神の敵グーロンデ
ギラルの奥さんはドラゴンの姿でやってきた。
そのドラゴンの姿は巨体。
ドースのドラゴン姿よりもふた回りぐらい大きい。
体を覆う鱗は一枚一枚が大きく、尖った真っ黒な岩のようだ。
だから、巨大な山が動いているようにみえる。
ひるがえって翼は巨体に似合わず小さめ。
いや、それでもドースのドラゴン姿の翼よりも大きいが。
実際、翼の力で飛んでいるのではないので、翼のサイズはあまり関係無いようだ。
尻尾は太く長い。
体の三倍ぐらいある。
普通に考えれば少々アンバランスなのだが、気にならないのはギラルの奥さんには他に目立つ箇所があるから。
その目立つ箇所とは、頭が八つあること。
体から八つの首が伸び、その先にある頭というか顔はどれもこれも風格があって怖い。
見た目で判断して申し訳ないが、正義と悪なら確実に悪と判断されるビジュアル。
ギラルの奥さんだと聞いていなければ、女性と判断できなかった。
そのギラルの奥さんは北の空からやってきて、村の上空を通り過ぎて村の南に着地した。
いきなり村の中に乱入せず、ちゃんと村の外から中に話し掛ける手順を踏むためだ。
だから、俺も村の南で待機している。
ギラルの奥さんは南の森のギリギリのところに着地したからか、尻尾が森に入って木々を圧し折った。
頭の一つが振り返って折れた木々を見て、失敗したぁって顔をしている。
そしてドラゴンの姿が消え、一人の女性が姿を現す。
長い黒髪の……黒いドレスの女性。
遠目から見ても、美しいとわかる。
が、その美しい黒ドレスの女性は数歩でこけた。
盛大に。
顔からいった。
……
俺は顔を逸らしてみなかったことに。
あとはギラルに任せる。
五百年近く人の姿になっていなかったと聞いている。
歩く感覚を忘れていたのかもしれない。
さて、俺の前で構えているクロとクロの子供たち。
ギラルの奥さんを警戒しているのだろうけど、尻尾は下がり気味、足も震えている。
ありがとう。
無理するな。
ザブトンの子供たちも、糸を張り巡らさなくていいぞ。
彼女は敵じゃない。
ギラルの奥さんだ。
まあ、ドースやライメイレン、ドライムにハクレンから彼女の武勇伝を聞きまくったから、警戒するのもわかるけど。
彼女の名はグーロンデ。
別名“神の敵”。
この世界の歴史を紐解くと、絶対に名前がでるドラゴンだそうだ。
グーロンデはドースやギラルよりも年下らしいが、武勇伝はドースやギラルより多い。
この村に来る前のハクレンも怖がられていたみたいだけど、グーロンデに比べるとハクレンは常識があるドラゴンとして扱われる。
その理由の第一は、会話が通じること。
第二は、ドースやライメイレンが本気で嫌がることはしない。
だが、グーロンデは違う。
ただ欲望のままに暴れまわるだけの存在だったらしい。
そして強い。
その強さは、ドースやライメイレンも、彼女との勝負を避けるぐらい。
グーロンデが暴れまわっていたのは今から八百年前。
暴れまわっていたと言っても、敵を探しまわったわけではなく、進路上にある物に襲い掛かる感じ。
なので被害は大きいが、避難時間があるので人的被害はほとんどない。
そんな彼女が“神の敵”とまで言われるのには、二つの理由がある。
一つは、彼女に挑んだ軍を全て討ち取ったこと。
彼女は逃げる者を追ったりはしないが、挑む者には容赦がなかった。
その滅ぼされた軍のなかに宗教系の軍があり、“神の敵”と評された。
そしてもう一つが、世界樹の破壊。
世界にたった一本しかないとされている世界樹を砕き、燃やした。
ただそこに生えているという理由で。
世界樹は神より賜った奇跡とされており、それを破壊した彼女は“神の敵”と呼ばれるようになった。
何も考えていない暴力。
ただ触れるものを攻撃するだけ。
そう評価されたのがグーロンデ。
その彼女を止めたのがギラル。
当事、色々と尖っていたギラルはグーロンデに負けるものかと勝負を挑んだ。
結果は返り討ちにあったのだが、なにがどうなったのかギラルとグーロンデは結婚。
このまま世界を滅ぼすのではないかと噂されたグーロンデは、大人しく巣に篭るようになった。
以後、巣に侵入しない限りはグーロンデが暴れることはなかった。
そして今から五百年前。
グーロンデの脅威が忘れられたころに、ギラルの不在時を狙って勇者が挑んだ。
死んでも蘇る勇者が。
十四人。
その仲間が二百六十人。
そんな勇者たちに各勢力から魔法の武器が供給されていた。
グーロンデの脅威を忘れていない各勢力から。
ドラゴンを倒すための武器が。
ギラルが巣に戻ったとき、グーロンデの七つの頭が潰され、翼と尾が切られていた。
だが、グーロンデは生きていた。
挑んだ勇者たちは全て殲滅し、彼らが持っていた魔法の武器は全て破壊。
勇者は蘇ったが、勇者を派遣した国にはギラルの復讐が待っていた。
勇者の経済基盤を徹底して破壊し、勇者が挑んでくると逃げる作戦をギラルはとった。
その作戦は効果的であり勇者は活動規模を縮小。
グーロンデの脅威はギラルの脅威に上書きされ、忘れられていった。
ちなみにこのあと、勇者を派遣した国とギラルの仲裁をしたのがドース。
ギラルは仲裁には応じたが、そのあとはドースとやりあったそうだ。
グーロンデは巣で大人しく回復を試みた。
ドラゴンの再生力をもってすれば、時間の経過でこれまでなんとかなっていたからだ。
しかし、翼と尾は百年ほどで再生したが頭は戻らない。
ギラルはその当時、もっとも優れた賢者と呼ばれるドラゴンに助けを求めた。
まあ、半分、誘拐みたいな感じだったらしい。
あらゆる治療が試みられ、数々の魔法や道具が使われたが頭は再生しなかった。
そして最後に、治療に必要とされるのはグーロンデが砕いて燃やした世界樹の葉と言われ、絶望した。
グーロンデは自身の行いが返ってきただけと諦めた。
世界樹が村にあるって言ったときのギラルの顔は……色々な感情が混じっていた。
いやいや、世界樹の苗を植えたあと、何回かギラルは来てたぞ。
知らなかったのか?
世界樹を見た事がないから、ただの木だと思ってた?
そうかもしれないが……
とりあえず、世界樹の葉は頭一つに三枚必要とのことだそうだ。
復活させたい七つの頭に三枚ずつで、二十一枚。
まあ、ドラゴンだから三枚じゃ効かない可能性もあるよな。
百枚ほど渡した。
使い方は知っているそうだ。
ギラルが世界樹の葉を持って、凄い勢いで帰った。
そのギラルを見送りながら、世界樹には【万能農具】で耕した土を与える。
葉のお礼になったかどうかはわからないが、何人かのニュニュダフネが羨ましそうにしていたから大丈夫だろう。
でも、ニュニュダフネ。
ニュニュダフネにもちゃんと、【万能農具】で耕した土を渡しているだろ?
他人……ではなく、他木を羨ましがらないように。
すぐに連絡がきた。
グーロンデの頭は無事に復活。
お礼に伺いたいと。
慌てたのは俺の近くにいてそれを聞いていたドース、ドライム、ハクレン、ライメイレン。
グーロンデのことを色々と知っていたので教えてもらった。
あと、夕食のときにそのことを伝えたら、マルビット、スアルロウ、ラズマリアが軽いパニック状態になった。
どうも神人族と名乗っていた時代、グーロンデに挑んだことがあるそうだ。
あと、勇者に魔法の武器を供給した勢力の一つでもあると。
村で揉め事は困るので、和解の場を設けるのでそこで話し合うように勧めた。
しばらくは隠れているそうだ。
でもって、グーロンデが到着したのだが……
歩くのに手間取ってる。
まだ俺のところに到着しない。
ギラルが抱えようとして怒られてる。
……
仕方がないなと、前に出たのはザブトン。
ザブトンがささっとグーロンデのところに行き、背中にグーロンデを乗せて運んできた。
ザブトンがゆっくりと俺の前にグーロンデを下ろす。
「お、お初にお目にかかります。
グーロンデです。
よろしくお願いします」
丁寧な挨拶。
「こちら、質素な品で申し訳ありませんが、ご挨拶の品です。
手製の品で申し訳ありませんが、お納めください」
差し出された長めの箱。
ずっしりと重い。
箱を開けて確認。
すっごい神々しい剣が、鞘と共にあった。
……
手製の品?
グーロンデは鍛冶でもするのかな?
「私の切られた尻尾が変化した剣です」
そ、そうですか。
反応に困る。
とりあえず笑顔で。
えーっと。
「ご挨拶が遅れました。
村長のヒラクです。
ギラルの奥さんである貴女を拒む理由はありません。
どうぞご遠慮なく」
挨拶を返して、歓待の準備をしている俺の屋敷まで……
すまないザブトン、グーロンデを運んでやってくれるか。
ちなみに。
村の南でグーロンデを待っているとき、ビーゼルがやってきた。
「あの“神の敵”が復活し、進路的にこの村を目指しているようなのですが……」
ビーゼルが神妙な顔でそう言うので、グーロンデがここに挨拶に来ると伝えた。
「あ、いつものやつですか。
ははは」
ビーゼルは納得して帰っていった。
いつものやつってなんだろう?
俺は知らなかったが、空を飛ぶグーロンデを見た各地でパニックが起きていたらしい。
魔王国、長生きしている人が多い。