アネの滞在
我が名はガルガルド。
魔王国の魔王である。
そして、横にいるのが我が妻、アネ。
アネは我よりも年上ではあるが、実は容姿は幼い。
人間でいうなら……十三歳から十五歳ぐらいの姿。
魔族なので、容姿が若いまま固定されることは珍しくはない。
所有する魔力量が多い証拠でもあり、誇るべきことだ。
しかし、幼い姿では貴族学園の長として威厳が足りないと、普段は魔法で姿を変えている。
だいたい……人間の三十歳ぐらいに。
威厳を考えるなら六十歳ぐらいにしたらと言ったことがあるが、あのときは無言で殴られ、食べたばかりの夕食を床にぶちまけた。
以後、我はアネの姿に関しては何も言わないようになった。
だが、今回は言わせてもらおう。
「アネ、姿が戻ってる。
村長が驚いているから戻して戻して」
「キブスリー、私ね。
すごく怖い目にあったの」
キブスリーとは、我が魔王になる前の名だ。
アネと結婚したときは、我はまだ魔王ではなかった。
我が魔王になってからは、アネは我をキブスリーとは呼ばないようになった。
寂しいと思ったが、仕方がない。
我は魔王なのだ。
だが、久しぶりに呼ばれて嬉しく思う。
あ、いや、そうじゃない。
「アネ、大丈夫か?
ちょっと記憶が混濁しているぞ。
ここは我の家ではなく、周囲には他の者もいる。
もう少しとりつくろった……」
「いや」
いかん。
完全にアネは昔に戻っている。
頬を膨らませ、拒絶のポーズ。
こうなれば抵抗は無駄。
我、知ってる。
くっ。
仕方がない。
アネが正気になったときのことは、考えない。
今を楽しもう。
ちょうど、我とアネの目の前ではデーモンスパイダーの子供たちによる一糸乱れぬダンスが披露されている。
「キブスリー、すごいね。
すごいね」
「ああ、ほんとうに凄いな」
確かに見事。
そして、小さい紳士帽子が似合っている。
おっと、一匹が前に出てソロパートだ。
鉄板の上で、カタカタとリズミカルな足音を刻む。
足に鉄靴を履いているのもあるが、音声拡大の魔法を使っているので聞きにくいことはない。
ソロパートを担当していた一匹がフィニッシュを決めると、左右に控えていた他の子供たちが並んで出てきた。
今度は複数で足音を刻むのか。
その数で大丈夫か?
ミスは目立ち難いと思うが……おおっ、乱れない足音。
素晴らしい。
我は惜しみない拍手を送る。
そして、デーモンスパイダーの子供たちによるダンスが終わると、次は竜王ドースが控えていた。
アネに挨拶するために。
えっと、向こうでやってた戦いは……終わりましたか。
そうですか。
……
我はアネをみた。
正気には……まだ戻っていない。
竜王との挨拶は、あとにするか?
いや、今の状態で挨拶したほうが楽だな。
我は竜王にアネを紹介する。
タイミングを合わせてアネが挨拶。
「アネ=ロシュールです。
よろしくお願いします」
よかった。
このあたりはちゃんとできるようだ。
さすがアネ。
竜王もアネに挨拶。
「竜王、ドースだ」
挨拶のとき、立場が上になればなるほど言葉が少なくなる。
不用意に言質を取られないようにするためだ。
なので我は竜王の挨拶に不満はない。
だが、アネは違ったようだ。
「ちょっと、挨拶はもっとしっかりしなさいって教わらなかったの」
……
我、死んだと思った。
そう思うの、この村に来るようになってから何十回目かだけど。
竜王が、笑ってくれたので助かった。
ほんとうに助かった。
だからアネ。
これ以上、何も言わないで。
お願いだから。
夕食前。
アネは正気を取り戻した。
猫たちによる癒し効果だろう。
我も何度、猫たちに癒されたか。
アネ、サマエルは我のだから。
あまり抱き締めないで。
ほら、こっちの猫のぬいぐるみで我慢するように。
こっちなら抱いてていいから。
アネはやらかしたことをなんとなく覚えていたらしく、悶えたアネの矛先は我に向けられた。
我はそれを受け止める。
それが愛だと信じて。
夕食のテーブルにつく前に、アネと共にやらかした相手に謝罪。
謝罪した数は考えない。
夕食は鍋料理。
魔道具によって加熱されている鍋の中は、味噌ベースのスープに、豚肉、鶏肉、魚、ハクサイ、キノコ、ニンジン、ダイコンと色々入っている。
寄せ鍋というらしい。
我はアネ、ユーリと同じ席。
こうして家族で鍋をつつくというのも、不思議なものだ。
王城にいたときは考えられなかった。
我が魔王になってしまったから。
その点では、申し訳ないと思う。
ただ、我が魔王にならなければ、魔王国は大混乱に陥っていた。
それを回避するためだと、わかってほしい。
……
アネ、その姿でいいのか?
若いままだぞ?
ユーリには、あまりその姿を見せたくなかったのだろう?
あと、ゴールたちがお前のその姿をみて、慌てているが……
「色々と諦めました。
あの三人に関しては……古い友人のために、この姿でちょっと接触したもので」
そ、そうか。
そのアネに対してユーリは……
「私が小さいとき。
時々、現れては姉だと名乗る人の正体が判明してよかったです」
アネ、なにやってるの?
いや、ウィンクされても……かわいいけど。
わかった。
細かいことは横に置いて、今は鍋を楽しもう。
具材が減ったら麺類を投入するからな。
「私はよくわからないので、お任せします」
「お父さま。
麺類のまえに、モチを入れましょう。
お母さまにも味わっていただかなければ」
おお、確かにその通り。
では、モチを投入!
モチは離していれないと、くっつくので注意だ。
おっと、アネ。
ユーリに結婚の話は駄目だぞ。
まだ早い。
確かに孫は羨ましいが……
そうそう、昼間の戦いは門番竜が乱入して決着したらしい。
さすが門番竜だと思うが、一番被害を受けているのも門番竜。
妻と娘の戦いを、身体を張って止めたそうだ。
我に真似できるだろうか?
そうだ。
アネ。
竜王の横にいるのが台風竜のライメイレン。
台風竜の横にいるのがグーロンデ。
そう、あの“神の敵”。
ドラゴン姿をみたけど、すごかったぞ。
あとで挨拶に行こう。
ん?
遠慮する?
遠慮の必要はないと思うが……まあ、お前がそう言うなら、わかった。
麺類のあとは、米を投入して締め料理を作る。
この変化が鍋の良さだな。
ただ、このあとにデザートがあるそうだから、腹いっぱいにしないように。
それから、食後にみんなで温泉地に行こう。
うむ、馬車でのんびり行くのもいいが、ビーゼルに頼もう。
温泉はいいぞ。
日頃の疲れが癒える。
男女別なのは残念だがな。
あ、いや、変な意味ではなく、家族で温泉に入りたかったなと。
それだけだぞ。
わかっている。
無理を言ってユーリに嫌われたくはない。
デザートを待っているときに、村長が息子たちを連れて紹介にきてくれた。
アルフレート。
見るからに優秀そうな息子で、羨ましい。
娘に不満はないが、息子も欲しかった。
まだ望みがないわけではないが、学園長という立場で妊娠は難しい。
ユーリのときは無理してもらったが、色々と大変だった。
あれをもう一度となると、躊躇してしまう。
今晩、話し合おう。
ウルザ。
活発な娘だ。
そして要注意人物。
うん、要注意人物。
注意してどうなるってわけではないけど、覚悟を決めることはできる。
来年、アルフレートと一緒にアネのいる学園に入学するらしいが……大丈夫だろうか。
ゴールたちに、頑張ってもらおう。
いや、村長にお願いして村の住人を何人か学園に派遣してもらうべきか?
ウルザを抑えられる者として……駄目だな。
誰が来ても悲惨な未来しか見えない。
覚悟だけしておこう。
大丈夫。
覚悟していれば、耐えられる。
食後、家族で温泉地に。
死霊騎士、死霊魔導師、ライオン一家のことをアネに言ってなかった。
すまない。
ほーら、猫ちゃんのぬいぐるみだぞー。
正気にもどれー。
学園長来村、三部作でした。




