常識人 マーロン
私の名前はマーロン。
ゴロウン商会の次期会頭であり、現会頭の長男でもある。
だが、それより有名になっているのが、ビッグルーフ・シャシャートの配置人という肩書き。
ビッグルーフ・シャシャート内には大樹の村の直営店であるマルーラ以外にも、街の店が何店も入っている。
その店をビッグルーフ・シャシャート内でどこに配置するかの最終決定をするのが私の仕事だから、そのように言われている。
基本、定期的にクジで場所を決めるのだから私の介入はあまりないのだけど、気にしない。
私の仕事は配置人というより、折衝係だ。
店と客、店同士の争いを仲裁するのがメインだ。
客と客の争いは、荒事担当のゴールディに放り投げている。
適材適所というやつだ。
さて、そんな風にビッグルーフ・シャシャートで働いている私に、父さんが言った。
「今年の大樹の村の収穫祭、お前を連れて行くから」
私はダッシュで逃げた。
自分でも会心の速さだったと思う。
しかし、父さんに回りこまれてアームロックを決められた。
「気持ちはわかるが逃げるな」
「私が同行するのは五村までって、何度も言ってるじゃないですか!
絶対に大樹の村には行きませんよ!」
「村長からご指名だ。
断れん。
覚悟を決めろ」
「腕が折れても私の心は折れません!」
思い出すのは門番竜の巣。
父さんに縛られ、連れて行かれたことがある。
あの恐怖は忘れようにも忘れられない。
時々、夢にみるぐらいだ。
なのに、その門番竜の巣の先に行けと?
「大丈夫だ。
恐怖を重ねると何も感じなくなる。
いける、いけるから」
「無理、無理、絶対に無理!
ちょっ、本気で折れる、折れるぅぅぅぅぅっ!」
押し切られた。
信じられない。
本気で息子の腕を取りにくるとは……
王都の大商人を相手に食い込んでいった父さんの押しの強さは健在のようだ。
それが我が身に降りかかるとは考えもしなかった。
くっ。
従兄弟のティトとランディ、戦闘隊長のミルフォードも道連れなことを頼もしく思おう。
ああ、お前たちも腕を極められたか。
あれは痛いよなぁ。
だが、ミルフォードはどうした?
お前なら父さんに勝てるだろ?
無理?
話の前に武器を蹴飛ばされ、腕を極められてから話が出たと……
うん、父さんがすまない。
こうなれば覚悟を決めよう。
ん?
当日、逃げたらいいんじゃないか?
ははは。
私の妻と子供、父さんの指示で旅行にいった。
そう、人質。
父さん、それぐらいは平気でするぞ。
たぶん、お前たちのところもそうなってるはずだ。
さすがに家族を捨ててまで逃げられない。
頑張るしかないと思う。
収穫祭前日。
五村から転移門を使って大樹の村に移動。
転移門のことは、極秘だと父さんに言われた。
絶対に言わない。
道案内してくれたアラクネのアラコさんを見たら、そんな気は欠片も起きない。
アラコさん、災害級の魔物じゃないかな?
逆に早く忘れたい。
転移門の先にあるダンジョンを抜け、見たのは収穫の終わった広大な畑と村だった。
ここは本当に死の森の真ん中なのだろうか?
村長の屋敷に到着するまでに、これでもかと実感した。
まず、インフェルノウルフが行進の練習をしていた。
綺麗に並んでいたなぁ。
あれだけで、国が滅ぶな。
でもって、その横でデーモンスパイダーの子供かな?
ダンスの練習をしていた。
あれでも国が滅ぶな。
でもってあれは妖精女王だよね?
違うって言われても、無理。
嫌でも感じる存在感。
ドラゴンが何頭も飛んでても、違和感が少しもない。
あのでかい狼……フェンリルかな?
じゃあ、あの大きな鷲はフレースヴェルグ?
というか、すっごく神々しい木があるんだけど?
まさかね。
あの木は天使族の里で大事に保管されて……あれは天使族の長にそっくりに見えるけど?
絵でしか見たことがないから、違うかもしれない。
気のせいかな?
あ、補佐長付きだ。
本物だ。
……
だめだ。
め、目を逸らせ。
全力で目を逸らすんだ。
生き物を見るな。
建物だけを見て……あれ?
村の建物、死の森の木で作られている。
信じられない。
金は言い過ぎだとしても、銀で家を建てた方が絶対に安い。
いや、死の森の木で家を建てるって発想がおかしい。
でもってこの金属部分は……ハウリン村製?
布はデーモンスパイダーの糸で作られていると……
ここにいると、価値観が崩れておかしくなりそうだ。
あ、門番竜さん、お久しぶりです。
はい、マイケルの息子です。
ダイコン?
好きですよ。
煮て食べます。
ははははは。
門番竜を見て、安心できてる。
普通に会話できてる。
体も震えていない。
自分の成長をこれでもかと実感した。
ちなみに、村長に会うまでに私は五回ほど着替えた。
父さんが前日から食事と水分を取るのを極力抑えろと言っていた意味がわかった。
私は恐怖から逃れるため、深酒をしてしまった。
すごく後悔している。
あと、ずっと寝ているティト、ランディ、ミルフォードがちょっと恨めしい。
収穫祭が終わった。
記憶がほとんどない。
父さんが着ている服が、国宝級になっているのはなぜだろう?
あー……もっとお酒、飲みたい。
プリン、美味しかった。
ウナギと呼ばれていたイールも……そうだ、イールだ!
漁師の嫌われ者が、あんなに美味しくなるとは。
思い出した。
あれはビッグビジネスになる。
父さんがイールを集めていたのは知っていたけど、これを見越して?
「ふふ。
商人の顔になったな」
「父さん」
「いつまでも未熟と思っていたが、お前も一人前の商人になったようだ。
これで、いつでもお前に会頭の地位を譲れる。
一安心だ」
「ははは。
ご冗談を。
私はまだまだ未熟者。
父さんにはあと五十年は現役でいてもらわないと」
「情けないことを言うな。
というか、五十年はさすがに無理だろ。
私、人間だぞ」
「村長……いえ、この村の住人に頼めば、寿命ぐらいなんとでもしてくれますよ」
「ははは。
……あ、お前、本気だな」
「本気ですよ。
絶対に跡は継ぎません!
私は飛ばして、息子にしてください」
「可愛い孫に苦労を背負わせられるかっ!
お前がやるんだよ!」
「嫌です。
絶対に嫌。
もう決めました。
絶対に跡は継ぎません!」
私は父さんのアームロックを防ぎ、がっぷりと組み合った。
本気で無理。
私では父さんを越えられません。
「私のアームロックを防いでおいて、なにを言うか!」
「カラアゲにレモンを勝手にかけたという理由で竜王と暗黒竜が殴り合う村との交渉は、父さんにお任せします!」




