天使族の出張所建設計画
俺の屋敷の客間で、早めに引っ張り出したコタツに入り、マルビットとルィンシァが夕食後のお茶をしている。
「あの木、凄い勢いで根付いちゃったね」
「想定内です。
それに、私たちではあの木を育てられないのも事実。
木のことを考えれば、よかったと思います」
「そうだけど、長老たちがうるさいんじゃないかな?」
「里の片隅に植えて放置していた長老たちが、何を言うのですか?」
「あの木って、長老たちにとっては神人族を名乗っていた時の象徴よ。
外に出したってバレたら何か言ってくるでしょ」
「何か言ってきたら、やーい神人族~っと言い返してやってください。
それで黙ります」
「一応、私も貴女も神人族を名乗っていた頃に暴れていたと思うんだけど」
「もう忘れました。
今の私はティゼル、オーロラのおばあちゃんです」
「くっ。
孫の存在は、素直に羨ましい。
キアービットに頑張らせないと」
「そのキアービットが来たようです。
あの木のことでしょう」
ルィンシァの視線の先にいたキアービットがマルビットに詰め寄った。
「お母さま、あれはなんです!」
マルビットは少し考えてからこう言った。
「やーい神人族~」
武闘会の再戦が行われた。
いや、親子喧嘩だな。
コタツから出られないマルビットが不利のようだ。
ちなみに、俺も一緒にコタツに入ってお茶をしている。
まだ早いと思っていたが、コタツは十分に魅力的だ。
「それで、ルィンシァ。
あの木は天使族のシンボルらしいが、このまま育ててもいいのか?」
「駄目なら持ってきません。
ここにはティアやキアービットが住んでいますし、ティゼルやオーロラがいます。
次世代への引き継ぎの一環とお考えください」
「問題ないなら構わないがな。
葉に色々な効能があると聞いたが、調べても?
というか、ルーとフローラがすでに数枚、千切って持っていった」
ティアも千切りたそうだったが、頑張って耐えていた。
その横でフェニックスの雛のアイギスが葉を遠慮なく食べて、イマイチみたいな顔をしているのが面白かった。
「調べるのは構いませんが、一緒にお渡しした書物にある程度のことは書いてありますよ」
「そうなのか?」
「ええ」
後回しにしていたが、頑張って読むことにしよう。
いや、ルーにそのまま渡したほうがいいかな?
しかし、ルーも研究好きだな。
シャシャートの街で研究、村に戻って来ても研究とは。
村に来た時は、それほどでもなかった……薬草だなんだと研究していたな。
そう考えると、あまり変わっていない。
良いことなのか、悪いことなのか。
趣味を持つのは良いことだな。
あ、いや、趣味と言ったら怒られるか。
仕事を持つのは良いことだ。
「村長。
前々からお話させていただいていた件なのですが」
ルィンシァが羊皮紙を取り出した。
前々からしていた話。
天使族の移住の件だ。
「私は天使族の完全移住を検討して進めていたのですが、ガーレット王国から泣きつかれまして頓挫しました」
ガーレット王国は、天使族の里がある国だな。
天使族を崇めているらしいから、その崇めている対象が完全移住したらそれは困るだろう。
「極秘に進めていたのですが、ガーレット王国に取り込まれた……いえ、恩を感じている者が若干名いて情報を漏らしたようでして……ええ、粛清は終わっています。
以後、このようなことはありません」
粛清って、ちょっと怖い単語が聞こえたんだけど……まさか……
「甘味禁止の刑にしました。
みんなが甘い物を食べている時には、渋い物を渡すようにしています」
…………
粛清になるのだろうか。
いや、怖い刑じゃなくてよかった。
「それで、移住計画は頓挫しましたが、代案として用意したのがこちらになります」
ルィンシァは羊皮紙を俺に渡してくれた。
目を通す。
「天使族の出張所建設計画?」
「出張所と書いていますが、本音で話せば冬の別荘です。
十人ほどが生活できる広さの家を村に建設させていただければと」
「それは構わないが、冬だけでいいのか?」
「人数が多いのが冬。
それ以外は一人か二人の予定です。
天使族にこの村のことを周知させ、愚かな行動をさせないようにするのが目的です」
「愚かな行動?」
俺はおもわず、キアービットによって無理やりコタツから引きずり出されたマルビットをみてしまった。
「あれはただの愚か者です。
天使族の中には、天使族が一番でないと気がすまない者もいるのです」
「そんなのがいるのか?」
「残念ながら、そちらのほうが主流ですね。
この村に来ているのは、その主流から離れた……思考が柔軟な者たちばかりですから」
ルィンシァが一瞬、変わり者と言おうとしたのを察してしまった。
そうか、ティアやグランマリアたちを基準に考えていたが、天使族の中では変わり者なのか。
「もちろん、別荘に来る者には事前に教育を行いますので、この村に迷惑をかけることはないと思います。
万が一の場合は、村長の判断で処分していただいてもかまいません」
「わかった。
村にいるあいだは、お客として扱おう」
「ありがとうございます。
とりあえず、お渡しした羊皮紙の下のほうに、別荘の建設費、滞在費、迷惑料などの予算を書いてあります。
ご確認ください」
ご確認くださいと
零がいっぱい並んでいる。
でもって、これが一年分と。
「滞在中は客として扱うが、村の為に働いてもらえると割り引くぞ」
「そのあたりには期待していますが、中には働かない者もいるでしょうから」
ルィンシァの視線の先には、キアービットの脇をくすぐるマルビットがいた。
形勢が逆転したな。
「とりあえず、別荘の建設は了解。
場所は居住エリアで構わないか?」
「お任せします」
「建物に関しての注文は?」
「予算内であれば、問題ありません。
ただ、できれば来年の冬前には完成させていただけると、色々と助かります」
「んー……これぐらいなら、今年の冬前に完成できるだろ」
俺がそう言うのを待っていたのか、ハイエルフと文官娘がやってきた。
「冬前ではなく、収穫前に完成させてみせましょう。
こちらが完成予想図になります」
「でもって、こちらが建設見積もりになります。
予算内であることをご確認ください。
家具は持ち込みますか?
それとも村でご用意しましょうか?」
話は俺からハイエルフ、文官娘に移行した。
まあ、実務者に任せるのが一番。
俺は風呂までの時間、のんびりとコタツを楽しむとしよう。
ん?
そこにいるのは子猫のアリエルか。
もう子猫とは呼べないサイズになったな。
スラッとして綺麗だぞ。
お前もコタツに入るか?
俺がコタツの布団をめくって誘うが、無視された。
コタツの中はまだ早いようだ。
アリエルはコタツの上に飛び乗り、俺の前で背中を向ける。
はいはい、背中を撫でて欲しいのね。
俺はアリエルの背中を撫でながら、残っていたお茶を飲んだ。
ルィンシァとハイエルフ、文官娘の話し合いから、明日は別荘作りになりそうだ。
キアービットとの戦いに勝利したマルビットは、コタツに戻ってお茶菓子を食べることを再開した。
敗北したキアービットは……人前に出しちゃ駄目な姿で倒れている。
くすぐられるのに弱かったようだ。
俺は視線を逸らしつつ、近くにいたスアルリウ、スアルコウの姉妹に救助をお願いした。




