらっている。
ただ、容態の急変に備えて、まだしばらくは戻ってこられないそうだ。
治療に関して、世界樹の葉を使えばすぐに完治するのだが、世界樹の葉の取り扱いはグーロンデが村に来たあと、種族会議で決められた。
特に強く、一般に広めない、存在すら隠すべきと主張したのが天使族とハクレン。
世界樹の葉があればどんな病気や怪我も完治する。
たしかに凄いが、世界中の者に渡せるわけではない。
また、世界樹の葉の存在が広く知られたら、医療に関しての研究が大きく後退してしまう。
どんな研究成果を残しても、世界樹の葉にはかなわないのだから。
人々は世界樹の葉に頼るだろう。
そうなったあと、何かの異変で世界樹が枯れたら、世界はどうなるのか?
どう考えても、いい方向には進まない。
ルー、フローラを含む会議参加者たちもそう結論をだし、世界樹の葉の使用に制限がかけられた。
世界樹の葉を使う場合、三つの条件のどれかを満たさなければならない。
一つ、転移門や転移魔法を使わず、自力で大樹の村に到達した者。
一つ、村長が許可した者。
一つ、大樹の村、一村、二村、三村、四村の住人。
一つ目は問題ない。
自力で来てまで世界樹の葉を求めるのであれば、誰も文句を言わないそうだ。
二つ目の村長が許可した者ってのは、俺の権限が強すぎないかな?
そう思った俺は、三つ目をくっつけた。
五村の住人も加えようとしたが、それは一般に公開するのと一緒だとヨウコに止められた。
確かにそうだ。
その後、ヨウコから世界樹の葉の存在が一般に広まったときに起こるであろう惨劇の予想を聞かされ、俺は完全に存在を隠すように厳命した。
特に村の外では、“世界樹”という単語を使わないように。
どうしても使わなければならないときは、“大きい蚕のご飯”と言うようにしている。
リザードマンたちからの連絡には、患者の体力を回復するために空を飛ぶクジラの肉が欲しいとあった。
すでに三頭は骨になっているが、冬眠しているザブトンやザブトンの子供たちの分を残しても、まだまだ空を飛ぶクジラの肉はある。
生肉を大きめに切り分けてルーのもとに送る手配をする。
「村長、ルーさまのところに送るのは生肉だけでいいんですか?
燻製と塩漬けもありますが」
クジラの生肉の入った樽を持った鬼人族メイドが聞いてくる。
樽を片手で軽々と持っているけど、五十キロぐらいありそうだ。
「そうだな。
じゃあ、燻製と塩漬けも送ろう。
邪魔になっても、マルーラの従業員たちが食べてくれるだろう」
「わかりました。
積み込んでおきます」
よろしく。
ルーのもとに運んでくれるのはゴロウン商会。
連絡にきたリザードマンたちが護衛につく。
そうだ。
マイケルさんにも、クジラ肉のお裾分けをしておこう。
後日、クジラ肉を輸送したゴロウン商会の馬車は、何度も魔物や魔獣に襲われたとの報告を受けた。
「魔物たちは、明らかに積荷を狙ってました」
……
リザードマンたちを護衛につけておいてよかった。
ルーが治療した患者は、某国の王子だった。
全快したとたん、ルーに求婚したので顔面を殴ったそうだ。
うん、俺がその場にいたら耕していた。
人妻に求婚するんじゃない。
治療の代金はそれなりに分捕ったが、そのままイフルス学園とマルーラに分配してきたとの報告。
特にお金には困っていないので、問題ない。
ルーが王子を殴ったことに関しては、治療の一環として王子の側近からは受け入れられた。
普段から求婚をしまくりなのだろう。
王子の側近から、こっそりとあれは治せないのですかと相談されたぐらいらしい。
男性のシンボルを切り取る提案をルーがしたら、王子の側近たちはかなり本気で考え込んだそうだ。
色々、苦労しているんだろうな。
全快した王子一行は、十日ほどシャシャートの街に滞在したあと、王都に向かった。
自国と魔王国の極秘同盟の話をするために。
どうして俺がその極秘同盟の話を知っているかと言うと、猫たちとコタツで戯れている魔王から聞いたからだ。
俺が聞いて大丈夫なのかな?
極秘なんだろ?
王子の国、それなりに大きいみたいだし。
え?
その王子、魔王の奥さんに求婚した?
……
えーっと、外交問題には……王子の側近たちの努力でそこまではいっていないと。
なるほど。
ただ、魔王と魔王の奥さんの両方から殴られたから、一ヶ月ぐらい動けないと。
でもって、ルーを呼んでる?
行かせないぞ。
注意)王子の病気はオリジナルで、感染力のない麻疹やおたふく風邪がきつくなったものだとお考えください。
(症状に波があって、一年ぐらい患って死に至る感じのイメージです)