三人の結婚相手
魔王の奥さんは日帰りの予定だったが、一泊することになった。
温泉を気に入ってくれたのかな。
食事も問題なかったようだし。
そういえば、魔王とユーリはこの村によく来ているからか、箸を問題なく使いこなしているのは知っていた。
しかし、魔王の奥さんも箸を使いこなしたのは驚いた。
話を聞くと、獣人族の男の子三人が魔王国の王都で箸を広めているらしい。
そんな活動をしていたのか。
いいじゃないか。
ところで獣人族の男の子三人。
ゴール、シール、ブロンが結婚すると聞いたのだが、間違いないな?
俺の質問と同時に、シールが逃げ出した。
それをゴールとブロンがタックルで取り押さえた。
「いやだぁぁぁぁぁぁ!
俺は結婚したくなぃぃぃぃぃぃっ!」
シールが叫ぶ。
半狂乱だ。
そんなシールを殴って黙らせ、ゴールが俺に頭を下げる。
「すみません。
シールは結婚を前に、ちょっと悩んでいるようで」
いや、悩んでいるんじゃなくて、結婚したくないという結論を叫んでいるが?
「いまさら、それは通じません」
そうなのか?
「そうなのです。
残念ながら」
そうか……すまない、シール。
力にはなれそうにもない。
「とりあえず……
僕もシールもブロンも、縁があって結婚することになりました。
遅くなりましたが、その報告をさせていただきます」
ゴールの報告では、ゴールは二人と、シールは九人と、ブロンは一人と結婚することになったそうだ。
シールの九人の話はあとで聞くとして、ゴールの相手は二人なのか?
「ええ。
まあ、その……色々とありまして」
ゴールの相手はプギャル伯爵の七女、エンデリ嬢。
彼女と一年ぐらい友人関係を続け、結婚を前提としたお付き合いに切り替わったころ、横から邪魔が入った。
邪魔をしたのはグリッチ伯爵の五女、キリサーナ嬢。
プギャル伯爵とグリッチ伯爵は出世のライバル同士。
ただ、表立って対立することはなく、また利害が一致すれば協力もできる関係らしい。
その実家の影響を受けてか、娘たちも互いをライバル視しつつも、表面上は仲良くやっていたそうだ。
そういった関係なので、エンデリ嬢の結婚に口を出してくることはない。
逆に、エンデリ嬢の結婚はキリサーナ嬢にとっては歓迎すべき出来事。
魔王国の政治に関わらないゴールとの結婚は、プギャル伯爵の地位向上には繋がらないのだから。
しかし、キリサーナ嬢は邪魔をしてきた。
エンデリ嬢の結婚を妨害するために。
確認したが、エンデリ嬢が意に沿わない結婚を強いられていると思い込んで、それを助けたわけではないそうだ。
理由はシンプル。
純粋な嫉妬。
「私より先に結婚するってどういうことでしょうか?」
それだけ。
だが、そこから始まるエンデリ嬢とキリサーナ嬢の戦い。
それに巻き込まれるゴール。
そこから何がどうなったのか、ゴールはエンデリ嬢とキリサーナ嬢の二人と結婚することになった。
今では、二人は結託してゴールを逃がさないようにしていると。
ゴール、ちょっと遠い目をしているが大丈夫か?
そうか、大丈夫か。
よかった。
ブロンの相手は、学園の事務のお姉さん。
ブロンが生徒のときから事務のお姉さんには色々とお世話になり、教師になってからもそれは続いた。
しばらくは一人の教師と、事務のお姉さんの関係だったが、なんだかんだあって事務のお姉さんから求婚。
ブロンがそれを受けて、話がまとまった。
……
普通だ。
ほんとうに普通だ。
ああ、待て待て。
慌てるな。
事務のお姉さんの種族は?
実はアンデッドとか、そういうオチは?
ない。
普通の魔族の女性。
ちょっと年上なだけ。
いくつ上だ?
十五歳上。
……
問題なし!
ただ、ブロン。
お前が年上好きになったの、ひょっとしたら俺が願ったせいかもしれない。
うん、お前たちが小さかったころ、獣人族の女の子たちがその……
その点は謝らせてくれ。
俺の謝罪に、ブロンが良い顔でこう返事してくれた。
「僕が年上好きなんじゃなくて、好きになった人が年上だっただけです」
……そうか。
幸せにな。
さて、問題のシール。
相手が九人か。
……
詳しく聞かなければ駄目だろうか?
駄目か。
そうか。
わかった。
聞こう。
「最初は三人だったんだ……」
うん、まずおかしい。
最初は一人じゃないのかな?
あ、すまない。
話を進めてくれ。
シールは、最初の三人、アイリーン嬢、ロビア嬢、コネギット嬢とほどよい距離感のお付き合いをしていた。
シールとしては、この中の一人と結婚できればいいな、程度に考えていたそうだ。
そんなシールの考えを察したのか、三人は結託。
三人とも娶ってもらう方向で行動を開始した。
そうとは知らないシールは、いつも通り。
いや、気付いていたのかもしれない。
三人に対して、それなりに平等に扱っていた。
そして日々が過ぎ、徐々に包囲網が狭まりつつあったところで、四人目の乱入。
なんでもとある伯爵家の領地で流行った病を、ゴールたちとともに解決。
伯爵の縁者が、お礼としてやってきた。
ここでいうお礼とは、妻になって尽くします的なことらしい。
俺は知らなかった。
そして、シールも知らなかった。
さらに五人目の乱入。
相手は、とあるダンジョンの最深部の一つ手前を守護していた女性型の人工生命体。
ゴールたちと共にダンジョンを攻略した結果、行き場を失った彼女をシールが拾った。
シールとしては置いていくのがかわいそう程度の感覚だったが、相手はそう思わない。
シールのことをマスターと呼び、妻として振る舞い始めた。
六人目。
交易商の娘。
これはシンプル。
交易商の商隊が移動中、山賊に襲撃を受けた。
商隊には十人を超える護衛がいたのだが、山賊は五十人を超えており、さらに奇襲されたことで全滅寸前だった。
そこに通り掛かったシールが登場。
山賊は撃退。
交易商の商隊の積荷は守られた。
そして、シールの強さに惚れ込んだ交易商と、その娘の積極的なアタック。
いくら強いと言ってもシールはまだ子供。
ベテランの交易商に見事に誘導され、気付けば交易商の娘が学園に滞在していた。
七人目。
シールが人間の国にまで足を伸ばしたときに知り合った、砂漠エルフの奴隷。
魔王国でも奴隷はいるが、基本的には犯罪奴隷。
刑罰として奴隷にされ、刑期を過ごせば解放される。
しかし、人間の国の奴隷は犯罪奴隷だけでなく、色々な奴隷がいる。
そして、奴隷の扱いもさまざまだ。
あまりにも酷い奴隷の扱いを目の当たりにし、憤慨したシールは奴隷商を合法的に潰して奴隷を解放した。
奴隷になっていた者の大半が、誘拐されて奴隷にされていたので、喜んで故郷に帰っていった。
その際の資金もシールが出したというのだから、たいしたものだ。
そして一人。
すでに故郷がなく、行き先のなかった砂漠エルフが、シールと行動を共にした。
なるほど。
話の途中だが、奴隷商を潰したのはどうなんだろう?
その地域の奴隷商は、奴隷をそんな風に扱うのが一般的だったりしないのか?
他国に行って、自国とやり方が違うと暴れるのはただの我が侭だぞ。
いや、確かに奴隷はかわいそうだが。
助けるなとは言わない。
ただ、自分にできないことに手を伸ばして、潰れられても困る。
それに、恨みも買う。
用心してくれたら、嬉しい。
まあ、今回は合法的に潰したらしいから、非は奴隷商にあるのだろう。
詐欺的な手段とか使ったわけじゃないんだろ?
よかった。
話を戻して八人目。
潰した奴隷商から送り込まれた刺客。
……
獣人族の娘で、返り討ちにしたら懐かれたそうだ。
そうか。
九人目。
シールと一緒に人間の国まで行った冒険者。
魔法使いで、シールとコンビを組んでいたらしい。
奴隷商の件でも協力してくれた、いい人だそうだ。
妻として手を挙げたのは、シールの料理が原因。
大樹の村仕込みの料理で、虜にしたそうだ。
なるほど。
そして九人はシールのいない場所で戦いを繰り返し、そして結託した。
それに気付いたシールは、女性の怖さを自覚。
全力で逃げ出したが、捕まった。
捕まってしまった。
ゴール、ブロンも捕まえる側だったらしい。
ゴール、ブロンの奥さんたちの連携だろう。
三人の妻として協調は大事だからな。
裏切り者と言ってやるな。
あ、うん、俺はお前の味方だぞ。
よしよし。
いいか、愛は無限だ。
限界はない。
まずはこれが基本だ。
その上で、心の中に棚を作る方法を伝授しよう。
どんな棚でもいい。
大事な者を思う気持ちを入れる棚だ。
むずかしくない。
むずかしくないぞー。
その日、俺はシールと長く話し合った。
これまで、こんなに長く話したことはなかった。
血は繋がっていないが、お前は俺の息子だ。
うん。
胸を張れ。
大事なのは心の棚だ。
あと平等。
忘れるな。
おおっと、ゴール、ブロンも俺の息子だぞ。
ははは。




