番外 雄猫
俺は猫。
名はない。
俺は真面目に生きてきたつもりだ。
村人の邪魔にならないように、ちゃんと仕事もしていた。
愛想も忘れない。
だが、体には触らせない。
なぜ村人は俺の腹を触ろうとする。
そこは駄目だ。
ええい、譲って背中。
背中なら撫でることを許そう。
尻尾の付け根は駄目!
とある日、俺は村人に捕獲された。
その時は、時々ある体を洗う日かと堂々と構えていた。
足が震えているのは寒い時期だからだ。
決して、体を洗われるのが怖かったわけじゃないぞ。
だが違った。
俺は村人によって、偉そうな人に渡された。
偉そうな人は満面の笑みで俺を見ている。
まさか……俺は食われるのか?
俺はその想像をしながら、眠ってしまった。
気絶じゃないぞ。
眠ってしまっただけだ。
しかし、俺は食われなかった。
偉そうな人から、さらに偉そうな人へと渡され、さらにさらに偉そうな人へと渡された。
なんだ?
どうなるのだ?
途中、体を洗われたり、食事をしたりしながら、俺は最終的に俺と同じような年の猫ばかりいる部屋に連れてこられた。
同族をみて少し安心したが、それもすぐに不安に変わった。
雄猫しかいない。
喧嘩をする気はないが、絡まれると面倒だ。
とりあえず、早々に絡んできた雄猫は……ああ、都会暮らしだな。
雰囲気でわかる。
だから一蹴。
田舎のネズミに比べれば、都会暮らしの雄猫など敵ではない。
この姿を雌猫がみていれば、キャーキャーとうるさいことだったろう。
ふっ。
部屋の中央に陣取り、鎮座。
もう絡んでくるんじゃないぞ。
それから、食事を十回ほどしたころかな。
俺はものすごく偉そうな人に抱きかかえられた。
どこかへ俺を連れて行こうとしているようだ。
地獄をみた。
あれ、猫じゃない。
魔獣。
そりゃ、交配は可能かもしれない。
だけど無理。
不可能。
あの魔獣たち、村で一番強い番犬よりも圧倒的に強い。
戦ったことないけど確信できる。
それが四匹。
四姉妹だそうだ。
その魔獣四姉妹の婿探しのようだったが、気に入られなくてよかった。
本当によかった。
いや、確かに美人だったけど。
俺には綺麗な死神にしかみえなかった。
生きてるって素晴らしい。
その後、俺はものすごく偉そうな人の家で生活をしている。
首輪を着けられたのが不満だが、これがないと家の中を自由に移動できないらしい。
この家、人が多いのだけど、めちゃくちゃ大きいからネズミがいる。
でもって、このネズミも魔獣。
出会った時、死を覚悟した。
けど大丈夫。
あの魔獣四姉妹に比べれば、全然強くない。
魔獣ネズミは俺が歯向かってくるとは考えていなかったのか、油断してくれていた。
幸運だった。
ものすごく偉そうな人に見せにいったら、褒めてくれた。
嬉しい。
なので魔獣ネズミを狩りまくった。
ものすごく偉そうな人以外からも、褒めてもらえた。
ふふふっ。
嬉しい。
しかし、調子に乗って狩りすぎた。
最近は、魔獣ネズミの姿をみない。
失敗した。
ネズミを狩りすぎたら、追い出される。
わかっていたことなのに。
不安に思っていたが、追い出されることはなかった。
ものすごく偉そうな人から専用の部屋まで与えられた。
日当たりがよくて嬉しい。
食事も美味しいし。
難点は一つ。
時々、ものすごく偉そうな人から、あの魔獣四姉妹の匂いがする。
いや、あの四姉妹だけじゃない。
さらに別の匂いも……
その匂いが取れるまで、抱っこは禁止。
背中を撫でるのは許す。
尻尾の付け根は駄目。
俺は猫。
名前はものすごく偉そうな人から付けてもらった。
アーサー。
ものすごく偉そうな人の部下たちからは、食料庫の騎士と呼ばれている。
番人「あの猫、どう考えても普通の猫じゃないですよね?」
大臣「当然だ。厄介者のゴーズラットを城から一掃した猫だぞ。厨房関係者が、あの猫を手放すなと大絶賛だ」
学者「でも、生物学的には普通の猫なんですけどねぇ」
将軍「あれは死線を乗り越えた者だけが持つ強さだ。愛と悲しみを感じる」