強者の振る舞い
俺が五村へ行くことが決まったあと、文官娘衆によって俺の活動内容が検討された。
五村に移動するだけなら、罰でもなんでもないからな。
俺も検討に参加し、希望を伝える。
今回、迷惑をかけた五村の子供たちの親に謝罪したいと。
文官娘衆全員に、凄い顔をされた。
そんなに悪いことか?
文官娘衆たちが相談し、人形劇を始めてくれた。
「昔々、あるところに心の優しい魔王様がいました」
あの人形はザブトンが起きている時に作ったのかな?
俺そっくりな人形を魔王役にするのはやめてほしい。
「……めでたしめでたし」
拍手。
なかなか面白かった。
俺そっくりな人形が演じていた心の優しい魔王は、路頭に迷ったけど。
そして、文官娘衆たちが人形劇をしてまで伝えたいことを最大限、汲み取ると……
社長の子供と平社員の子供が喧嘩したあと、社長が平社員のところに謝りに行くのは圧力だ。
になるのだが、そうだろうか?
別に社長が平社員に謝っても問題はないと思うが?
逆に褒められるだろ。
いや、王様のいるこちらの世界の感覚で考えると……
王子と家臣の子供が喧嘩したあと、王様が家臣の家に謝りに行くのは圧力だ。
こうか。
なんとなく、理解できる気がする。
そうか。
「謝るのは迷惑か」
文官娘衆たちが俺の感想を期待していたので、伝えてみた。
よかった、正解だったようだ。
ハイタッチまでして喜び合っている。
喜び合っているところ悪いが、それぐらいなら人形劇をしなくても、言葉で注意してくれたら問題ないと思うが?
それとも、言葉による注意では納得しないと思われているのだろうか?
前の世界の常識を、こちらの世界でも押し通そうとは思っていないのだけどな。
俺は異世界に来たが、感覚的には外国に来たと思っている。
外国に行って、日本の常識と違うと騒いだり、その国の制度を変えようとは思わない。
そこまで傲慢ではない。
外国には外国の事情と歴史があり、常識と制度はそれによって形成されたもの。
そこには敬意を払うべきだ。
そして、こちらの世界に来て俺も十数年。
結婚もして子供も作った。
こちらの世界に骨を埋める覚悟はとっくにしている。
もう少し、こちらの世界の常識を学ぶべきなのだろう。
大樹の村だけで生活するならともかく、五村には色々な人がいるしな。
俺の五村での予定は文官娘衆に任せ、俺は常識の教師になれる人を考える。
………………
一応、俺は前々から常識を学ぼうと努力はしている。
しかし、努力して気づいたのはこの村の住人の常識は、独特であるということ。
例えばルー。
長く生きているうえに強く、お金持ち。
王様とか貴族とかに絡まれたら面倒なので遠慮はしているが、揉めたら逃げるかぶっ飛ばせばいいと考えている。
この考えは、常識ではないだろう。
それぐらいわかる。
ティア、アン、ダガも似た感じ。
例えばリア。
森で放浪生活が長く、独自の常識というか独自の文化を持ってしまっているレベル。
ただ、周囲への適応力は高く、俺よりも失敗が少ない。
ドノバンも似た感じ。
例えばフラウ。
魔王国四天王ビーゼルの娘で、文武両道の優等生。
彼女なら大丈夫だろうと思っていたのだけど、彼女の常識は上級貴族の常識。
なので一般生活で時々、信じられないミスをすることがあったりする。
文官娘衆たちも同じ。
例えばハクレン。
ドラゴン。
うん、違う。
こんな感じだ。
そして、俺の求める常識を持っているのはガルフ、ガットなど獣人族。
だが、彼らにしてもハウリン村という辺境の村の出身なので、独自色が強い。
なので学ぶのは、触りぐらいで留めていた。
……
村長としての常識、世間一般の常識を教えてくれる人はいないのだろうか?
とりあえず、近くにいる人に声をかけてみた。
「俺に世間の常識を教えてくれないか?」
俺が声をかけた相手は、天使族の補佐長、ルィンシァ。
ティアの母親だ。
「……なるほど。
常識を学びたいということは理解しました。
しかし、必要ありません」
え?
「村長は村長の思うままに行動して構わないのです。
世間一般の常識、村長としての常識?
不要です」
え、えーっと……
「強者は強者の振る舞いを学ぶでしょうか?
学びません。
あるがままに振る舞うのが強者の振る舞いなのです」
それと同じと言われても……
「今回の件、学ぶべきは周囲の者です」
ルィンシァは、文官娘衆を集合させて説教を始めた。
「五村での上下関係の周知徹底が疎かになっています」
あ、いや、それは俺があまり前に出たくないからと言ったからで……
「たとえそうであっても、誰が五村の主人であるかを教えることに、どのような支障があるのですか。
ヨウコ殿が優秀であるがゆえ、これまで問題が起きなかっただけです。
村長の子の顔を、名前を知らなかった?
それは罪ですが、教えなかった罪ではありません。
村長の子を知ろうとしなかった罪です。
五村の者たちはヨウコ殿の子の存在は知っているのでしょう?
つまり、五村の者たちはヨウコ殿で興味が止まってしまっているのです。
ヨウコ殿の機嫌さえ損ねなければ、やっていけると慢心させてしまっているのです!
大樹の村の子供たちから目を離したのが悪かった?
違います。
自分の領地で子供を自由にさせただけです。
本来なら、領地の者たちが見張るべきなのです。
そして、領地の者たちで守るべきなのです。
なのに揉めた?
そのような領地は更地にしても文句は言われません!
領民としての義務を果たしていないのですから!
貴女たちは、魔王国の貴族の関係者と聞いています。
どのような義務かわかりますね?
納税とか下らないことを言ったら舌を引き抜きますよ。
はい、一番右の貴女。
領民の義務はなんですか?」
「領主が我が侭に振舞えるようにすることです」
「その通りです。
それゆえ、領主は領地を守り、家臣を守り、領民の生活を守る義務を負っているのです。
それがわかっていて、村長に負担を強いるなど愚かしい!」
ルィンシァの説教は、五村からヨウコたちが帰ってくるまで続けられた。
そのヨウコが一言。
「村長。
なぜ一緒になって叱られているのだ?」
いや、響くものがあって……
考えてみれば、自分の村で子供を自由にしただけで、ルーたちを叱るのは間違いだったのだろうか。
「いえ、村長は村長の思うままに行動していいのです」
ルィンシァはそう言って、俺が罰を撤回することを期待しているルーたちを追い払った。
あ、そろそろ夕食だから追い払うのはやめて。