畏怖
加筆 29日 6:30頃
俺の名前はゴランド。
五村でそれなりに上手くやっている商人の一人だ。
だが、集団の中で満足する俺じゃない。
目指すは一番上。
伸し上がってやろうと考えている。
冬のある日、村長の子供が五村の子供と揉めたという話を聞いた。
一瞬、ヨウコさまの娘、ヒトエさまと揉めたのかとヒヤッとしたけど違った。
ヨウコさまは村長代行。
揉めたのは五村の本当の村長の子供たち。
ヨウコさまの上司の子供たちなのだが、顔を見たことがないのでピンとこない。
村長の顔も知らないしな。
村長は何回か五村に来たらしいが、これまで運悪く会えていない。
まあ、村長と言いながらも村にほとんどいないのだから、重要視していなかった。
子供たちが揉めた件は特にお咎めなしで処理された。
子供の喧嘩だったのだろう。
商売のライバルが減るかもしれないと期待したのに残念だ。
警備隊と揉めたとの話もあるが、さすがにそれはデマだと思う。
デマにしても酷い。
もう少し工夫してほしい。
村長の子供たちはすでに五村から出たらしく、俺の興味は薄れた。
しかし、すぐに村長が五村に来るとの知らせを聞いて焦った。
子供たちの件で乗り込んでくるのか?
俺は子供たちの件には関わっていないが、飛び火は困る。
万が一の時は、ヨウコさまに取り成してもらわなければ。
そう思って準備していた。
五村の村長は、のんびりした男だった。
年齢は二十代半ばぐらいか?
まだまだ若造だ。
着ている服は豪華だが、仕草が甘い。
慌てて作法を学んだのがわかる。
だが、さすがにそれを指摘したりはしない。
村長は子供の件を改めてお咎めなしと伝え、顔を見せに来ただけのようだ。
子供の件で青くなっていた者たちの顔色が戻っていく。
商売のライバルたちが完全復活だ。
残念。
村長よ、もう少し厳しくてもいいのではないかな?
まあ、巻き込まれなくてよかったと思おう。
村長はヨウコさま、ヨウコさまの娘のヒトエさまとも仲が良いようだ。
いや、仲が良すぎる。
なるほど。
男女の関係か。
村長とヨウコさまと見比べれば、ヨウコさまのほうが上であるのは誰の目にも明らかだ。
なにせヨウコさまは九尾狐。
伝説級の存在だ。
なのに、ヨウコさまは自分が下であることを強くアピールしているのは村長を立てるためか。
ヨウコさまには似合わないが、男女の仲であるなら納得もできる。
村長は上手くやったということだな。
羨ましいことだ。
まあ、俺には妻がいるからヨウコさまとどうこうなろうとは思わないが。
しかし、これで俺は村長を見極めた。
いける。
俺でも付け入る隙がある。
翌日、村長に挨拶する場が設けられたので参加。
手土産は、銀貨二千枚。
頑張った。
頑張ったが、村長の反応はそれほどでもない。
まさかこの価値がわかっていないとかありませんよね?
まあ、村長がわからなくても周囲の者がわかってくれたら構わない。
他の商人たちは、武具や宝石、生地など。
銀貨を出す者でも、二千枚を超える物は……
ゴロウン商会が、ドーンッと金貨二百枚、銀貨二万枚を出してきた。
びっくりした。
凄くびっくりした。
腰を抜かすかと思った。
そして悔しい。
まあ、額が額だから村長からの直接のお声掛けがあるのは仕方がない。
俺の気が少し楽になったのは、村長がその額を出されてもあまり喜んでいないことだ。
やはり、お金の価値がわかっていないようだ。
翌日、村長は森に行った。
酔狂なことだ。
わざわざ危険な場所に。
だが、五村の誇る警備隊の警備主任のピリカさまが同行するのだ。
安心だろう。
ピリカさまはあの武神ガルフさまに直接指導されている凄腕の剣士。
どんな魔物や魔獣だろうが敵ではあるまい。
うん、やはり安心だった。
樹王と弓王の二人が、魔物を運んでいた。
森で暴れる凶暴な魔物だ。
ひょっとして、村長がピリカさまに退治しているところが見たいとか言ったのかな。
ピリカさまも頑張っただろう。
少し前に、子供たち相手に負けたとかの不名誉なデマが流れたしな。
気持ちはわかる。
気持ちがわからないのは、あれだ。
ドラゴンだ。
四頭のドラゴンが五村の上空を飛んでいる。
五村周辺では、ドラゴンを見ることが多々ある。
北にある鉄の森を越えた先に、門番竜の巣があるからだ。
珍しくはない。
だが、だからと言って怖くないわけではない。
ドラゴンはある種の自然災害。
気持ちをわかろうとしてはいけない。
関わってはいけない存在だ。
気まぐれでこの村を焼いても、不思議でもなんでもないからな。
少し前には、エルフ帝国がドラゴンによって滅ぼされたという話もあったぐらいだ。
まあ、あれは魔王国による侵略らしく、ドラゴンによって滅ぼされたというのはデマらしいが……
うーん、飛んでいる姿を見るだけでも恐ろしい。
先頭の一頭が、何か持っているな。
……
ウォーベア?
いや、違う。
キングベアだ。
うおおおおおおおっ、高級素材!
出すところに出せば、金貨百枚以上になる魔獣だ。
ドラゴンはキングベアをどうする気だ?
巣に持ち帰って食べるのか?
……
違った。
そのドラゴンが急降下してきた。
五村の頂上に。
俺は気絶しなかっただけ凄いと思う。
四頭のドラゴンが次々に急降下し、五村の頂上に着地した。
その四頭のドラゴンの前に、誰かが立っている。
どこのどいつだ!
命知らずな!
いや、馬鹿が!
ドラゴンの不興を買えば、五村が燃やされるぞ!
隠れろ!
無理ならひれ伏せ!
今なら間に合う!
……村長?
四頭のドラゴンの前に立っているのは村長だった。
そしてドラゴンに何か注意している。
……
その先の光景は、俺には信じられなかった。
四頭のドラゴンは人の姿になり、村長に近寄った。
そのうち二頭、いや二人は村長に抱えられ、もう一人は背中におぶさっている。
なんだ、あれは?
俺は何をみているんだ?
まさか、村長はドラゴンと対等以上に関われる存在なのか?
キングベアは、村長への贈り物なのか?
人の姿になったドラゴンの一人が、キングベアを運んでいた。
正直、俺は村長を舐めていた。
反省する。
俺は馬鹿だった。
村長に隙がある?
それがどうした。
その隙をどうにかしようと考えるのは愚か者のすることだ。
村長には、気楽に関わってはいけない。
関わるなら命懸けだ。
そして、かなり分が悪い。
考えてみれば、この五村はおかしいところがあった。
ヨウコさまのようなかたが、どうして村長代行をやっている?
なぜ、ピリカさまのような凄腕の剣士が警備隊をやっている?
魔王国の先代四天王の二人がどうして五村にいる?
エルフの樹王や弓王が……
こう考えれば納得できる。
村長が桁外れに強いからだ。
だから、ヨウコさまが村長代行をやっており、ピリカさまが警備隊にいて、先代四天王の二人やエルフの樹王、弓王が五村にいるのだ。
何者なんだ、村長は?
いや、そうじゃない。
村長が何者かなんて考えるのは無意味だ。
大事なのはこれからの関係。
村長には常に心安らかに過ごしていただき、俺たちは崇めるだけ。
その関係が理想だ。
改めて、村長の子供と五村の子供たちが揉めたのは危なかった。
五村が滅んでもおかしくない出来事だった。
背筋が寒くなる。
村長の情報を集めなければ。
利用するためではなく、触れないために。
村長が五村を出立されて数日後。
俺はヨウコさまにお会いする機会があったので質問した。
確認目的だ。
「ヨウコさまは村長と戦ったら勝てますか?」
「馬鹿なことを言うな。
我は村長に負けたから、ここにいるのだぞ」
……
ヨウコさまは嘘は言わない。
やはり村長は凄い。
忘れちゃ駄目。
そして、五村で伸し上がるのはほどほどにしよう。
一番上はゴロウン商会に任せた。
五村から出て行く?
ははは。
俺は村長の前で名乗ってしまったのだ。
出て行けるものか。
俺には五村に献身する道しか残されていない。
幸いなのは、俺と同じ運命の商人がたくさんいることと、五村が悪い村じゃないことだな。
よし、今日も頑張ろう。
とりあえず、ヨウコさまを担ぎ上げようとしていた派閥を潰すぞ。
うん、さっきまで俺が所属していた派閥。
もう無関係。
俺、村長派に鞍替えしたから。