白銀騎士
俺の名はライタス、ライタス=オールエー。
十歳のときに才覚を認められ、修行を続けて二十歳のときにコーリン教の騎士となった。
そして、騎士として真面目に勤め、四十歳のときに白銀騎士の称号をいただいた。
運のよさもあったのだろうが、たゆまぬ努力をしてきた結果だと思う。
そんな俺は、今年で四十三歳。
白銀騎士の称号の重さにやっと慣れたある日。
俺のもとに剣聖の所在が知らされた。
剣聖とは、最強の剣士に与えられる称号であり、唯一無二の存在だ。
厳しい修行に耐え、実力でもって剣聖の称号が受け継がれていると聞いている。
二十数年前、先代の剣聖がレイワイト王国に挨拶にやってきたことがある。
目的はレイワイト王国の王家への挨拶と、コーリン教への挨拶だろう。
なにせレイワイト王国はコーリン教の本部があるからな。
その時、俺は幸運にも先代剣聖の剣技をみることができた。
圧倒的だった。
俺が百人いても勝てる気がしなかった。
だが、俺の心は折れなかった。
逆に俺は強さの目標ができた気がした。
俺が白銀騎士の称号を得られたのも、あの時に先代剣聖の剣技をみることができたことも大きいと思う。
残念ながら、先代剣聖は十数年前に亡くなっており、十年の空位期間を経て、現在はピリカという者が剣聖の称号を受け継いだと聞いてる。
曖昧なのは、そのピリカ殿が行方不明になったからだ。
先代剣聖が開いていた道場はフルハルト王国にあるのだが、何度連絡しても返事がない。
フルハルト王国に尋ねても、濁した返事しかされない。
どうなっているのだと憤っていたときに、剣聖の所在……ピリカ殿の所在が知らされた。
俺は少し悩んだが、当代剣聖であるピリカ殿に会いに行くことにした。
半年の長旅だった。
ピリカ殿がいたのは、魔王国の五村。
フルハルト王国は魔王国と戦争をしている。
なるほど、剣聖が魔王国にいるとなれば、フルハルト王国も濁した返事しかできないだろうと納得できる。
しかも、先代剣聖の開いた道場の門下生も一緒だ。
剣聖は魔王国についたのか?
フルハルト王国と揉めたという噂は聞いていたが、ここまで拗れていたとは。
……
このまま放置していいのだろうか?
剣聖の剣技は、元を辿れば英雄女王ウルブラーザの剣技と言われている。
代々、受け継がれているであろう剣技を、魔王国に置いておくのはどうなのだ?
フルハルト王国に戻れとは言わない。
私のいるレイワイト王国にこいとも言わない。
魔王国以外に居を移すのはどうだろうか?
……
すでにここで働いており、居を移す気持ちは欠片もないと断られた。
ううむ。
どうしたものか。
私が困っていると、青銅騎士と赤鉄騎士がピリカ殿を煽り始めた。
青銅騎士と赤鉄騎士は、白銀騎士と並び称される騎士。
この二人とは、魔王国で出会った。
二人の目的は、俺と同じく当代の剣聖であるピリカ殿に会うこと。
ただ、出会ってみればピリカ殿は二十代後半の女性。
剣聖の称号には相応しくないようにみえたのだろう。
また、当人が剣聖の称号はまだ重いと、剣聖を名乗らないのが気に入らなかったのかもしれない。
しかし、ピリカ殿の実力がみたいのかもしれないが、あまり相手を馬鹿にするようなことを言うのは感心できないぞ。
おい、よせ。
先代剣聖の悪口は俺も怒る。
いや、確かに後継者を育てられなかったことを言われると……
まだピリカ殿が剣聖に相応しくないと決まったわけではないだろう。
万が一、そうであったら先代剣聖の不手際だったと言えるかもしれない。
大きな音がした。
何が起きたかわからなかった。
音がしたほうをみたら、青銅騎士が近くの民家の壁に上半身を突き刺していた。
……
自分で突っ込んだりはしないよな。
つまり、ピリカ殿がやったということか。
俺は剣を構えた。
先代剣聖には今でも勝てる気がしない。
だが、当代剣聖であるピリカ殿はどうかな?
俺もこれまで遊んでいたわけではない。
どこまで通用するか試してみたい。
赤鉄騎士、ここは譲ってもらうぞ!
俺はピリカ殿に斬りかかった。
ピリカ殿はそれに対し、俺の顔面にパンチ。
え?
俺の鼻が折れた。
そして、意識が少し飛んだ。
え、あ、いや、待て。
ピリカ殿、剣を抜け。
お前、剣聖だろ。
まさか、俺ごときでは剣を抜く必要もないと言うのか?
あ、剣を抜いてくれた。
よかった。
では、仕切りなお……剣を投げつけられた。
びっくりした。
凄くびっくりした。
大きく避けた俺に、ピリカ殿が二本目の剣で斬りかかってくる。
ちょ、お、おい。
俺は転がって避ける。
白銀の鎧が土に汚れてしまった。
ええい、そんなことを気にしている場合ではない。
ピリカ殿は俺を相手に、真面目にやってくれないのか?
それとも、真面目にやってそれなのか?
それなら、がっかりだ。
あまり俺を馬鹿にしないでもらおう!
俺は気合を入れ直し、剣を構えた。
もう油断はない。
全ての攻撃を斬り落とす!
殺しはしないが痛い目はみてもらうぞ!
そう覚悟した俺に、ピリカ殿がローキック。
足癖の悪い!
痛くはないが、俺の体勢が少し崩れた。
反省。
相手の攻撃は剣だけではない。
いい加減、学習しろ俺。
いや、それよりも先にピリカ殿の追撃を防がねば。
さすがに剣で斬ってくるだろう。
俺はピリカ殿の剣をみる。
なかった。
ピリカ殿の剣は、ピリカ殿の後ろにあった。
ピリカ殿の体で、剣の出所を隠しているのだ。
しかも両手を後ろにして、剣を持っている手をわからなくしている。
姑息な。
だが、大丈夫だ。
剣を持っているのが右手だろうが左手だろうが、防いでみせる。
俺は覚悟を決めた。
お遊びはここまでだ。
ピリカ殿の右手に持たれた剣が、上から襲い掛かってくる。
速いが迎撃可能。
舐めるなっ!
ピリカ殿の左手に持たれた剣が、下から襲い掛かってくる。
は?
あ、いや、ピリカ殿は二本目の剣を持っていたのだ。
三本目の剣がないと誰が決めた?
思い込んだ俺が駄目なのだ。
死んだ。
俺はそう思ったが、ピリカ殿の剣では俺は斬られなかった。
ピリカ殿の両手の剣は、いつの間にか木剣になっていた。
死んだほうがマシというぐらい、ボコボコにされた。
だが、俺の戦いは無駄にはならない。
ピリカ殿の剣技を見ていたであろう赤鉄騎士が俺の仇をとってくれるはずだ。
赤鉄騎士は、白銀騎士と並び称される実力者。
手のうちさえわかっていれば、なんとでもなるはずだ。
頼んだぞ、赤鉄騎士。
……
赤鉄騎士はいつの間にか逃げていた。
……
許さん。
後日。
俺はなぜか五村警備隊の訓練に参加させられていた。
きつい。
苦しい。
周囲のエルフたちの優しい目がうっとうしい。
俺の心の安らぎは、青銅騎士と赤鉄騎士も同じように訓練に参加させられていることだ。
特に赤鉄騎士。
俺より年齢が上だからだろうか、へろへろだ。
だが、さすがは赤鉄騎士。
心が折れない。
強がっている。
そういったところは尊敬したい。
逃げたことは忘れないがな。
訓練の合間に、ピリカ殿と獣人族のガルフ殿の試合を観た。
ピリカ殿はちゃんと戦っていた。
剣聖に相応しい剣技だ。
先代剣聖の剣技に勝るとも劣らない。
美しい剣技。
というか……ピリカ殿、分身してない?
あまりに速い動きで、二人いるようにみえるのかな?
その二人のピリカ殿の攻撃をなんなく避けるガルフ殿。
ピリカ殿は剣だけでなく、手技や足技を使うがそれも通用しない。
……
ガルフ殿は軽く木剣を振って、ピリカ殿の行動を止める。
俺が手も足も出なかったピリカ殿を、ガルフ殿が圧倒していた。
ああ、なるほど。
ピリカ殿でも勝てない相手がいるのか。
そうであるなら、剣聖は名乗りにくいな。
そして、上には上がいるのだと俺は改めて実感。
強さの頂は遠い。
俺もいつかは辿りつけるだろうか?
頂は無理でも、麓ぐらいには辿りつきたいものだ。
そのためには、五村警備隊の訓練ぐらいは軽くこなさないといけないか。
ふっ。
やってやろうではないか。
青銅騎士、赤鉄騎士、休憩は終わりだ!
いくぞ!