グーロンデの鱗
グーロンデの鱗は、真っ黒な岩のようだった。
実際、一枚が三メートル~四メートル四方の大きさ。
厚さは一メートル……はないかな。
八十センチぐらい。
大きい。
そして、硬い。
超硬い。
いや、ハクレン、対抗しなくていいから。
ライメイレンも自分の鱗を持ってこないように。
えーっと。
この大きくて硬いグーロンデの鱗が、二百枚。
俺の目の前にある。
滞在費だそうだ。
最初はグーロンデの治療に使った世界樹の葉の代金だったのだけど、俺が遠慮した。
俺の場合は病気だったが、動けない辛さは知っている。
怪我で動けないと聞いては、俺は放っておけない。
それに、これで代金をもらってしまうと、蚕たちのエサにできなくなってしまう。
だから遠慮した。
感謝の気持ちは俺にではなく、世界樹と世界樹の苗を守っていた天使族にしてほしい。
俺、葉を取っただけだしな。
遠慮した俺を見て、グーロンデとギラルは柔軟に発想を転換。
もうすぐ武闘会だから、グーロンデとギラルはまだ村にいる予定だ。
なので滞在費に名目が変わった。
滞在費なら受け取る。
問題は使い道だな。
いい加減、村の倉庫からドラゴンの鱗が溢れ出している。
毎年、倉庫を作っている状態だ。
さすがに、そろそろなんとかしたい。
鱗に価値があるのは教えてもらっているし、滞在費でもらったグーロンデの鱗を捨てるのは失礼。
活用しなければ。
……
ビーゼルに十枚ほど渡して、獣人族の子供たちが通っている学園に寄付。
換金に時間がかかる?
高価だから、買い取れる者が限られる?
まあ、当然か。
手数料でいくらか取ってもいいから、よろしくお願いする。
あ、一枚ずつじゃないと運べないか。
ごめん、手伝う。
ルーにも十枚。
換金手段がない?
マイケルさんに頼むのは?
たぶん、一枚が限界?
そっか。
じゃあ、一枚。
シャシャートの街のイフルス学園に寄付。
ヨウコにもと思ったけど、逃げられた。
五村の運営費は十分だそうだ。
それに、換金手段がないそうだ。
五村の商人だと……無理?
本来、俺が鱗を買い取る側?
そうなの?
残念。
換金手段がないのであれば、換金せずに素材として使えばいい。
【万能農具】頼んだぞ!
グーロンデの鱗を加工し、包丁を作ってみた。
黒い包丁。
ふふふ。
悪くないんじゃないかな。
アンに試しで使ってもらう。
「切れ過ぎて危ないです。
封印で」
倉庫の奥の奥に封印されてしまった。
食材だけでなくまな板と台所まで切れてしまう包丁は問題か。
五十本ぐらい作ってしまったのに残念だ。
全部、封印。
日用品にしようとしたのが間違いだった。
素直に武器にしよう。
剣、斧、鎌、槍。
柄の部分は森の木で作って……完成。
「禍々しくないですか?」
鬼人族メイドの感想。
黒い武器、かっこいいと思うけどな。
確かに禍々しいかどうか聞かれたら、禍々しいけど。
切れ味に関しては……どうだろ?
ガルフに試してもらう。
「これは駄目。
駄目です。
封印しましょう」
森のぶっとい木を一振りで切り倒せたのに、封印になった。
うーむ。
包丁と同じで、切れすぎる武器は危ないか。
「いや、それだけじゃなく、一振りでなんかこう色々と出ましたよ。
禍々しいのが。
あと、めちゃくちゃ疲れます。
というか……すみません、倒れます」
俺が振ったときは、そんなことはなかったが……
まあ、ガルフの意見を採用して武器は封印。
倒れたガルフは、ガルフの家に送っておいた。
この調子だと、防具もやめておいたほうがいいか。
では……
どうしよう。
適当なサイズにカットして、漬物石にするとか?
「あの、ドラゴンの鱗をそのまま使っているから問題なのでして……」
ガットが問題点を教えてくれた。
「ドラゴンの鱗は普通、砕いて粉にして鉄に混ぜて使います」
そうなのか?
「下級の竜の鱗であればそのまま使うこともありますが、この村に来られているドラゴンは上級というか特級なので。
なんとか粉にして、やっと使える状態になります」
ガットが実践して……
あ、俺が粉にするのね。
【万能農具】の小刀で、グーロンデの鱗をガリガリと削る。
粉をまとめて、小さな樽に詰めて渡す。
ガット、俺を崇めるのはやめてくれ。
そういうのはスアルロウで間に合ってる。
ガットが慎重に鱗の粉を扱っているのをみて、ドラゴンの鱗が貴重品だと実感させられる。
手早く、ガットが二本の短剣を打ってくれた。
一本は普通の鉄で。
もう一本は、鉄にグーロンデの鱗の粉を混ぜた鉄で。
見た目は同じだが、切れ味が全然違った。
粉を混ぜただけで、ここまで違うのか?
「ドラゴンの鱗の粉が周囲から魔力を集め、短剣の切れ味を向上、維持していると言われています。
ですので、鱗の粉を混ぜた短剣の刃は手入れ不要です」
ほう。
ドラゴンの鱗の粉に意思があるとは思えないが、どうなんだろう?
維持すると言ってるが、どの段階で維持しようとするんだ?
剣に加工している最中は、加工している最中だと認識しているのか?
不思議だ。
あと、手入れ不要というか、普通にやっても砥げないだけな気もする。
まあ、了解。
とりあえず、グーロンデの鱗の使い道が決定。
全部粉にしよう。
……
え?
駄目?
いまある小さい樽で十分?
遠慮するなって。
ははは。
小さい樽二つ分しか渡せなかった。
削ったの、武器や包丁にした鱗の余りだから、鱗の数が減っていない。
というか一枚しか使えていない。
うーむ。
仕方がない。
本格的に漬物石にするか。
持ちやすい形に加工して……
一枚の鱗から、漬物石が何個も作れてしまう。
さすがに駄目だと自分で理解できる。
もっとこう、相応しい使い道がないものか。
グーロンデの鱗を前に考える。
これだけ大きいしな。
……
鱗の片面を【万能農具】で磨いて、鏡にしてみた。
平らに、歪みのないように。
おお、綺麗に映る。
映り過ぎじゃないかなってぐらい映る。
いいね。
ふふふ。
ビッグサイズの姿見だ。
あれ?
鏡にドライムの執事であるグッチが映っている。
なのに俺の後ろにはいない?
どういうことだ?
不思議に思っていると、グッチの姿がどんどんと大きくなり、作ったばかりの鏡からグッチが出てきた。
そのグッチが俺を見て、後ろの鏡を見て、また俺を見て微笑む。
「えーっと……一応、ルールなのでやりますね。
ごほん。
我を呼び起こしたのは貴様か。
願いを言え」
……
え?
なに、これ?
願い?
あ、ああ、魔法のランプみたいなものね。
なるほどなるほど。
えーっと。
世界平和。
うん、無難。
無難だと思ったのだが、グッチが小声で勘弁してくださいと言っている。
駄目だったか。
じゃあ、これからもドライムたちをよろしく。
「ふはははは。
承知した。
では、さらばだ」
グッチは鏡の中に入って……消えた。
そしてすぐ、俺の後方からダッシュでやってきて鏡に全力のパンチ!
鏡がバッキバキに砕けた。
その後もパンチを続け、鏡が粉になった。
俺が磨いて少し薄くなったとはいえ、あの硬い鱗を凄い。
いや、違う。
なにをするんだ?
「それはこちらのセリフです。
故意ではないでしょうが、グーロンデさまの鱗であのサイズの鏡を作ったら、悪魔族を召喚してしまいます」
え?
そうなの?
「そうなのです。
古い悪魔族によっては、ややこしいルールで縛られたりしますので、できれば二度と製作しないようにお願いします」
うう、迷惑になるならやめよう。
しかし、せっかくグーロンデの鱗の使い道が決まったと思ったのに。
「ああ、なるほど。
持て余しているのですね。
わかりました。
私が買い取りましょう」
グッチの提案に、素直に感謝。
百枚ほど買い取ってもらう。
あと、砕いた鏡の代わりに、銀の鏡をもらった。
直径二メートルの円形の鏡。
姿見としてはちょっと不便な形だが、まあ十分か。
屋敷の玄関に飾っておこう。
え?
駄目?
専用の部屋を作って飾るもの?
そうなの?
言われた通り、屋敷の空き部屋の一室に飾っておいた。
時々、ルーや始祖さん、ライメイレンが使っている。
……
あれ、普通の鏡だよな?
なんだかんだあったが、グッチに買い取ってもらったのでかなり数を減らせた。
よかったよかった。
「村長。
この古い金貨の山。
どうしましょう?」
鬼人族メイドが指差す方向を見た。
鱗を買い取ってもらったら、当然ながら代金をもらう。
ははは。
倉庫、五つ分ぐらいの金貨の山か。
価値観が崩壊する。
そして、鱗のままのほうが場所を取らなかったと反省。
いや、金貨なら使える。
ヨウコ、五村の運営資金に。
俺は逃げるヨウコを追いかけた。