挨拶の順番待ち
魔王の奥さんがそろそろやってくる時間なので、村の居住エリアに向う。
目的地は、居住エリアの南側の出入り口の一つ。
ここを村の正面入り口ということにした。
以前は新畑の南端が正面入り口扱いだったのだけど、その南に大樹のダンジョンを作ってしまったので入り口には似合わないかなとルーやティアに指摘されたからだ。
俺としてはどこでもいいのだけど、なぜか村の住人たちが拘るので聞き入れる。
今度、ちょっと立派な門でも作ろう。
寒いので俺だけでと思ったけど、フラウとユーリ、それとアンが同行してくれた。
ありがとう。
ん?
レッドアーマーも同行してくれるのか?
構わないぞ。
クロの子供たちも同行したそうだが、魔王から出迎えは極少数でとお願いされている。
クロの子供たちが同行するとなると十頭単位になる。
すまないが、今回は遠慮してくれ。
俺が居住エリアの南の出入り口の一つに到着すると、すでに魔王一行は到着していた。
魔王、魔王の奥さんであろう女性、ビーゼル、そして獣人族の男の子たち三人。
俺の姿を確認したのか、獣人族の男の子たち三人が駆け寄ってきた。
そのまま俺にタックルするかと思ったが、俺の横にいるフラウとユーリをみて急停止。
ゆっくりと俺の前に来て頭を下げた。
「村長、ただいま戻りました」
「おかえり」
魔王の奥さんは、到着と同時にトラブルがあったようだ。
周囲に小さい物をいくつも落としている。
アクセサリーの紐が切れてしまったのかな?
魔王とビーゼルが拾っている。
俺も手伝いたいが、まずは挨拶とフラウに止められた。
なので挨拶。
魔王、ビーゼルとは顔見知りなので不要。
必要なのは魔王の奥さんだけ。
まずは魔王の奥さんの挨拶。
魔王の奥さんは一歩前に出て、胸を張った。
「庶民、出迎えご苦労!
魔王の妻、アネである!
これより……もが?」
魔王の奥さんの挨拶はまだ続きそうだったけど、横にいた魔王とこちらから飛び出したユーリによって封じられた。
そしてフラウとビーゼルが並んで俺の前に立ち、魔王の奥さんを隠した。
「すみません。
打ち合わせが不十分だったようで。
少々、お待ちください」
フラウの指示で、その場で待つ。
魔王とユーリが、魔王の奥さんに色々と説明している声が聞こえる。
貴族語ってなんだろう?
宮廷言葉みたいなものかな?
仕切りなおし。
「はじめまして。
魔王の妻、アネ=ロシュールです。
よろしくお願いします」
魔王の奥さん、普通に挨拶。
「私はこの大樹の村の村長、ヒラクです。
貴女を歓迎します」
準備していた挨拶を返す。
挨拶がそっけない気もするが、フラウとユーリによる監修の結果なのでこれが普通なのだろう。
あとは、それぞれ同行者を紹介するだけだが、大半が顔見知りなので俺がアンとレッドアーマーを紹介するだけで終わった。
魔王が出迎えを極少数でと希望したのは、この辺りの挨拶を簡単に済ませるためかな?
アンの先導で、居住エリアを案内しながら俺の屋敷に向う。
それにしても魔王の奥さん、魔王とラブラブだな。
最初は並んで歩いていたのに、魔王と手を握ったと思ったら、いつの間にかお姫さま抱っこされていた。
一応、確認するけど……歩くのが辛いなら、馬車を用意するが?
違うよね。
知ってた。
とりあえず、お姫さま抱っこされている魔王の奥さんに、村の施設を説明。
向こうに見えるのが酒の工場で、ドワーフたちが酒を造ってる。
あっちは風呂。
村の住人なら自由に使ってもらって構わない。
あの木は、世界樹の木。
枝の付け根にいくつかあるのは蚕の繭だから、触らないように。
あ、そっちは来客用の宿で、俺の屋敷は向こうの大きいの。
距離があって申し訳ない。
え?
ああ、森で喧嘩しているのはグラッファルーンとラスティ。
親子喧嘩。
グラッファルーンが孫のラナノーンと別れられず、連れ帰ろうとしたのが発端。
見苦しいものを見せて申し訳ない。
ここまで被害はこないから大丈夫。
ドースが結界を頑張って作ってくれているから。
ちなみに、ラナノーンはライメイレンが相手していたりする。
ライメイレンはヒイチロウだけでなく、ラナノーンもかわいいのだけどグラッファルーンに遠慮があったからな。
今が、かわいがれるチャンスなのだろう。
俺の屋敷に到着。
クロの子供たちが玄関前で整列して待ってた。
同行したいと言ってたときより数が多い。
よしよし。
寒いのに待たせて悪かった。
ホワイトアーマーも門番、ご苦労。
俺が手を振ると、ホワイトアーマーは片足を上げて挨拶を返してくれる。
レッドアーマーも門番に戻るか。
頑張ってくれ。
ちゃんと休憩するんだぞ。
屋敷の中は暖かい。
魔王の奥さんも落ち着けるだろう。
まずはホールで、待機していたルーとティア、セナ、ガルフ、ガットを紹介。
ルーとティアは俺の奥さん代表として挨拶。
普段、屋敷にいないセナがいるのは、魔王の奥さんに獣人族の男の子三人がお世話になっているからだ。
セナは村の獣人族の種族代表として挨拶する。
ガルフとガットはセナの付き添いなので、セナが紹介する。
本来ならアルフレートたち子供も紹介するのだけど、事前に魔王から省略を願われていたので後回し。
子供たちも、この時間は勉強時間だしな。
夕食時にでも紹介しよう。
ところで魔王の奥さん、ルーやティア、ガルフに過剰に反応していたように思えるけど、気のせいかな?
次は魔王の奥さんを客間に……あ、先に着替えたいのね。
そういえばユーリも初めて村に来たときは、何度も着替えていた。
そういう文化なのだろう。
大丈夫。
客室を用意しているので、そちらでどうぞ。
アンが案内を……魔王が連れて行くのね。
仲がいいなぁ。
着替え終わった魔王の奥さんが客間に来たのは、少し時間が経過してからだった。
女性の着替えは時間が掛かるからな。
文句は言わない。
俺が文句を言うのは、客間のコタツに入って飲んでいるマルビットたち。
今日は来客があるから遠慮しろって言っただろ。
大丈夫って何が大丈夫なのかと思ったけど、魔王の奥さんとマルビット、顔見知りだった。
魔王の奥さん、奇声を上げるぐらいびっくりしてたけど。
その後の罵倒の嵐。
そうだよね。
ガーレット王国の偉い人が、こんな場所で酒飲んでグダグダしてたら駄目だよね。
俺もそう思う。
もっと言ってやって。
あ、ルィンシァにも矛先が向いた。
補佐長はもっと長を締め上げろという内容。
いや、ルィンシァは頑張っていると思うぞ。
ほんとうに。
スアルロウのことも知っているみたいだ。
魔王国で危険視されている天使が、のんきに昼間っから酒を飲んでるんじゃない、悪い事を働け、もしくは計画しろと言ってる。
魔王の奥さん、さすがに悪いことを推奨するのは止めていただきたい。
あと、スアルロウは危険視されているのか?
知らなかった。
ラズマリアのことは……知ってた。
魔王の奥さん、天使族が神人族と名乗っていたころを知っているそうだ。
ただ、魔王の奥さん。
相手の身体的特徴を絡めるとただの悪口になるから。
無駄乳とか言わない。
落ち着いて。
魔王、助けて。
ふう。
魔王の奥さん、落ち着いたようだ。
マルビットたちと挨拶をやり直している。
よかった。
次はドースたちなのだが、いまはグラッファルーンとラスティの喧嘩のほうに行ってるからな。
後回し。
じゃあ、こちら……えっと、始祖さんの本名なんだっけ?
あ、自分でやるから大丈夫?
では任せた。
魔王の奥さんは、再び奇声を上げた。
現在、魔王の奥さんは魔王による猫たちの紹介を受けている。
猫のライギエル、宝石猫のジュエル、姉猫のミエル、ラエル、ウエル、ガエル、子猫のアリエル、ハニエル、ゼルエル、サマエル。
魔王、すっごく詳しく紹介しているな。
魔王の奥さんもしっかり聞いている。
そして笑顔。
すっごい笑顔。
この村に来て一番の笑顔かもしれない。
夫婦で猫好きなのかな?
ただ姉猫、子猫たちよ。
俺が呼んでも来ないのに、魔王が呼ぶと勢揃いするのな。
いや、文句があるわけじゃないが。
今度、俺の部屋のコタツを使いに来ても追い返そうと考えただけだ。
ライギエルとジュエルは構わないぞ。
お前たちは俺が呼んだら来るからな。
おっと、あまり猫たちに構うとクロたちが怒る。
魔王の奥さんに挨拶するため、クロとユキが待機しているからな。
俺はクロとユキの頭を撫でながら、もう少し待ってくれとお願いした。
起きているザブトンの子供たちも、挨拶の順番待ち。
挨拶代わりにダンスを見せると待機している。
俺も楽しみにしているぞ。