梅酒と養蚕業
梅の実が大きくなった。
それを見て、梅酒造りを思い出す。
これまで梅酒造りはやったことがない。
前の世界でもやったことはない。
でも、造り方は知っている。
TVでみた。
何度もみている。
もうかなり昔のことになるが、大丈夫だろう。
まず、青い梅の実を収穫。
ザブトンの子供たちが手伝ってくれた。
ありがとう。
次に、梅を丁寧に一つずつ洗う。
これは俺が一人で頑張る。
そのあと、アク抜きのために水に数時間、浸ける。
これも俺が一人で頑張った。
水気を切って、陰干し。
さすがに一人では厳しくなってきたので、獣人族の女の子たちに手伝ってもらう。
乾いた梅のヘタを綺麗にとって、壷の中に。
壷は抱えられるぐらいの大きさで、直前に熱湯で消毒している。
壷には梅と氷砂糖を交互に入れて層を作るのだけど、氷砂糖がないのでハチミツで代用。
そして、酒を入れるのだが……
確かホワイトリカーと呼ばれる酒だったが、ホワイトリカーってなんだ?
知らない。
とりあえず、酒なら大丈夫だろうが……さすがにワインじゃ駄目なのはわかる。
蒸留酒でアルコール度数がそれなりに高いのを選んで、壷に注ぐ。
あとは蓋をして、完成。
いや、完成はこれからか。
時間をかけて、梅のエキスが酒に馴染むのを待つ。
最低半年。
できれば一年。
飲む日が楽しみだ。
梅酒を仕込めた壷は全部で十二。
ハチミツが足りなくて、八つほどは砂糖を入れている。
ちょっと不安だが、大丈夫だろう。
俺は壷を屋敷の地下に安置する。
作業完了。
ああ、もう一つ、大事なことを忘れていた。
「これは酒だ。
残念だが、甘いお菓子じゃないんだ」
俺の後ろで期待している妖精女王に伝えておく。
「ハチミツや砂糖をあんなにたくさん使ったのに?」
すまない。
そしてドワーフたち。
味の経過を知りたいかもしれないが、試飲は駄目だぞ。
試飲を許したら、半年経たずに消える未来しか見えない。
これは時間をかけて作っていく酒なんだ。
飲む時は呼ぶから、試飲は諦めるように。
ドワーフたちの評判がよかったときのことを考え、梅の木を増やすことを検討する。
……
ハチミツや砂糖を大量に使うから、今ぐらいで十分かな?
梅の木は増やしてもいいけど、梅酒にする量はよく考えよう。
余った梅の実は、梅干しにすればいいしな。
梅干しも作ったことはないが、たしか梅の塩漬けのはずだ。
そう難しくはないだろう。
うん、そうしよう。
梅に関しては一旦、横に置いて。
春の収穫を開始する。
豊作。
ありがたい。
ラミア族が収穫の手伝いに来てくれた。
収穫が終わったら、そのままドワーフたちの酒造りを手伝ってくれるそうだ。
お礼はいつも通り、作物で。
夏前。
二村での養蚕業が開始された。
これまで実行に移されなかったのは、二村だけでの安定した食料生産を優先したからだ。
それに、ザブトンたちの糸という強力なライバルがいるのに、蚕の糸にどれだけ需要があるかわからない。
蚕小屋や糸を紡ぐ道具も必要になる。
使った費用に対して、回収できるかどうか不安なので、二村のミノタウロス族が自粛していた。
しかし、去年の冬。
二村代表のゴードンから、養蚕業を行いたいと提案された。
その時、二村から褒賞メダル二百枚が出された。
その褒賞メダル分、養蚕業の施設や道具が欲しいということだ。
俺としては、二村で養蚕業をするのは問題ない。
応援したいぐらいだ。
だから褒賞メダルは不要と言ったのだが、ゴードンから養蚕業が失敗した時のことを考えれば受け取ってほしいと強く願われた。
俺が無償で施設や道具を提供すると、養蚕業が失敗してしまったときにミノタウロス族の立場がなくなる。
村長の俺が許しても、他の村の者たちからは迷惑をかけた存在と認識されると。
養蚕業に自信がないわけではないが、蚕次第な面もあり、いい糸が取れるまでは試行錯誤を繰り返さなければいけない。
絶対に成功できると言えない養蚕業に、ミノタウロス族の立場を天秤に掛けることはできない。
しかし、褒賞メダルを使って養蚕業をするなら、失敗してもミノタウロス族が笑われるだけで、村での立場は守られる。
だから、養蚕業を許可するなら、褒賞メダルを受け取ってほしいと。
俺は少し悩んだが、褒賞メダルを受け取ることにした。
自己資金で商売をするのと、他人の資金で商売をするのを比べたとき、自己資金のほうが思い切りよくやれると思ったからだ。
それに、受け取らなければ養蚕業の話はなかったことになる。
俺としては養蚕業に限らず、二村からの自主的な起業提案を歓迎したかった。
この二村の養蚕業が上手くいけば、他の村も何か新しいことを始めるかもしれない。
そうすれば、各村はもっと発展するだろう。
いいことだ。
ゴードンが出した褒賞メダルは受け取るが、養蚕業がうまく軌道に乗ったときに褒美として返そう。
だから、今は預かっているだけ。
帳簿的には受け取っているが、俺の気分の問題。
二村の養蚕業をすることが決定し、マイケルさんのゴロウン商会に蚕と道具を発注。
蚕は他で養蚕業をやっているところから買い取るのかと思ったら、違った。
他の養蚕業者に蚕を売ると、自分たちのところの糸が売れなくなると心配して売ってくれないのだそうだ。
だから、マイケルさんは冒険者を雇って森で捕まえてきてもらうそうだ。
冒険者、大変だな。
しかし、蚕って野生でいたのか?
人間の手によって家畜化された昆虫だと思っていたが?
養蚕の道具はそれほど特殊な物はない。
すぐに手に入る。
問題は、蚕の繭から糸を紡ぐ道具。
これは市販されておらず、職人に注文しなければ手に入らないそうだ。
そこでマイケルさんから相談を受けたのが、蚕の繭の状態での販売はどうだろうかと。
糸にするのは、シャシャートの街にある紡績業者に任せてはと。
それに対しゴードンは即答を避け、少し考えた。
結果、道具は不要、紡績業者も不要となった。
どうするのだろうと思ったら、ゴードンの横というか肩にザブトンの子供が乗っていた。
繭から糸をとったり、布にするのは任せてほしいと言ってる。
ああ、二村にいるザブトンの子供たちか。
わかった。
協力してくれ。
まだ先の話だけどな。
マイケルさんには俺から謝っておこう。
施設は二村の者たちと相談しながら、ハイエルフたちが建設。
蚕を飼育する蚕小屋は簡単なのだが、ミノタウロス族が使うのでサイズが大きい。
蚕小屋はまずは一棟で。
養蚕業が軌道に乗れば、さらに増やす予定だ。
俺は蚕のエサとなる葉をつける木を【万能農具】で育てた。
これが春先のこと。
蚕小屋が完成し、ゴロウン商会から蚕の幼虫が持ち込まれたので二村で養蚕業が開始された。
俺が驚いたのは、持ち込まれた蚕の幼虫のサイズ。
俺の知る蚕の幼虫のサイズは……七センチ~八センチ。
それぐらいの蚕の幼虫もいるが、二十センチ~三十センチぐらいの蚕の幼虫もいることだ。
同じ蚕でも、種類が違うらしい。
この巨大幼虫でも大丈夫なのか?
大丈夫。
経験あると。
よかった。
施設のほうは……これぐらいのサイズなら問題ないと。
……まさかと思うが、これ以上に大きい蚕の幼虫がいたりするのか?
一メートルクラスもいると。
そうか。
見たいような見たくないような。
とりあえず、今年は蚕の幼虫の数を増やすことを目標に頑張るとのことだそうだ。
普通サイズの蚕の幼虫は二百匹ほど持ち込まれたが、これを数万匹に。
大きいサイズの蚕の幼虫は二十匹持ち込まれたが、こちらは数千匹を目指すと。
頑張ってほしい。
蚕のエサは、俺の育てた木の葉も使うが木がまだ若いので多くは採れない。
森でエサになる木の葉を採取するそうだ。
前々から探していたので当面はエサの問題はないと。
それはわかったが、森に入るときはクロの子供たちの護衛を忘れないようにな。
怪我は駄目だぞ。
それとザブトンの子供たち、蚕の幼虫相手に友誼を育むのは構わないが……その、蚕たちの寿命は……
え?
小さい蚕の幼虫は十年?
大きい蚕の幼虫は百年?
しかも、繭を作ったあと、危険を感じると繭を残して逃げる?
……
それは本当に蚕なのかな?
俺の知らない別の生物ではないだろうか?
いや、まあ、野生で生存しているのだから、そういうこともあるか。
うん。
いや、お前たちは蚕の幼虫だ。
疑って悪かった。
あ、ゴードン、確認。
この幼虫、危険はないよな?
攻撃してきたりは?
エサを与えていれば問題ないと。
なるほど。
……
エサ、絶やすんじゃないぞ。
二村の養蚕業の成功を祈る。
協力が必要なことがあれば、遠慮なく言ってくれ。
余談だが、俺の知っている蚕の数え方は一頭、二頭と“頭”なのだが、こちらの世界では“匹”だそうだ。
蚕の歴史が違うからかな。
野生で生きているわけだし。
こっちの世界の蚕はたくましいのです。